「芦毛のお嬢さま」アエロリットと私の出会いからGⅠ制覇まで/2017年NHKマイルカップ

一口馬主を長く続けていても、そう簡単にGⅠ馬への出資が叶うわけでもない。毎年、募集馬ラインナップが発表された時から、考えに考え抜いて選んだ出資馬でも、走ってみれば期待外れ…という事に多々遭遇する。何とか未勝利を勝ち抜いても、その勝ち抜いた馬たちで1勝クラスが構成され、そこを勝ち抜けた2勝馬が集まって2勝クラスのレースを走る…という、厳しいトーナメント戦を勝ち抜けようやくオープンクラスに昇格する。

そう考えると、出資馬がGⅠ制覇するのは果てしなく遠い夢である。そして、選び抜いた一頭が、「健康で丈夫な体」と「ひと掴みの“運”」を持っていない限り、どんな高額良血馬&素質馬であっても、GⅠ制覇どころかGⅠレースの出走表に名前を連ねることすら出来ないのが現実だ。それでも、募集馬リストが発表されると「血が騒ぎだす」のが、一口馬主界隈に属する者たちの条件反射。募集馬の価格と所属厩舎が発表され、募集馬見学バスツアーに参加し、第一次募集がスタートする。一連の流れに没頭し、出資馬を決定するまでの期間が、一年で一番楽しい時期と思っているのは、私だけでは無いだろう。

私の出資馬が、初めてGⅠ制覇したのは、一口馬主にドップリ漬かり始めて10年以上経ってから。しかも、一連の出資馬選定作業から選び出した馬では無い。偶然と偶然が重なりあって、私の出資馬になったという、不思議な巡り合わせの牝馬だった。

2017年NHKマイルカップ優勝馬、アエロリット。澄んだ瞳を持つ芦毛の牝馬が、私に初めてのGⅠタイトルをプレゼントしてくれた。

           ※JRA競馬博物館「NHKマイルカップ展」(2025.5)

芦毛のお嬢さま・アエロリットとの出会い

サンデーサラブレッドクラブの2015年一歳馬募集馬リストに、「(127)アステリックスの14」が募集されていた。この年のクロフネ産駒5頭のうち、唯一の芦毛馬がアステリックスの14、後のアエロリットである。私は、この芦毛の牝馬を最初から注目していたわけでも何でもない。むしろ、募集リストにあったことすら記憶していなかったと思う。募集馬見学ツアーで、お目当ての馬たちを見て歩く際の放牧地の動線上に、たまたまアエロリットが展示されていた。注目の馬には多くの会員が群がる中、アエロリットには誰一人見学者はいない。幼い顔つきの芦毛馬が私を見ているような気がして、たまたまシャッターを押した画像が私のカメラに収まった。それがアエロリットとの最初の出会いである。

2015年の出資馬申し込みは、競争率の高い人気牡馬に申し込み、出資実績不足で玉砕した。幸い第2希望の牝馬には出資できたので充分満足していたが、出資できた牝馬の価格が第1希望の牡馬より安く、予算が僅かながら残ることになる。

そして、何気なく見ていた二次募集の残口のある馬たちの中に、クロフネ産駒の芦毛牝馬を発見した。アステリックスの14は残り2口、クロフネの芦毛牝馬という好みの血統、5月生まれで価格も最低ライン。そういえば、募集馬見学ツアーでこの芦毛の牝馬を見たような気がして、撮影した画像を見直していると、こちらを見ている芦毛馬の画像を発見した。画像に写るスタッフの腕章の募集馬№が127、残口のあるクロフネ産駒の芦毛牝馬だった。

「あの時、通りすがりに見た馬だったのか…」

その時、初めてアステリックスの14(アエロリット)の存在を私は認知した。

所属厩舎は菊沢厩舎で、ツアー前週に菊沢厩舎所属の3歳出資馬、レディゴーラウンド(クロフネ産駒の芦毛牝馬)が未勝利を脱出している。クロフネ産駒、芦毛、菊沢厩舎…何かの縁を感じるプロフィールに惹かれる。そして募集価格が予算内に収まることが最大の決定要因となり、アエロリットは私の出資馬となった。

出資決定後、その年の夏に再会したアエロリットは、別馬のようなたくましい姿に成長していた。

芦毛のお嬢さまに一喜一憂

アエロリットがデビューしたのは、6月の府中での新馬戦。遅生まれのハンデを感じさせない476キロの馬体で登場したアエロリットは、二番手追走から直線抜け出し、差してきたダイイチターミナルを突き放し、1馬身3/4の差をつけて新馬勝ちする。

夏を成長期間に充て、再登場したのは9月中山のサフラン賞。単勝2.2倍、1番人気の支持を受け、二番手追走から直線で抜け出して楽勝かと思われたもののゴール前で脚が鈍る。結局、追い込んだトーホウアイレスにハナ差敗れて新馬→特別連勝はならなかった。連勝して暮れの阪神ジュベナイルフィリーズに駒を進めるプランに待ったがかかり、しかも左前脚の球節を痛めるという暗雲が漂う。

ノーザンファーム天栄へ放牧に出されたアエロリットは、検査の結果、骨や腱に異常は無く安堵したものの、球節の腫れは残ったままで休養を余儀なくされる。

アエロリットが再び美浦トレセンに帰厩したのは12月15日。既に阪神ジュベナイルフィリーズでソウルスターリングが追い込むリスグラシューを封じ込めて優勝し、2歳チャンピオンになっている。そしてアエロリットの復帰戦は、年明けのフェアリーステークスが予定された。

朝から曇天の中山競馬場。10レースのサンライズステークスの頃から雨が降り始め、フェアリーステークスは雨の中でのレースとなる。出走馬16頭のほとんどが1勝馬で、アエロリットが前走時よりも+10キロ体重を増やしていたが、1番人気に支持される。スタートと同時に1番枠から飛び出したツヅクを見るように、鞍上の横山典騎手がすかさず二番手につける。隊列は変わらず4コーナーを回ると、アエロリットが先頭に並びかける。直線の攻防は、アエロリットに外から迫るヒストリアとアルミューテン。坂の手前から、アエロリットが先頭に躍り出て、二番手以下を突き放していく。坂を上り切ったところで押し切ったと思われたアエロリット。ややスピードが鈍りかけたところへ、大外から弾みのついた丸田騎手のライジングリーズンが襲い掛かる。1馬身、半馬身・・・あっという間に並びかけ、そしてゴール前できっちりとアエロリットを差し切った。アエロリットは、更に後続から迫るモリトシラユリ、ジャストザマリンを何とか抑えて2着でフィニッシュ。負けはしたが、収得賞金を積み上げるという最低目標は達成した。

重賞2着の収得賞金積み上げだけでは、桜花賞へのボーダーラインは微妙なところ。脚元と相談しながら、トライアル戦のどこかで権利を確定させなければならない。

アエロリットが選んだレースは、2月府中のクイーンカップ。ここなら、2着でも賞金が積み上がり、桜花賞までの調整時間も充分ある。脚元を痛めた経験のあるアエロリットにとって、ベストのレース選択だと思われた。ところが、出走メンバーはフェアリーステークスとは比べものにならない、骨っぽいメンバーが揃う。未勝利→百日草特別と、強い勝ち方で連勝中のアドマイヤミヤビが1番人気。小倉2歳ステークスを勝ち阪神ジュベナイルフィリーズも3着にまとめたレーヌミノル、アルテミスステークス2着の良血フローレンスマジックなどがいて、アエロリットは5番人気での出走となる。このメンバーでは優勝どころか、収得賞金積み上げを狙った2着も厳しそう…そう思うしかないメンバー構成だった。

しかし、アエロリットは着実にパワーアップし、オープン馬として成長していた。

レーヌミノルが粘る直線の外を、アドマイヤミヤビが伸びる。そのアドマイヤミヤビに食らいつき、内のレーヌミノルを交わしたところがゴール板。アエロリットはアドマイヤミヤビの1/2馬身差の2着で収得賞金を積み上げ、桜花賞出走を確定させた。

新馬戦は現地応援できなかった私は、優勝シーンを目の前で一度も見ることなく、ここまで来てしまった。出資者としては、ウイナーズサークルで喜びを分かち合いながら、桜花賞への夢を語りたかったのだが…。

夢の桜花賞出走

桜花賞に自分の出資馬が出るのは初めてのこと。春の大一番と言えば、まずは桜花賞…という関西人感覚を持つ私にとって、夢のような時間だった。

2歳チャンピオンのソウルスターリングが、チューリップ賞も圧勝して4連勝で駒を進める。アドマイヤミヤビ、カラクレナイのトライアル優勝組、リスグラシュー、レーヌミノルなど実力拮抗のメンバーも揃い、アエロリットは6番人気のポジション。マイナス6キロでパドックに登場したアエロリットは、気持ち良さそうにパドックを周回している。止まれ~の合図がかかり、整列していた各騎手が散らばる頃から、私の気持ちは昂り、ドキドキし始めた。

週中の雨で馬場が回復せず、桜花賞は稍重馬場でスタート。カワキタエンカの逃げで始まったレースは、有力馬たちの駆け引きが、中段で展開される。アエロリットはアドマイヤミヤビ、ディアドラと共に最後方を追走している。4コーナーを回り直線に入ると隊列が一気に崩れる。3コーナー過ぎから外を回り、先頭集団にとりついたアエロリットも大外のコースを取り、追撃態勢はできている。ソウルスターリングが満を持してラストスパートに入ると、先んじてレーヌミノルが先頭に立つ。後続各馬の追い上げ体制の大外から、アエロリットも矢のように伸びてくるが、レーヌミノルの脚は衰えない。結局、最後まで先頭を譲らなかったレーヌミノルが優勝し、上がり35.0秒の末脚で追い込んだアエロリットは0.2秒差の5着に入線した。

私にとって出資馬の桜花賞初出走は、掲示板に載る満足の5着。脱力感たっぷりで、指定席の椅子に座り、着順掲示板の下段に点灯された12番の馬番を、私はいつまでも眺めていた。

芦毛のお嬢さまが叶えてくれたGⅠ制覇!

まさか、勝つとは思わなかった。桜花賞後の次走がNHKマイルカップに決まった時、桜花賞以上に厳しい戦いになると覚悟していた。同世代の牝馬たちとのレースでも1着が取れなかったアエロリットが、牡馬に混じって勝てるとは思えない。過去21回の歴史で牝馬が優勝したのは4頭のみ。しかもラインクラフト、メジャーエンブレムなど、GⅠ牝馬の名前が並んでいる。

パドックを周回するライバルたちが、今回はどれも強そうに見える。16番のゼッケンをつけたアエロリットは軽やかな足取りで私の前を通過していった。

半分諦めムードを抱えてスタンドで見ていた私だったが、その諦めムードはスタートと同時に杞憂に終わる。16番枠のアエロリット&横山典騎手は、フライングしたかと思うようなタイミングでゲートから飛び出した。先行集団の外にポジションを取ったアエロリットは、気持ち良さそうに初夏のターフを駆けている。1番人気のカラクレナイが中段の最内で藻搔いている中、アエロリットは4コーナー手前で大外から先頭に並びかける。

直線の攻防も、内で粘るボンセルヴィーソを見ながら、アエロリットは楽々と先頭に立つ。残り100m、横山典騎手の鞭に応えて更に脚を伸ばすアエロリット。大外からリエノテソーロが迫るも、間に合わず。アエロリットは1馬身半の差をつけてゴールに飛び込んだ。

横山典騎手が、スタンドに向けて右手を大きく挙げた。

カメラのファインダー越しにアエロリットを追いかけていた私は、夢の中にいるようだった。アエロリットが通り過ぎた後、一緒にスタンドで見ていた友人に、「勝ったよね、勝ったよね」と何回も叫んでいた。彼が嬉しそうに「おめでとう」と言ったのを聞いて、ようやく我に返った。


アエロリットとの初めての口取り。集合場所である総合インフォメーション前へ走る私の足取りは、夢心地なひととき。興奮状態で火照った顔に初夏の風が当たる。何回か経験した集合場所へ向かうこのコースが、今日だけはビクトリーロードになっているように思えた。

本馬場で行われるGⅠ記念撮影。想像以上にフカフカで足が沈むような芝コース、そして本馬場から見た満員の観客スタンドは、決して見ることのできない風景。その感触と景色を楽しみながら、私はアエロリットと出会えたことに感謝した。

Photo by I.Natsume

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