あなたの「好みの血統」は? 私が追いかけた、良血馬コディーノの記憶 - 2012年・秋/東京スポーツ杯2歳ステークス

あなたの「好みの血統」は?

競馬と長く付き合っていると、誰でも「好みの血統」の1本や2本は持つようになる。きっかけは様々でも、牝馬なら子から孫へと広がり、牡馬で種牡馬になればその産駒にはお気に入りマークが付いて、「〇〇の子」として追いかけて行く。しかし馬券を買う立場になると少々厄介者で、「好みの血統」は「応援馬券」と化し、馬券購入額を増やしてしまうのだ。時にはとんでもない高配当をもたらすこともあるが、大抵は馬券負債を拡大させる結果となる。それでも応援馬券を買ってしまうのは、自分の競馬史の中で一緒に過ごした大切な友への一票だと思っている。出馬表の父母欄に名前があると、それだけで懐かしく身内贔屓の心持で買い目に追加されてしまう。外れても「まぁ、いいか」の寛大な気持ちでいられるのは、「あいつの子供」の走る姿を見ることが出来た満足感だろうか。これも、競馬の楽しみ方のひとつだと私は思う。

私にとっての「好みの血統」は、両指を折って数えても足りないくらいある。なかなか馬券が的中しない、回収率が悪いなどの要因になっていることは確かだ。しかし、新馬戦や未勝利戦の馬柱を見ながら、パドックで「好みの血統」の子供や孫に初めて会うのは格別なもの。午前中の楽しみのひとつである。

2024年は私の「好みの血統」の系譜から名馬が誕生した。系譜の始祖は2000年にデビューし、桜花賞4着、オークス7着後、5歳時に京都牝馬特別を制したハッピーパス。彼女の6番目の仔、チェッキーノの娘チェルヴィニアである。

ハッピーパスの系譜は、私にとっては大好きな一族。デビューする2歳馬のラインナップがあちこちで目にするようになると、当時は必ずハッピーパスの仔を探していた。中でもチェッキーノは一族の中で№1の推し馬。フローラステークス快勝後に挑んだオークスでのクビ差2着は悔しさだけが残り、雪辱を果たす秋に向けて選んだクイーンステークスの直前に屈腱炎を発症する。惜敗のオークスと、出走が叶わなかった秋華賞。その2つを娘のチェルヴィニアが母に代わって制覇した。もちろんハッピーパスの系譜で、初の3歳クラッシック制覇であり、孫の代での悲願達成となる。

ハッピーパスの子供たちの中にも、クラッシック制覇に手が届きかかった牡馬がいた。4歳の初夏に病に倒れ早世した、ハッピーパスの3番仔コディーノである。チェルヴィニアの悲願達成を一番喜んだのは、天国から応援していた彼かも知れない。

2歳夏の札幌でデビューしたコディーノは、黒鹿毛のシルエットが美しい馬だった。彼が最も輝いていたのは2歳の秋。毎年、東京スポーツ杯2歳ステークスの頃になると、コディーノを思い出す。

コディーノの登場

「ハッピーパスの仔で評判となっている牡馬がデビューする」

スポーツ紙でも、ネットの競馬サイトでもコディーノの名は踊った。兄弟は長男がラヴェルソナタ、2番仔が牝馬のパストフォリア。どちらも2歳時に勝ち星を挙げたもののクラッシック戦線には縁が無かった。ハッピーパスの3番目の子供としてデビューすることになるコディーノは調教から抜群のタイムを叩き出し、兄姉とは違うスケール感を見せている。

第1回札幌の最終日に登場したコディーノは、横山典弘騎手を背にゆったりとしたスタートでスタンド前を通過する。最後方追走から、仕掛けたのは3コーナー。直線入り口で先頭に並びかけると、ラストスパートで一気に先頭に躍り出る。あっという間に2馬身、3馬身と差を広げ、最後は流す余裕でゴール板を駆け抜けた。

「モノが違う走りでデビュー」

「キンカメの代表産駒登場!」

心が躍るようなスポーツ紙の見出しに相応しいデビュー戦となったコディーノの2走目は、夏競馬最終週の札幌2歳ステークスと発表される。

ここでも余裕の強さを発揮したのはコディーノだった。

ロゴタイプが逃げ、マイネルホウオウが追走する展開の4番手につけたコディーノは、内で様子を伺う。4コーナー手前で横山典弘騎手が内から外へ移動すると、直線半ばでロゴタイプを捉え一気に突き抜けた。ゴール後に大きく左手を上げた横山典弘騎手。コディーノの強さを肌で感じ、会心のレースになったことを物語っていた。

危なげなく2連勝を飾ったコディーノは、来春のクラッシック戦線の主役候補として、早くもその名が刻まれる。大好きだったハッピーパスからついに出た超大物。私は、府中に彼が帰ってくるのを心待ちに秋を迎えた。

2012年東京スポーツ杯2歳ステークス

コディーノの秋は王道路線を進む。秋の初戦として、東京スポーツ杯2歳ステークスを選んだコディーノは、順調に調整されていた。

東京スポーツ杯2歳ステークスは、イクイノックスやコントレイルが勝ち上がったことで、来春に向けての登竜門としてのポジションを確定させた。しかし、それ以前からも数々のダービー馬や皐月賞馬がステップレースとして選択し、重要なポジションを担っている。コディーノが出走する前年には、ディープブリランテが優勝し翌年の東京優駿を制した。また、翌年2013年は皐月賞馬イスラボニータが勝利している。

コディーノと共に東京スポーツ杯2歳ステークスに出走するのは15頭。圧倒的な1番人気のコディーノ以下、新馬→百日草特別連勝のレッドレイヴン、新馬勝ちに続きいちょうステークス(OP)で2着に入ったサトノノブレスが人気上位を形成。

横山典弘騎手を背に、本馬場に登場した1番ゼッケンのコディーノ。ゆったりと1コーナーに向かって返し馬に入る。小雨で煙る本馬場の真っ直ぐな直線、私のカメラのファインダーに近づく彼の姿は、古馬の風格さえ感じられた。

バラついたスタートから始まったレースは、内のコディーノがゆっくりと四番手の位置をキープ。田辺騎手のロードシュプリームが飛び出し、レースを先導する。二番手を行くケンブリッジサンの後ろ、ミヤジタイガの内を並んで進むコディーノは、ほぼ馬なりで追走する。人気上位のサトノノブレスは中段より後ろ、レッドレイヴンは最後方のポジション。

各馬3コーナーに入り、7馬身近くの差を広げて逃げるロードシュプリーム。二番手以下の隊列は変わらず、大欅を過ぎるとその差が縮まり始める。

直線に入るとロードシュプリームが失速、替わってケンブリッジサンとミヤジタイガが先頭に立つ。ミヤジタイガの内にいたコディーノは、前が壁となって行き場を失っている。それでも、200mのハロン棒の手前で先頭2頭の隙間を縫って、コディーノは先頭に躍り出た。抜け出してからのコディーノの脚は際立っている。2馬身、3馬身とどんどん差が開く。ようやく馬群の外をレッドレイヴン、内をインプロヴァイスが追い上げてくるが、時すでに遅し。コディーノは2馬身先でゴール板を通過していた。

表彰式で見せる横山典弘騎手の嬉しそうな姿は、確かに来春に向けた手応えを掴んでいるように思えた。優勝レイを肩に、堂々と歩くコディーノ。

小雨が降り、曇天で薄暗い場内でコディーノだけがひと際輝いている。私のカメラ越しに見えるコディーノは、限りなく美しかった。                  

そして、この時は多くのファンが「典さんとコディーノが来春のクラッシック戦線を席巻する」と思っていたことだろう。

コディーノを取り巻くライバルたち

コディーノ1強に待ったをかけるライバルたちも、関西圏から続々と登場する。

シーザリオの仔エピファネイアは、菊花賞デーの新馬戦でデビューし、福永騎手を背に3馬身差で勝利。更に、コディーノが3連勝を飾った翌週の京都2歳ステークス(当時オープン特別)で2勝目を飾った。

デビュー前から評判だったキズナは、秋の京都開催2日目の新馬戦でデビュー。佐藤哲三騎手が騎乗し2馬身差で勝利を飾ると、続く条件特別の黄菊賞も危なげなく勝利。評判通りの強さを発揮した。

関西の両雄は、暮れのラジオNIKKEI杯(G3)で雌雄を決し、エピファネイアが勝利している(キズナは3着)。

コディーノが4戦目に選んだレースは、暮れのG1朝日杯フューチュリティステークス。2歳チャンピオンの座を目指して、万全の状態で駒を進めたコディーノ。単勝1.3倍の支持通り、無傷の4連勝でG1制覇するものと思っていた。

レースは、逃げるマイネルエテルネルを二番手で追走した7番人気のロゴタイプが、終始うまく立ち回って、コディーノの追い込みをクビ差凌いだ。

絶対に負けないだろうと思われたコディーノ。何馬身突き放してここに来るだろうと見ていた私のカメラに、Mデムーロ騎手の「したり顔」が写り込む。

パドックで見たコディーノは仕上がっているように見えた。

3コーナーで掛かったのが原因か?

直線の坂が末脚を鈍らせたのだろうか?

初のマイル戦でハイペースに戸惑ったか?

いずれにせよ、初G1のタイトルは手にすることなく、コディーノから逃げて行った。

暗雲が立ち込めた春

「順調」の歯車が一度狂い始めると、それはどんどん大きくなっていく。

2013年の始動戦は弥生賞。前走マイル戦を走り今回は2000m。元々テンションの高いコディーノが、ゆったりしたペースで引っ掛からないかの不安。更に関西の二強、エピファネイアとキズナの出走で、コディーノの真の力が試される舞台となる。

レースは終始内を進んだコディーノが、直線で狭いところから伸びてくる。坂の上で先頭に立ったエピファネイアを交わしたものの、外から伸びるカミノタサハラ、ミヤジタイガに差され、クビ、ハナ差の3着に敗れた。直線で前がスムーズに空けば差されなかったかも知れないが、東京スポーツ杯2歳ステークスで見せた瞬発力が見られなかった。

クラッシック第1弾皐月賞。コディーノは6枠からの発走にもかかわらず、敢えて内の進路を選ぶ。向正面でコディーノと同位置で内を進んだロゴタイプは4コーナーでは外に進路を切り替える。コディーノは内目でじっとしたまま直線を迎えた。直線に入り外から伸びてきたエピファネイアが先頭を伺うと、更にその外につけたロゴタイプがエピファネイアに迫る。内を突くコディーノは、ポッカリ空いた進路をスムーズに伸びてくるが、外の勢いには及ばなかった。結局、ロゴタイプ、エピファネイアに先着を許し、またしても3着に敗れた。

最後の瞬発力で劣ったコディーノ。4コーナーから直線に入る時、外に出していれば結果が変わったかも知れない。しかし、テンションの高いコディーノを内で我慢させ、直線で内から勝負を賭ける横山典弘騎手の作戦はベストだと思いたかった。

コディーノの次走は予定通り東京優駿に決まる。ところが….まさしく寝耳に水。突然の鞍上交代が発表され、大騒ぎとなってしまった。

「コディーノの東京優駿、鞍上はCウィリアムズ騎手」の記事──。

何故?

コディーノの相棒は典さんに決まっているじゃないか!

サラブレッドが一生に一度しか出走出来ないレース、同世代で18頭しかエントリー出来ない競走生活最高のレースに、乗り慣れた典さんで無いとは…。

典さんが怪我で乗れないわけではないのに。

ならば…何故?

もちろん外部の私たちがあれこれ言っても変わるものでもない話。関係者の間で決まった事に対し、コディーノが東京優駿の晴れ舞台で最高のパフォーマンスを発揮してくれるのを見守るだけだった。

ハイテンションで乗り難しいであろうコディーノを、上手く直線まで誘導したCウィリアムズ騎手。しかし、結果はキズナとエピファネイアの叩き合いから0秒5遅れの9着に終わった。 

不完全燃焼の春を終えたコディーノは、秋は三冠路線に向かわず、古馬との中距離路線での戦いを選ぶ。

しかし、横山典弘騎手がコディーノの背に帰ってくることは無かった。

秋初戦の毎日王冠は7着に敗れたものの、秋の最大目標である天皇賞(秋)に駒を進めた。春以来、久々に見るコディーノ。彼は古馬に混じっても引けを取らない風格を備えていた。気持ち良さそうに、私に近づいて来る。しかし、これがコディーノを競馬場で見る最後の姿になってしまった。

コディーノは3歳馬ながら5着に健闘。中距離なら世代トップクラスの力がある事を大舞台で証明してみせた。

そして、突然の別れ

古馬になったコディーノの初戦は東京新聞杯。積雪の影響で月曜日に代替開催となった重馬場の府中競馬場。芦毛のホエールキャプチャが抜け出し、追走したコディーノは4着。続く中山のダービー卿チャレンジトロフィーは大混戦の直線、カレンブラックヒルから0秒2差の5着にまとめた。

マイル戦を続けて使ったことで、春の大目標は安田記念と思われた。しかし6月8日の安田記念にコディーノの姿は無く、ジャスタウエイとグランプリボスのハナ差の接戦で幕を閉じる。


帰厩を心待ちにしていた5月14日、コディーノは疝痛を発症する。16日には美浦トレセンで開腹手術が施され、小腸の一部を切除する大手術になってしまった。一時は小康状態から回復の傾向を見せたものの、6月11日に体調が急激に悪化。既に手の施しようのない状態だったという。

コディーノは競馬場に戻ってくることなく、4歳の若さでこの世を去ってしまった…。

もしも、コディーノが病に倒れることなく安田記念に出ていたらどんなレースを見せてくれただろうか。横山典弘騎手が主戦騎手として乗り続けてくれたら、ハッピーパス系譜からの最初のG1ホースは、コディーノだったのかも知れない。

同期のキズナ、エピファネイアが種牡馬として活躍しているのを見ると、コディーノの産駒が競馬場で走る姿を見たかったなと思う。

そして私が一番見たかったのは、「典さんがコディーノに騎乗して挑む東京優駿」である。

Photo by I.Natsume

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