サラブレッド界の"サラブレッド"、エピファネイアが才能を爆発。競馬界を変えた2014年ジャパンカップを振り返る

サラブレッド(Thoroughbred)とは

競走馬の品種として主流の「サラブレッド(Thoroughbred)」という名称は「完璧な品種」「純血」と言う意味を持つ。8代連続でサラブレッドを交配された馬が「サラブレッド」と大まかな定義とされており、競走馬という存在はその血統の確かさが大前提となる。

人間の世界においても、祖先が有名人な場合や"お家柄"が高貴な場合などに比喩表現として用いられることもあるが、その用例の場合は放送禁止用語にあたるらしいので、注意したい。

競馬を何年も観ていると、現役時代に応援していた馬が競馬新聞の父馬欄に登場し、さらに年数を重ねると母父欄に登場し、その年月の流れの早さを実感することになる。

さらに、母馬が競走馬時代に活躍していた場合、父、母、母父すべての現役時代を知っている馬にめぐり合うのではなかろうか。

例えば父シンボリクリスエス、母シーザリオ、母父スペシャルウィークのエピファネイアは、まさにそんな馬の1頭だった。


父シンボリクリスエスは天皇賞・秋、有馬記念をそれぞれ連覇。母シーザリオは日米オークス(芝)を制覇。母父スペシャルウィークは武豊騎手にとって初のダービー制覇に加え、春秋の天皇賞やジャパンカップを制した実績を持つ。

そんな血統背景を持つエピファネイアが、生まれながらにしてその期待を背負う宿命にあったのは言うまでもない。

誰もが認める超良血エピファネイアは、結果として、現役時代を通じて2013年菊花賞、そして当記事の本題である2014年ジャパンカップを制し、種牡馬入りを果たした。種牡馬としてはGIを3勝した年度代表馬のエフフォーリアや三冠牝馬のデアリングタクト等を輩出し、種牡馬の戦国時代とも言える競馬界の中心に位置している。しかしエピファネイア自身が日本におけるチャンピオンディスタンス(2400m)のジャパンカップを制していなかったら、果たして種牡馬として今のような実績を挙げられていたのだろうか。

そうした意味でも、2014年のジャパンカップは日本競馬界の歴史を大きく動かしたレースであると言える。

超良血馬ゆえの苦悩

本題のジャパンカップから2年ほど遡り、エピファネイアが母と同じ角居勝彦厩舎所属・福永祐一騎手騎乗でデビューしたのは、2012年10月21日の京都競馬場であった。この日のメインレースは菊花賞、1番人気はゴールドシップという日でもあり、普段よりも多くの観客が見守る新馬戦で、エピファネイアは1倍台の人気に応えた。

それまで、名牝シーザリオの産駒は脚部の弱さに悩まされていた。3番仔として産まれたエピファネイアは、それまでと変わり、父にシンボリクリスエスが選ばれた。ただ、種牡馬としてのシンボリクリスエスは、現役時代の圧倒的な戦績はもちろん、国内の多くの牝馬と交配可能な血統背景からも大いに期待されていたのだが、この時点で輩出していたGI馬はダートで活躍していたサクセスブロッケンのみと、やや肩すかしとも言える成績だった。もし仮に当時の筆者が「エピファネイアは本物か」と聞かれたとしたら、半信半疑と答えていたことだろう。

2009年フェブラリーS勝ち馬 サクセスブロッケン(父シンボリクリスエス)と内田博幸騎手
(筆者撮影)

しかしエピファネイアはそうした懐疑的な意見をものともせず、出世レースである京都2歳S(当時オープン)と暮れのラジオNIKKEI杯2歳S(当時GIII)を立て続けに勝利。最優秀2歳牡馬の座こそは朝日杯FSを勝利したロゴタイプに譲ったが、クラシックの最有力候補として名乗り出たのである。この頃には、シンボリクリスエス産駒からついに芝の大物が出たと多くのファンが期待するようになっていた。

なお、ラジオNIKKEI杯2歳Sには後のライバルとして君臨するキズナが3着に入っていたが、この頃はまだ有力候補の1頭という位置づけだった。どちらかと言えば、朝日杯組の1着ロゴタイプや2着コディーノ(この時点で札幌2歳Sと東スポ杯勝利)との対戦が楽しみにされる構図となっていたよいたに記憶している。

──年が明けての始動戦は弥生賞だったが、この時は福永祐一騎手が騎乗停止。代打としてWビュイック騎手が騎乗するも、気難しさを見せて4着と、初めての黒星となった。

そして皐月賞では1人気に2歳王者のロゴタイプが推され、エピファネイアは2番人気。前走で敗北したものの、福永祐一騎手に手が戻り、巻き返しが期待されていたのだろう。しかし、レースではまたしても難しい面を見せ、行きたがりながら外外を回る展開に。それでもなんとか馬なりで抜け出すかと思えたが、さらに外から捲ったロゴタイプの勢いが一枚上手で1/2馬身差及ばず2着に敗れた。

続く日本ダービー。ここでは弥生賞で5着に負けてから皐月賞をパスし、毎日杯・京都新聞杯を武豊騎手で連勝し、力をつけてきたディープインパクト産駒のキズナが1番人気に支持される。2歳王者で皐月賞も勝利したロゴタイプが2番人気、エピファネイアは3番人気の評価を得ていた。レースでは中団の内に入れて、なんとか我慢しながら競馬を進めたが、3コーナーでつまづくロスが発生、それでも1度は直線で抜け出したものの、最後に外から武豊騎手とキズナに差し切られ、またしても2着に敗れた。鞍上の福永祐一騎手はこの時点ではまだダービー未勝利。レース後のインタビュー等でも悔しさを滲ませており、引退後の取材でも最も悔しいレースとして挙げていた。

結局、3歳の春シーズンは勝ち星をあげることなく終えることになる。2歳時にはクラシック最有力候補として評価されていたエピファネイアにとっては大変悔しく、その血統背景からだからこそ、苦悩の日々を過ごすことになってしまった。

2013年日本ダービーの勝ち馬 キズナと武豊騎手
(筆者撮影)

念願のGI制覇も、どこか残る物足りなさ

3歳春シーズンが悔しい結果に終わったエピファネイア。秋は神戸新聞杯から始動するが、そこにはロゴタイプやキズナの姿がなかった。

皐月賞馬のロゴタイプは一足早く札幌記念(この年は函館開催)で復帰するも、重馬場の影響で5着に敗退。疲労が出たとのことで秋のローテーションが白紙となっていた。

そしてダービー馬のキズナはフランス遠征を決め、ニエル賞から凱旋門賞へと歩を進めていた。

春に敗れた2頭がいない神戸新聞杯では1.4倍に支持され、勝って当然の下馬評通りに2馬身半差の完勝を収めた。

そして本番の菊花賞。前年の菊花賞の日にデビューしていたエピファネイアにとってはデビュー1周年の日でもあったが、この年はメインレースの主役でもあった。不良馬場での開催となり、道悪はどうかとの意見もありつつ、一強モードであることには変わりなく、1.6倍の支持を集めた。

折り合いが必須な3000m。3番手で懸命に折り合いをつけてレースを進めることが出来たエピファネイアは抜群の手応えで最後の直線へ。馬なりのまま抜け出したエピファネイアはさらに末脚を伸ばし、5馬身差の圧勝でようやく一冠目をあげることができた。

福永祐一騎手にとっても、これが牡馬クラシック初制覇。さらにこの翌週にはジャスタウェイで天皇賞・秋を制し、八大競走を2週連続制覇する快挙を達成した。

エピファネイアはその後、ジャパンカップにも有馬記念にも出走することなく、年内休養を発表。最優秀3歳牡馬にはダービー馬のキズナが選ばれ、エピファネイアは菊花賞を制することで存在感は保ったものの、世代ナンバーワンの座は譲ったまま3歳シーズンを終えることになった。

年が明けて2014年。

春シーズンは中距離路線を進むことが発表され、産経大阪杯(GII)から始動することになったエピファネイア。そこには凱旋門賞以来の出走となるキズナの姿があったが、菊花賞馬となったエピファネイアが1番人気に支持された。しかし、キズナに鮮やかにかわされるどころか、トウカイパラダンスをとらえることが出来ず、3着に敗れてしまう。続いて初の海外遠征となる香港のクイーンエリザベス2世カップに出走するも4着に敗れ、結局2014年の春シーズンはそのまま休養に入ることとなった。

菊花賞制覇をきっかけに素質が開花し、さらなる活躍が見込まれたエピファネイアだったが、前年の春と同様に物足りない結果で終わってしまった。

振り返れば、菊花賞は同世代の主力級の多くが不在だった。そこにきてこの春の戦績で、『道悪の馬場で3000mという特殊な舞台がエピファネイアに大きく味方しただけだったのかもしれない…』『シンボリクリスエス産駒の芝における能力の限界なのかもしれない…』といった不安を感じてしまったのは、筆者だけではなかったはずだ。

そして約半年ぶりの出走となったのが、天皇賞・秋。その年の皐月賞馬イスラボニータ、現役最強牝馬のジェンティルドンナ、天皇賞・春を連覇し前年2着のフェノーメノらに続き、エピファネイアは春の不振もあり、4番人気評価に甘んじた。

レースは、出負け気味のスタートから中団~後方からじっくり進める展開。最後の直線では抜け出そうかという末脚もあったが、やはり伸びきれず6着に敗れた。勝ったのは毎日王冠で強烈な末脚で3着だった伏兵スピルバーグで、ジェンティルドンナが2着、イスラボニータが3着と続き、古豪だけでなく新興勢力にも敗れてしまう結果となった。

2014年 天皇賞・秋の勝ち馬 スピルバーグと北村宏司騎手
(筆者撮影)

眠れる才能が大爆発するとき

──2014年11月30日。

菊花賞の勝利を最後に1度も勝てぬまま1年を超えてしまったエピファネイアは、ジャパンカップへと歩を進めた。鞍上は、福永祐一騎手がジャスタウェイに騎乗するため、クリストフスミヨン騎手に乗り替わることになった。

この年のジャパンカップは、実績馬から新興勢力まで幅広くメンバーが揃い、史上最高のメンバーが揃ったのでは、と大いに盛り上がっていた。

この時点でGIを6勝し、ジャパンカップ3連覇がかかるジェンティルドンナとライアンムーア騎手。

前年の天皇賞・秋の圧勝から本格化し、ドバイDFの圧勝、安田記念で道悪にもめげることなく勝利し、凱旋門賞から戻ってきたジャスタウェイと福永祐一騎手。

天皇賞・秋を強烈な末脚で差しきり、本格化を迎えたスピルバーグと北村宏司騎手。

天皇賞・春を連覇し、久々の天皇賞・秋では大敗したが巻き返しが期待されるフェノーメノと岩田康誠騎手。

上記の実績馬だけでもすごいメンバーだが、この年のジャパンカップは3歳馬も凄かった。

桜花賞をとてつもない末脚で勝利し、オークスは差し損ねたが札幌記念でゴールドシップに勝利し、凱旋門賞でも6着と健闘したハープスターと川田将雅騎手。

皐月賞を勝ち、天皇賞・秋3着からの上昇を狙うイスラボニータと蛯名正義騎手。

そして、日本ダービーを勝利し3000mの菊花賞は惨敗したが、府中2400mなら当然巻き返しが期待されるワンアンドオンリーと横山典弘騎手も参戦していた。

さらには海外からも前年のアイルランドダービー馬トレーディングレザーら3頭の参戦があり、GI馬がなんと12頭という史上稀に見る豪華メンバーによる競演が実現した。

この日は晴れてはいたものの、前日の雨の影響が残り、芝コースの朝時点での発表は稍重。ダートは重で湿り気のあるタフな馬場で競馬がおこなわれていた。

最近のジャパンカップでは定番となったが、この年のジャパンカップからロンジン社による協賛が始まり、「LONGINES」の看板が東京競馬場の各所に配置されていた。

特にゴール番奥にある大きなデジタル時計とブルーの看板が、テレビでよく観る国際レースの雰囲気を醸成する。東京競馬場は、まさに大一番を前にした高揚感に包まれていた。

1番人気は3連覇がかかるジェンティルドンナだったが3.6倍とやや高めのオッズ、続いて若き天才少女のハープスターが4.1倍、世界一のレーティングを誇っていたジャスタウェイが6.7倍、エピファネイアは8.9倍の4番人気に支持された。

ハイレベルな一戦となることはわかっていたものの、各馬が『全盛期の能力が維持できているのか?』『凱旋門賞帰りのローテでいけるのか?』『まだ実績がない距離でやれるのか?』など、それぞれが不安要素を抱えているメンバー構成でもあった。そのため、馬券的にはかなり難解な様相を呈していた(筆者は外した記憶だけはあるがどのような馬券を購入したのかすら、記憶にない)。

本馬場入場 手前がジャスタウェイ、奥がスピルバーグ(筆者撮影)
本馬場入場 手前がエピファネイア、奥がハープスター(筆者撮影)

本馬場入場で各馬が返し馬を終えるとファンファーレが鳴り響き、レースがスタート。

大歓声のスタンド前から大きく出遅れる馬もなく、外目からサトノシュレンが勢いよくハナを叩き、1コーナーへと入っていく。

エピファネイアは3番手の内側でスミヨン騎手のなだめに応じて我慢をしながら好位置へとつけた。

ジェンティルドンナは5、6番手のエピファネイアを前に見る位置。中団からイスラボニータ、ジャスタウェイ、ワンアンドオンリー、後方からハープスターとフェノーメノらが続き、少し空いてスピルバーグ、最後方からデニムアンドルビーという隊列に落ち着いた。

1000mの通過は59.6秒と平均的なペースで進み、3コーナー〜4コーナーへ。徐々に中団〜後方の馬も差を詰めて最後の直線を迎えた。

先頭のサトノシュレンと2番手のタマモベストプレイが後方を突き放さんとジョッキーの手が動くが、3番手のエピファネイアのスミヨンの手は全く動かず馬なりのままで早くも先頭に。

まだまだ余裕のある先行勢からイスラボニータとジェンティルドンナが馬場の内〜真ん中あたりで進出を開始し、さらに外からはジャスタウェイ、大外からはハープスターが突っ込んでくる。

エピファネイアのスミヨン騎手の手が動くと、エピファネイアがさらに加速し、残り300m付近で3馬身以上のリードを広げる。

イスラボニータとジェンティルドンナは脚を使わされたのか、坂のあたりで勢いが削がれ、脱落。

馬場の真ん中からジャスタウェイと福永騎手、ハープスターも伸びてはいるがなかなか差が縮まらない。

気づいた時にはエピファネイアの独壇場で、4馬身という差をつけてゴールイン。

2着には福永祐一騎手のジャスタウェイ、3着には最後に伸びてきたスピルバーグが入った。

早めに追うのをやめたスミヨン騎手はゴール後に余裕のガッツポーズ。スミヨン騎手は2010年のジャパンカップでブエナビスタに騎乗し、1着入線も2着降着という苦い経験をしていただけに、この勝利は格別だったのであろう。

あまりの圧勝に、ゴール後の観客席はどよめきすら起きていた。レース前は高いレベルでの大混戦の様相を呈していたジャパンカップ。その中で1年以上勝ち星のなかったエピファネイアが4馬身差の圧勝をすることは、多くの競馬ファンにとっては予想以上の出来事だったのかもしれない。

エピファネイアとスミヨン騎手はスタンド側に向かってウイニングラン。鞍上スミヨン騎手の喜びは溢れんばかりで、何度もガッツポーズをし、ゴーグル等の馬具を観客に向かって投げ入れるファンサービスで大歓声に応えた。

喜び一杯のスミヨン騎手(筆者撮影)
エピファネイアも王者の貫禄が漂う(筆者撮影)

その後、エピファネイアは有馬記念で外目の枠が先行脚質と合わず5着に敗れ、年明けのドバイWCでダートの世界一に挑戦するも、シンガリ9着に敗れた。

帰国後は宝塚記念への出走が予定されていたのだが、左前脚繋靭帯炎を発症、そのまま競走生活を終えることとなった。

受け継がれるエピファネイアの爆発力

競走生活の引退後は種牡馬入りしたエピファネイア。2016年より種付けを開始した。

代を重ねてサンデーサイレンスの血が遠くなったことで、サンデー系の牝馬との交配も出来ることが幸いし、毎年200頭を超える種付け頭数を確保している。

2019年に産駒がデビューし、2020年に早くも初年度産駒からデアリングタクトが桜花賞を制し産駒GI初制覇を飾っただけでなく、そのまま無敗の牝馬3冠まで上り詰めた。

さらに翌年にはエフフォーリアが皐月賞、天皇賞・秋、有馬記念を制し、サークルオブライフが阪神JFを制する活躍を見せる。

その活躍もあり、あのアーモンドアイの初年度交配相手にも選ばれ、さらなる大物の登場が期待されている。

エピファネイアの血族であるロベルト系は、ブライアンズタイムやリアルシャダイらの輸入種牡馬が多くの活躍馬を輩出し、国内デビューの外国産馬からはグラスワンダー、シンボリクリスエスらが登場した。

グラスワンダーからはスクリーンヒーロー、モーリスへとその血が引き継がれ、そしてシンボリクリスエスからはエピフォネイアがその血を広めつつあり、エフフォーリアが早くも種牡馬入りし、期待を寄せ集めている。

安定してコンスタントに活躍馬を出し、産駒の馬柱も比較的安定している印象があるサンデー系やキングマンボ系とは対象的に、ロベルト系は突如として怪物を出し、産駒の馬柱も圧勝や惨敗、連勝やスランプが入り交じっている印象がある。

それでもロベルト系は日本競馬においてサンデー系の猛威の中で何とか血脈を残し続けてきたが、最高峰の血統とも言えるエピファネイアの登場でついにその血脈を幅広く開花させようとしている。

サラブレッドの中のサラブレッドと言えるエピファネイアの血統が、日本競馬界の血のドラマを大きく変えようとしている。

エピファネイア産駒として早くも種牡馬入りしたエフフォーリア(筆者撮影)
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