大川慶次郎氏が、日本競馬に『展開』という概念を持ち込んでから、長い年月が過ぎた。

展開やレースの流れというものは、わずかコンマ何秒の世界で大きく変わり、それはコースや距離、馬場状態など様々な要素の上に成り立っている、予測の難しい複雑かつ繊細なものだ。

常に自分の流れになるとは限らず──いや、自分の流れなど訪れること自体、奇跡に近い話なのかもしれない。だからこそ、流れに合わせて競馬ができる自在さが、負けないためには必要不可欠なのである。

一方で、不器用にも自分の形でしか力を発揮できない馬もいる。

それはやがて個性となり、愚直なまでにそれしかできないという個性派は、いつの時代もファンから愛される。

ファンの多くはきっと、その馬に自分を見ているにちがいない。どこまでもひたすら逃げ続けるツインターボに、自己を投影した人は多いだろう。

そして、逃げ馬ツインターボの『逃げ脚』とは逆に、あえてその『末脚』に自己を投影したくなる馬がいた。ただし、強力な追込み馬というわけではない。

上がり3ハロンが、35秒台前半──必ずといって良いほど確実にそのタイムで走れるが、これ以上は限界……いや、どうしてもそれしか出せない、というような馬がいたのである。

それでは大きなレースを勝ち、栄光を手にすることはできないと思うかもしれない。しかし、そんなことはない。それがレースの『展開』というものだ。

たとえ上がり3ハロン33秒台の末脚がなくとも、レースの展開さえ自分に味方すれば──上がり3ハロン35秒台前半がベストという願ってもない展開にさえなれば、栄光を手中に収めることができる。それが『競馬』だ。

ゴスホークケン。

朝日杯フューチュリティステークスでGⅠタイトルを奪取、以後勝ち星からは遠ざかってしまったこの馬こそ、そんな生涯一度の好機をつかんだ幸運の馬である。

2歳秋の東京競馬場芝1600m戦でデビュー戦をV。

勝ち時計1分34秒9、自身の前後半の3ハロンは34秒5-35秒0。

5番手から抜け出すという、優等生な競馬だった。

2戦目は、芝1800mの重賞・東京スポーツ杯2歳S。

距離延長のため初戦のマイル戦よりペースは緩み、東京競馬場の中距離戦らしい上がり勝負の競馬となったなか、フサイチアソートの4着に敗退。自身は前後半3ハロン35秒2-35秒2と、前半が緩やかになっても最後の脚は新馬戦とほぼ同じだった。

勝ったフサイチアソートは34秒2とゴスホークケンの末脚を1秒上回るタイムを記録。ただ、上がり最速の34秒1を叩き出した追い込みのベンチャーナイン(6着)にゴスホークケンが先着しいていた。

競馬における展開の難しさとともに、ゴスホークケンのポテンシャルの高さを示した結果だった。

そして、迎えた朝日杯フューチュリティステークス。

中山競馬場の芝1600mで争われる2歳王者決定戦は、例年でいえば、いくらか前半が速くなりやすく、34秒前半-35秒前半というラップ構成になりやすいレースである。

ゴスホークケンにとって、十分戦える舞台であった。

1番人気は東京スポーツ杯2歳Sで堅実な末脚で2着だったスズジュピター、そこに京王杯2歳Sを差し切り勝ちしたアポロドルチェが続く。ほかには翌年皐月賞を逃げ切るキャプテントゥーレ、ヤマニンキングリー、エーシンフォワードらが顔を揃えていた。

1枠1番の絶好枠からほかより1馬身ほど速いスタートを切ったゴスホークケンを、初コンビの勝浦正樹騎手は抑えずに先頭に立たせた。

あっさりと抜け出され、後続はゴスホークケンを警戒しつつも、控えざるを得なくなった。

前半600mは34秒7、確実にゴスホークケンのレースとなっていた。

アポロドルチェやスズジュピターも下手に控えずに好位で構えるが、すでに展開を支配された状態に変わりない。

番手につけたギンゲイの手応えが4角で早々に悪くなり、ゴスホークケンは一気に振り切りにかかる。

スズジュピターは馬群の真っ只中に飛び込み、アポロドルチェは大外を回りながら伸びあぐね、ゴスホークケンの背後にいたレッツゴーキリシマとギンゲイの外にいたキャプテントゥーレだけが抜け出し、追いすがる。

後半600mで必ず35秒台前半の脚を繰り出すゴスホークケンは、ワンペースながら止まる気配はなく、逃げ切り勝ちでタイトルホースとなった。

「やっぱり強かったのはこの馬。新馬の圧勝はダテではありませんでした!」

実況の佐藤泉アナウンサーのフレーズが印象的だった。使った上がり3ハロンは35秒2、すべてがゴスホークケンのレースだった。

この形になれば強く、この形でないと勝てない──いや、この形しかできない馬と呼んでもいいだろう。その形がぴったりハマったレースが、GⅠレース朝日杯フューチュリティステークスだった。

東京スポーツ杯2歳Sで後塵を拝したスズジュピターはこのレースで上がり3ハロン35秒7と、ゴスホークケンより見劣る記録で5着。競馬は形によってパフォーマンスが上下するという典型である。

ゴスホークケンはこのレース以降12戦未勝利。それどころか2、3着すらないまま現役生活を終えた。

一見して早熟ではあるが、その記録を眺めると、ほとんどが上がり3ハロン35秒前半というもの。

彼は早熟ではなく、ずっと同じ自分の形でレースを続けていただけであった。

そして、その形がレース展開とマッチしたのが朝日杯フューチュリティステークスだったのだ。

そんな幸運な馬も、いる。

だからこそ、自分の形を忘れないでほしい。

馬も、そして人も。

写真:ウオッカ嬢

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