
2025年、仕事納めの日。納会を前に、誰もが掃除をしている風景を見ながら、私は自分の机の引き出しを整理していた。インクの出なくなったボールペン、付箋の使いさし、引き出しのあちこちに散らばるターンクリップ…。次々と出てくる、何年も前から眠っていたであろう不必要な面々を仕分けしていると、引き出しの奥から1枚の馬券が顔を出した。
2024年9月8日のもので、「3回中京2日目11レース」の馬連流し馬券。内容は、産経賞セントウルステークスの馬連流し、12-1,13,14,17,18の5点、WINS浅草で購入している。
「日曜日に急遽仕事に出たときに買った馬券だ…」
2024年の産經賞セントウルステークスといえば、トウシンマカオとママコチャで決まったレース。私が軸に買っていた12はテンハッピーローズで、1着~3着の馬に流している。GⅠ馬ながら6番人気で出走し、最後は鋭い末脚で追い上げたものの7着に敗れた。
「テンハッピーローズの国内ラストランになったレースだったかな…」
競馬場から去って1年近く経とうとしていた。私は、テンハッピーローズの栗毛の美しいシルエットを思い出しながら、いつまでも馬券を眺めていた。
■「あと少し」を積み重ねた日々と、ファンの祈り
テンハッピーローズは条件馬だったころから、多くのファンに愛された馬だった。
勝ち星以上の存在感を放つ馬…テンハッピーローズは、まさにその代表である。「幸せの薔薇」を名前に持つ華やかさとは裏腹に、彼女のキャリアは決して一直線ではなかった。だからこそ多くのファンたちが心を寄せ、彼女の走りに声援を送ったのだと思う。
2歳夏の小倉でデビューしたテンハッピーローズは、新馬戦こそ勝利したものの、それ以降は足踏み状態が続く。
サフラン賞2着、アルテミスステークス3着、フェアリーステークス4着…常に上位に顔を出しながらも、勝ち切れないレースが続く。直線で鋭く伸びても、わずかに届かない。展開に泣き、位置取りに泣き、運にも泣いた。
「負けても悔しいより“次こそ”と思わせてくれる」
「あの伸びを見たら、また次も買いたくなるね」
そんな声が、レース後のSNSや競馬場のスタンドにいつもあった。
テンハッピーローズは、勝利よりも「ゴール前のもどかしさ」で人を惹きつける、不思議な魅力のある牝馬。私もテンハッピーローズの存在は、2歳の頃から知っていた。

結局、春のクラッシック戦線に名を刻むことは叶わなかった、テンハッピーローズ。それでも古馬との混合戦が始まる6月、52キロで出走できる斤量差を活かして、1勝クラスを勝ち上がる。夏の新潟でも2勝クラスの特別戦を勝ち、連勝で準オープンクラスに昇格。マイル戦で届かなかった末脚が1400mになって嵌るようになる。そして、テンハッピーローズがオープンクラスに昇格したのは4歳春のこと。府中1400mのフリーウエイステークスを勝ち上がり、「あと少し」を積み重ねてきたことが、成果となって表れた。
オープン昇格後も堅実に走り続けたテンハッピーローズだったが、大敗はしないものの「あと少し」差し届かないレースが続く。それは、リステッド競走でも重賞レースでも同じだった。5歳の夏、ようやく1400mの朱鷺ステークス(L)に優勝し、オープンクラスでの勝利を積み上げる。しかし、今のテンハッピーローズにとってここが頂点かな…誰もがそう感じ始めていた。
■訪れた奇跡 府中に咲いたGⅠの大輪
6歳の春、ようやく巡ってきたGⅠレースへの挑戦。第19回ヴィクトリアマイルへの出走が叶った。しかし、テンハッピーローズの単勝オッズは決して高くなく、ブービー人気。専門紙でも「展開が嵌れば」のコメントぐらいで注目度は低い。
ところが、テンハッピーローズの姿がパドックに現れると、周囲の空気がふっと変わった。
「あれ、今日のローズ…なんか良くない?」
「人気薄だけど、雰囲気だけは今までで一番!」
そんな声が、ささやきのように広がっていく。
馬体は張り、歩様は軽く、意気揚々と周回している。
“今日は、何かある”。そう思わせる気配が、確かにあった。

ゲートが開いた瞬間、テンハッピーローズは軽やかに飛び出す。
津村騎手は無理に押さず、自然なリズムで中団の外へつける。コンクシェル、フィールシンパシーが誘導する中、彼女はまるで風に乗るようにリズムよく進む。津村騎手の手綱はほとんど動かず、「機を伺っている」ように見えた。
「ローズ、今日は行けるかも…?」
彼女の走りを見ているファンの胸に、そんな予感が走る。

そして迎えた直線。
東京の長い直線が、まるでテンハッピーローズのために用意されていたかのようだった。
外へ持ち出されると、津村騎手の手が動く。その瞬間、彼女は弾けた。
「外からローズ来た! 来たぞ!」
「嘘だろ、ローズが伸びている! 伸びているよ!」

スタンドが揺れた。
先行集団が脚色を鈍らせる中、テンハッピーローズだけが加速を続ける。これまで届かなかった「あと少し」を、すべて取り返すかのように伸びていく。
残り200メートル。
満を持して先頭に躍り出た、C・ルメール騎乗のフィアスプライドを捉えようと、テンハッピーローズが外から並びかける。津村騎手の右ムチに応え、さらにもう一段階ギアが上がると、瞬く間にフィアスプライドを抜き去る。
「ローズ差した! 差した~!」
「行け! ほら、行け! 行けー!!!」
そして──テンハッピーローズは、ゴール板を真っ先に駆け抜けた。

■驚き、歓喜、涙…そして、津村騎手の初GⅠ
『なんと、なんと!9番テンハッピーローズがヴィクトリアマイル、GⅠを制しました~』
ゴールの瞬間、東京競馬場は爆発した。
驚き、歓喜、涙、叫び…あらゆる感情が混ざり合い、スタンドは揺れるほどの熱気に包まれる。
「津村がついにGⅠ取った!」
「ツムツムの初GⅠがローズで最高!」
「二人の努力が報われたレースだった」
テンハッピーローズと津村騎手のウイニングラン。
ゆっくりと勝利を噛み締めるように、ファンたちが待つスタンド前を通る。津村騎手は何度もテンハッピーローズの首を撫で、涙をこらえるように空を見上げていた。

「長かったです」
「ようやく勝てたという気持ちです」
「ここまで支えてくれた皆さんに感謝したいです」
レース後の津村騎手のインタビューは、長いキャリアの中で積み上げてきた、悔しさや努力が報われた瞬間の重みを感じさせた。
一頭の馬と、一人の騎手。長く続いた「あと少し」の物語が、ついに結実した瞬間だった。

■海外挑戦という勇気、そして静かな幕引き
GⅠ馬となったテンハッピーローズは、夏を休養に充てセントウルステークスから6歳の秋シーズンをスタートさせる。1200mのレースに出走することでスピード慣れを図り、手応えを感じた陣営が選んだ次走は、ブリーダーズカップマイルだった。
「楽しみしかないですね。人も馬も完全にチャレンジャーなので。僕とテンハッピーローズの競馬をするだけです」
GⅠ馬の実績を引っ提げ、テンハッピーローズと津村騎手は、海外レースへと歩を進めた。
未知の環境、長距離輸送、異なる馬場。挑戦にはリスクもあったが、それでも陣営は彼女の可能性を信じた。
結果は一瞬夢が見れた、大健闘の4着。結果以上に、その挑戦そのものが尊かった。
「勝ち負けだけでは語れない価値」を、テンハッピーローズは最後まで示し続けた。海外の地で走る彼女の姿は、ファンにとって誇りであり、彼女自身のキャリアに刻まれた新たな色彩でもあった。
7歳になって、再び海外挑戦に旅立ったテンハッピーローズは、サウジアラビアのキングアブドゥルアジーズ競馬場で行われた、1351ターフスプリントに出走(結果は7着)する。そして、帰国後の3月5日。JRAの競走馬登録を抹消して、現役を引退した。
引退の報が届いたとき、多くのファンが「よく頑張ったね」と思ったはずだ。
華やかな勝ち星に彩られた馬生ではなかったかもしれない。しかし、彼女の歩みは常に誠実で、ひたむきで、見る者の心を揺さぶった。
テンハッピーローズは、最後までみんなに愛された、記憶に残る馬である。
■そして、“愛された証”としての1位…
引退後、彼女の物語は静かに幕を閉じたかに見えた。
しかし、2025年秋、中央競馬ピーアール・センター企画で実施された「アイドルホースオーディション2025」において、テンハッピーローズは19161票を獲得し、引退馬部門で1位となった。
「ローズに投票できてよかった」
「引退しても、ずっと大好き」
票数の多さ以上に、そのコメントの温かさが彼女の歩みを物語っていた。
ヴィクトリアマイルの奇跡も、海外挑戦の勇気も、勝ち切れなかった日々の悔しさも──。
すべてがファンの心に刻まれ、彼女は「最も愛された馬」として再びスポットが当たった。
2026年、春。テンハッピーローズの「ぬいぐるみ」が発売される。
Photo by I.Natsume
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