あなたに見せたい景色がある~第89回日本ダービー観戦記

──ダービーは特別なレース。

使い古された言葉かもしれないし、私自身は競馬を始めた頃、「そうなのかな?」と疑問に思うこともあった。けれど競馬を勉強したり実際に競馬の世界に嵌まっていくうちにこの「ダービーの重さ」ということを実感していくことになる。

もちろん有馬記念やジャパンカップ、天皇賞だって格式も伝統もあるレースだけれど、何よりダービーは「一生に一度」しか出走することが出来ない。その年の最も強い3歳馬を決めるレースだし、「競馬の祭典」と形容されるレースは他には見当たらない。だからこそ、結婚して競馬に興味を持った細君に私は常々、こう言っていたのだ。

「いつかはダービーを現地、東京競馬場で観て欲しい」

私自身、何度か開門ダッシュをしてダービー観戦をしているけれど、やはりダービー当日というのは朝から競馬場の雰囲気が全然違うように感じるのだ。だからこそ、細君にもその空気感を味わってほしいと思っていた。

そう思ってはいたところでコロナ禍となってしまい、気軽に競馬場に行ける社会情勢ではなくなってしまった。それでも2022年のダービーは抽選制とはいえ、最大7万人の入場が許されることとなった。

ダービー当日の予定を立てていた際に、細君から競馬場に行く前に「立ち寄りたい場所がある」という相談があった。1つ目は瀧神社。もう1つは馬霊塔だった。どちらも東京競馬場に近いところにあるのだけれど、私はどちらの場所も訪れたことがなかった。テレビで紹介されていたのでその存在は知っていたし、せっかくなのでダービー当日、競馬場に入場する前に訪れることにした。

2022年5月29日の朝。新宿から京王線の特急に乗車した。競馬開催日は東府中駅にも臨時停車をするけれど、私たちが乗った時間帯はまだ臨時停車はしないので、調布で各駅停車に乗り換えて東府中駅に降り立つ。そこから徒歩6分。瀧神社に到着した。

およそ600年前に創建され、大國魂神社の末社という位置付けのこの神社。大國魂神社の例大祭の際にはこの神社から湧き出る滝の水で神馬が身を清めているという。競馬にも縁が深く、騎手のサインが奉納されている。

そして鳥居の脇には府中の名木百選にも選ばれている「ケヤキ」の御神木が鎮座。その存在感に圧倒された。

そして競馬場の東門、正門を通り過ぎて向かった次の目的地は馬霊塔。その名の通り、馬の霊を供養するための建物で、かつての名馬のお墓がある。

ダービー当日ということで、第4回の勝ち馬ガヴァナーと、第18回の勝ち馬トキノミノルのお墓を特に意識して手を合わせた。ガヴァナーは調教中の事故で、トキノミノルは破傷風で、ダービー直後にこの世を去っていた。

“今日のダービーの出走馬は、この後も無事に競走生活を送れますように”

そんな願いを込めて手を合わせた後、正門から競馬場に入場した。

入場してすぐにローズガーデンに立ち寄ったり、グッズを買いに行ったりと馬が走るまでの時間は『競馬場を楽しむ』というのを第一に、思い思いに過ごすことにした。

そしてレースが始まると、一攫千金を目指しての馬券検討を開始。ダービー当日の東京競馬場の第1レースは菅原明良騎手とララエフォールが勝利して幕を開け、その後も楽しく競馬観戦を続けた。そして、ダービーの時間を迎える。

89回目のダービーの購入馬券は、レース直前までお互いに言わなかった。聞かれたら答えるつもりだったけれど、こちらから積極的に教えることもしなかった。ただ、どうやら細君の買った馬券はハズレていたようだった。しかし、現地ならではの雰囲気は大いに味わっていた。

例えば家でテレビで観戦をしていたら、それほど余韻に浸ることもなく「最終レースの検討をしよう」となるけれど、ダービーの直後は私も細君も、ウイニングランで戻って来た武豊騎手とドウデュースに拍手を送っていた。

──そして、観衆が一体となってドウデュースと武豊騎手を称えているこの景色こそ、細君に見てもらいたいものだった。

いつかまたドウデュースがG1レースを勝ってウイニングランをすることがあるかもしれない。けれど、この日本ダービーを勝つことは一生に一度だし、その特別なレースを勝った人馬を称える──馬券の当たり外れは別問題として──その瞬間に立ち会うことが出来て良かったと、心の中で思っていた。

私だけの一方的な押し付けになっているのかも……と不安だったけれど、細君に聞いてみたらこんな答えが返ってきた。

「ダービーを現地で観ることが出来て良かった。それに、やっぱりユタカさんが勝つとカッコ良いし、サマになるね」

そういえば、細君は家を出る時から『武豊キャップ』を身に着けていた。

てっきりドウデュースから買うものだと思っていたが、どうやら違ったようだ。正解は意外と近いところにあるものなのにそれに気が付けないのもまた、競馬の難しさなのかもしれない。


過去に細君とは、オジュウチョウサンとアップトゥデイトの一騎打ちとなった2017年の中山大障害や、コントレイルの引退レースとなったジャパンカップも競馬場で観戦したけれど、このドウデュースが勝ったダービーも思い出に残って欲しいと思う。

現地だからこそ感じられた雰囲気や熱量は馬券の当たり外れとはまた別の価値があると思うし、こういった「競馬の財産」を細君にはこれからも増やしていってもらいたい。それが5年後、10年後、20年後……その時、近くにいる競馬好きな人との距離を近づけることになるはずだから。

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