1.同郷の名馬2頭
「2016年に活躍した、ヤナガワ牧場の生産馬と言えば?」という問いを競馬ファンに出したとしたら、おそらく十中八九「キタサンブラック」という答えが返ってくるだろう。
2010年代の日本競馬を代表する名馬・キタサンブラック。「顔が二枚目」という理由で北島三郎オーナーが購入したこの馬は、古馬となった2016年に「覚醒」したと言って良い。名手・武豊騎手と共に天皇賞(春)とジャパンカップを勝利し、一度も馬券圏内を外さない堅実な走りでこの年の年度代表馬に選ばれている。『ウマ娘 プリティーダービー』のアニメ第3期においては主役としてその活躍ぶりが描かれたが、モデル馬の方も正にこの年の「主役」であった。
しかし、2016年にキタサンブラックを超えるGⅠ級競走3勝を挙げたヤナガワ牧場生まれの名馬がいた。それがコパノリッキーである。『ウマ娘』のアニメではGⅠ勝利を果たせず思い悩むサトノダイヤモンドに風水の見地からアドバイスを送る役回りだったが、実はキタサンブラック躍進の裏で大活躍を見せていた。2016年のコパノリッキーの活躍について、GⅠ勝利を中心に振り返りたい。
2.「能天気な男馬」
コパノリッキーは2010年生まれ。『ウマ娘』で幼馴染として描かれているキタサンブラックは2012年生まれなので2歳違うことになる。2010年生まれの世代はタレント揃いで、キズナ・エピファネイア・ロゴタイプ・ラブリーデイ・アウォーディーらがリッキーの同期。種牡馬としても優秀な馬が多いから最近競馬ファンになった方にもお馴染みの名前が多いことと思う。
リッキーの母コパノニキータは「Dr.コパ」こと風水師・小林祥晃オーナーの所有馬。小林オーナーはダートで息の長い活躍をしてくれる産駒を望んでいた。ダート王ゴールドアリュールとの間に生まれた幼駒を見た小林オーナーは「能天気な男馬」という印象を持ち、「コパノリッキー」と命名。村山明調教師にこの馬を託した。「二枚目」と「能天気」が牧場の二枚看板となるのだから、面白い。
リッキーは3歳時に兵庫チャンピオンシップを勝って頭角を現すもその後骨折。古馬初戦がいきなりGⅠのフェブラリーステークスになったが、これを最低人気で勝利して一躍ダート戦線の主役候補に躍り出る。同年はかしわ記念とJBCクラシックも勝利、翌2015年はフェブラリーSとJBCクラシックを連覇と、2年でGⅠ級5勝の大活躍を見せる。『ウマ娘』でも親友・良きライバルとして描かれるホッコータルマエという傑物が一つ上にいたこともあり、絶対王者として君臨することこそ出来なかったが、日本のダート界を牽引する一頭となった。
3.帝王となるための「モデルチェンジ」
そして迎えた2016年。この年のリッキーを語る上で欠かせないのが、①GⅠ級3勝の全てが控えての競馬になったこと、②帝王賞を初制覇したこと、の2点である。
コパノリッキーと言えば「逃げ」というイメージが強い。実際には2014年のかしわ記念を出遅れても勝利しているようにハナを切らなくても勝てるのがこの馬の強みであるのだが、4歳〜5歳シーズンは1年に1度は必ず逃げ切りでのGⅠ勝ちを収めている。その意味で、2016年はリッキーが「モデルチェンジ」を果たした年とも言えるだろう。同じく武豊騎手が主戦を務めたキタサンブラックがこの年に「逃げ」という武器を手に入れて躍進したのと好対照である。
2016年初戦となるフェブラリーSこそ末脚が伸びずに7着と敗れるが、小林オーナーの誕生日の5月5日に行われたかしわ記念では大井のソルテを先に行かせて2番手に控える競馬で3馬身差快勝。見事に復活を遂げ、その勢いのままに春のダート中距離王決定戦・帝王賞に臨む。
中央のダートGⅠがいずれも2000mより短い距離で行われている日本ダート競馬の競走体系において、ダート中距離の王道コースとなっているのが帝王賞・東京大賞典などが行われる大井競馬場の2000m戦である。リッキーは2015年のJBCクラシックで同コースを勝っているものの、帝王賞と東京大賞典では勝利経験が無かった。2014年は帝王賞・東京大賞典のいずれも2着、2015年は東京大賞典に出走して4着。直線の長い大井の外回りコースで逃げ切ることの難しさを示す結果である。
しかし、「モデルチェンジ」を果たしたリッキーは一味違った。鞍上の武豊騎手は逃げるクリソライトと2番手につけたアスカノロマンを見る外の3番手でレースを進める。3コーナーを過ぎたところでスパートしたリッキーはそのまま先頭に立って後続を突き放す。上がり最速となる36.1秒の末脚で、2着のノンコノユメに3馬身半差をつける圧勝劇を見せ、「帝王」戴冠。武騎手が「この馬のポテンシャルの高さを改めて感じた」と評する充実ぶりで、ダート王の地位を確固たるものとした。
秋の始動戦となった南部杯では武豊騎手が京都大賞典でキタサンブラックに騎乗するため田辺裕信騎手とコンビを再結成。「成長していて折り合い面の苦労はなかった」という田辺騎手のコメント通り、3番手追走からレコード勝ちの快勝。その後は3戦して勝利無しも、この年でGⅠ級3勝を積み重ねて通算で8勝とした。
4.その血は次代へ
翌2017年も現役を続行したリッキーは、この年もかしわ記念・南部杯・東京大賞典とGⅠ級を3勝。GⅠ級11勝は同10勝のライバル・ホッコータルマエを超え、今なお破られていない日本記録である。
ブリーダーズ・スタリオン・ステーションで種牡馬入りしたコパノリッキーは2年目の産駒から無敗の東海ダービー馬セブンカラーズを、3年目の産駒からケンタッキーダービー5着のテーオーパスワードと東京ダービー4着のシンメデージーを輩出。リッキー自身は怪我のために縁がなかったダービーであったが、産駒は3歳頂点を決める戦いで躍動している。
しかし、リッキー自身が「モデルチェンジ」を成功させながら息の長い活躍をしたように、この血が真価を発揮するのはベテランになってからであろう。コパノリッキーを父に持つ「帝王」が生まれる日を心待ちにしている。
写真:ゆーた、s.taka