[トウカイテイオー伝説]伝説の第二章=古馬初戦。強すぎた内容と「落とし穴」。1992年・産経大阪杯を振り返る

七冠馬シンボリルドルフの初年度産駒として、デビュー当初、いや、デビュー前から大きな注目を集めていたトウカイテイオー。史上初めて無敗で三冠馬となった父の仔、という重荷を背負ってデビューし、その期待に応えて6戦無敗で皐月賞、ダービーを制覇した。期待通りの走りを見せてくれたが、その直後に骨折が判明。偉大な父と肩を並べることは叶わなかった。

しかし、見ようによっては、この骨折休養が、テイオーの伝説の始まりとなった。

トウカイテイオーの引退後に、競馬四季報のグラビアページの取材で栗東の松元省一調教師をトレセンの厩舎に訪ねた。引退後2年が経過していたから、ということもあったと思うが、現役時代の全12レースについて、当時の師の考え、思い、といったものを率直に、それこそ、そこまで話していただけますか、というくらいに話してくださった。紙面に限りがあるため、その一つ一つを紹介することはできないが、ここではダービーから長期休養明けで産経大阪杯に向かった当時のことを紹介する。

写真:フォトチェスナット

暮れの有馬記念での復帰は不可能ではなかったようだ。ただ、松元師はデビュー当初からの方針を貫き、テイオーに無理をさせることはしなかった。「将来がある馬だから」がその理由であり、「そのリスクは計り知れない」ため。「でも、よくあんなに我慢できたなあとは思いますけど」と言って笑ってはいたが。ともあれ、我慢に我慢を重ねて、ようやくターフに戻ってきたのは、約10ヶ月ぶりとなる5歳(現4歳)春の産経大阪杯だった。

20キロ増。もともとスマート体形をしていた馬で、さすがにいくらか余裕残しには感じられたものの、それとて縦にも横にも増量された印象だったから、数字から受けるような太いっ、という感じではなかった。ただ、この時の480キロは、次走の天皇賞(春)と並び、現役時代を通しての最高馬体重である。

8頭立て。GⅠに昇格した今の大阪杯では考えられない少頭数だが、対戦相手もGⅠ馬はダイユウサク、イブキマイカグラの2頭。トウカイテイオーに敬意を表したのか、恐れをなしたのかは分からないが、骨折による長期休養明けの対戦相手としては、与し易かったことは間違いなかった。

それにしても、である…。テンの3ハロンは39秒1。8頭が戸惑いながらというのか、周囲に遠慮しながらのスタートで、スタンド前からこれ以上ないスローに落ち着いた。次の2ハロンも13秒7―13秒1と続いて、1000m通過は実に65秒9。いくら現代とは馬場が違うといっても、良馬場のGⅡでは、当時としても考えられない超のつくスローといっていい。2枠2番から好スタートを切ったテイオーは向正面に入った時点で3番手のイン。普通の条件下であれば、その位置取りでほとんど大勢は決しているところだが、何しろ10ヶ月以上の休養明けでは、こうまでペースが遅いと、逆に折り合い面の不安が出てくるものだ。

ただ、その杞憂も〝普通の馬であれば〟のことだった。テイオーは涼しげに、いつもの弾むようなバネの利いた走法で折り合って追走している。そして3コーナー過ぎ。逃げるイクノディクタスを捕まえに出たゴールデンアワーに〝持ったまま〟並びかけると、直線を向いてもまったく手綱を動かすことなく交わし去る。そしてゴールまで、本当に持ったままフィニッシュして1馬身3/4差。観ている方が唖然とするような〝楽勝〟ぶりを見せつけたのだった。

写真:フォトチェスナット

父に続く三冠の夢は断たれたものの、6戦6勝で二冠に輝いた日本ダービーからの無敗記録を〝7〟に伸ばし、偉大な父の背を再び追い掛けることになったトウカイテイオー。夢の続きを見せてくれるテイオーに、更に大きな期待がかかったのは当然だった。しかし、この時のあまりの楽勝劇、強過ぎるパフォーマンスが、大きな落とし穴につながってしまう。新たな伝説への、静かな序章となったのが産経大阪杯だった。(文・和田章郎)

Photo by I.Natsume


製品名トウカイテイオー伝説 日本競馬の常識を覆した不屈の帝王
著者名著:小川 隆行 著・その他:ウマフリ
発売日2023年06月21日
価格定価:1,375円(本体1,250円)
ページ数192ページ
シリーズ星海社新書
内容紹介

その道は奇跡へと続いていた!「不屈の帝王」

父シンボリルドルフの初年度産駒として生まれ、新馬戦デビュー以降、追ったところなしに手応えよく抜け出して4連勝。そのまま無敗で皐月賞、日本ダービーを制覇。他にも初の国際G1となったジャパンカップで当時史上最強と言われた外国招待馬をまとめて蹴散らして勝利。ラストランとなった1993年の有馬記念では前年の有馬記念より1年(364日)ぶりの出走で奇跡の優勝を果たした。通算成績12戦9勝。成績だけを見ると父の七冠には及ばずも、3度の骨折を経験しながら復活を遂げた姿は、見るものに大きな感動を与えた。美しい流星と静かな瞳を持つ、この不屈の名馬が駆けぬけた栄光と挫折のドラマを振り返る。

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