振り返れば…ではなく、その瞬間、信じて託す。グランアレグリアと私の桜花賞。

グランアレグリアが名馬の一頭であることに、異論の余地はないだろう。
ただ、私にとって彼女は、単なる名馬ではなく特別な1頭である。
その理由は、2019年の桜花賞まで遡る。

今になって振り返れば、桜花賞の勝利は必然も必然かもしれない。
ただ、この"振り返れば"というやつは曲者だ。後からなら「当然勝つよね」と言えてしまうからだ。別に言えてしまうから何だ、構うことはない、納得しないなら言わねば良い、のではあるが、その"振り返れば"に関する議論を封殺する手段がいくつも存在するのも確かだ。予想を書き留めておくとか、POG指名しておくとか──馬券を買っておくとか。

競馬の面白さは数あれど、私はその一部は、お金を賭けられることにあると思う。
どういう買い方が良いの悪いのというのではない。そこには人となりが出る。
私はといえば、ときどき、生活レベルのギリギリいっぱいまで単勝を買う。強いと信じた馬に、まさに「張る」の風情だ。私は自分の中で囁く"振り返れば"を封殺したいのである。当たったとて、何もその馬券を「私はわかっていたぞよ……」と、誰に対する印籠にするわけでもない(外れると印籠にしか使えない)。

"振り返れば"の名馬に、身を切るまで張れたという事実を得る。
そのことが、私に誇りをくれるのである。
グランアレグリアは、私にそうした誇りをくれた特別な馬で、桜花賞がその舞台だ。

グランアレグリアは、東京マイルの新馬戦でデビューし、そこでダノンファンタジーと対決。どちらも期待馬だったが、グランアレグリアは2着のダノンファンタジーに2馬身差を付けてゴールした。そこから3着のフィッシュダイブまで3.1/2馬身の差があり、あとは団子でなだれこんだ。承知の方も多かろうが、バラついたゴールは実力の開きを示す。走破タイム1:33.6は、当時の2歳新馬レコードを1秒以上更新した。ダノンファンタジーに騎乗した川田騎手も、この馬でよもや負けるとは、という様子だった。

次のサウジカップも出遅れから圧勝したグランアレグリア。
陣営は、朝日杯フューチュリティステークスに参戦を表明した。ドバイ行きで阪神ジュベナイルフィリーズに乗れない、主戦のルメール騎手を待ってのことだったらしい。私にとって、熟練したホースマンたちが与える馬の評価は絶対だ。グランアレグリア陣営──藤沢調教師が「素晴らしい馬だ」「これだけの馬だ」と言うならば、ルメール騎手が「この馬はスポーツカー」だと言うならば……私が血眼になってレースを分析するより、それらの言葉の方に価値がある、と思う。こうした関係者の評価を集めて、私は「グランアレグリアは、天才だ!」という確信を深めていく。

迎えた桜花賞。
朝日杯フューチュリティステークスではで3着に敗れたグランアレグリアは、2番人気だった。
1番人気は、彼女に敗北してから、負けなしの3連勝で阪神ジュベナイルフィリーズをもぎとったダノンファンタジー。より沢山の人が、ダノンファンタジーの方が勝つと思っている事実、彼女に継続騎乗していた川田騎手の自信……。レース直前には、身をもはや蝕む額を抱える私の手は汗だくになる。悪い想像と後押しする声が交互にめぐる。
──負けたって構うものか。
いやでも負けたら実際問題、このひと月、どうやって暮らすか。
このエピソードと手元の印籠(と化した馬券)見せつけて、同僚に奢ってもらおうか?
いやいや、信じろ、グランアレグリアは天才なのだ……。

それでも、馬券を握れば泣いても無かったことにならないし、メソメソしていてもレースの時間はやってくる。観衆の渦の向こう側、遠い向正面で、18頭の若駒たちがゲートから勢いよく飛び出した。

グランアレグリアは良いスタートを切り、ルメール騎手が前目につける。
よしよし、まずは第一関門突破だ。モニターを凝視している私の目には、折り合っているように見える。そうでなくては困る、私はお前に託しているんだ!  脳裏に、ドンドンと鼓動が響く。

驚くべきは3コーナーからであった。
満ち満ちたエネルギーが迸り、彼女は馬なりに先頭へ踊り出した。後続はみるみる置いていかれる。とてつもないスピードだ。「勝つ、これは勝つぞ!」という熱い確信で、口から言葉にならない叫びが溢れる。もはや直線では、並ぶものはない。完勝だった。私ははち切れん喜びを爆発させた。「グランアレグリア! ルメール!」大声で叫んでも誰も構わない。私の声は大歓声の一つになっていた。

もう一度、今になって、彼女の蹄跡を振り返る。
史上初の古馬マイル完全制覇。圧倒的なスピード能力で、アーモンドアイすら退けた。スプリント戦にも参入し、二階級G1制覇もあった。馬を信じ続けた陣営とともに、2000mに挑戦。敗れこそしたが、天皇賞(秋)でコントレイル、エフフォーリアというメンバーの中にあって、直線では一旦先頭に立つ場面も見せた。その堂々たる姿に、胸を打たれた。本当に素晴らしい名馬だ。彼女の才能に、馬券という形で一口関わらせてもらったような、清々しい気持ちと、宝物の誇りが私の胸に残っている。

競馬はまた今日も続く。
"振り返れば"名馬と呼ばれる馬に──次なるグランアレグリアに、出会うのが楽しみでならない。

写真:かぼす、Horse Memorys

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