突然、ピリオドが打たれた…
有馬記念の枠順抽選会があった翌日。1枠2番が吉と出るか凶と出るか? 武騎手が外の方が…と言ったとか言ってないとか?
金曜の午後。昼休みの食事中にスマホを触りそんな情報を得た矢先の事。ドウデュースのラストラン、どんなレースで有終の美を飾ってくれるのかを頭に描きながら、私はパソコンに向かっていた。
「yahooニュース」にスマホが反応したのはその時だった。どうせ、円相場が動いたとか、週末に寒波が到来するとか、そんな感じだろう。早めに業務を終わらせるため必死になっている平日最終日の午後に、いちいち反応するには優先順位が高くないはずだ。とはいえ、何故か気になり、パワポの1ページが完成したタイミングを見計らい、スマホにタッチして画面を呼び出した。
「ドウデュースが右前肢跛行のため、有馬記念出走取消…」
右前肢跛行? 出走取消? レースは? 引退式は? ……。
頭の中がフリーズして、パソコンのキーボードを打つ手が止まる。この秋、天皇賞(秋)で、ジャパンカップで見た、武騎手の「笑顔」と優勝レイを掛けたドウデュースの「ドヤ顔」が、もう見られないのか?
気持ちの半分は、無理に出走して取り返しのつかないような事態にならなくて良かったと思いつつ、やはり、ドウデュース抜きの有馬記念は寂しい限りだ。
ネットの競馬サイトにドウデュース出走取消の続報が入ってくる。友道調教師、松島オーナーのコメントに胸が熱くなり、この秋のドウデュースの存在の大きさを改めて実感した。
日曜日の夜、ドウデュースの引退式を見ながら考えるつもりだった、彼への「贈る言葉」。
ドウデュース推したちは日曜日を待たずして、それぞれで「贈る言葉」を考え始めた。
受験生・優太君からドウデュースへ、「贈る言葉」
競馬が大好きな優太君は、二浪目を迎える受験生だ。文京区本郷にある大学を目指して、来春に三度目のチャレンジを予定している。
ここまでの優太君の青春時代は茨の道。高校に入ったら競馬同好会を作る事を楽しみにしていたものの、入学と同時にコロナ禍が勃発。同好会どころか、学校にも通えない。楽しいはずの学校行事も無く、ささやかな期待を膨らませていた彼女と一緒に放課後マクドナルドへ行く夢も、シャボン玉のように弾けてしまう。高校3年間を通して、対面時はマスクが必須となり、髪型と目だけで会話する不思議なコミュニティで過ごすことになった。
優太君が2年生になった夏、ドウデュースがデビューした。お気に入りのハーツクライ産駒、見栄えする馬体は優太君を虜にする。ドウデュースは期待通り暮れの朝日杯フューチュリティステークスを勝利し、世代No.1の称号を得る。そして受験年度となる翌年、ドウデュースは日本ダービーを制覇。武豊騎手の誇らしげな笑顔が、本郷にある第一志望大学の門をくぐった時の自分の笑顔であって欲しいと願った。
しかしドウデュースの秋、強気の凱旋門賞チャレンジは、「欧州強豪馬の壁」にぶつかり惨敗。ドウデュースと連鎖するように、優太君も「ハイレベル受験生の壁」に跳ね返され、合格に至らず。お互いの心願成就は来年に持ち越しとなった。一方、ドウデュースの同期イクイノックスは秋に花開き、天皇賞(秋)と有馬記念を連勝、ドウデュースが海外遠征している間にしっかりとその地位を固め、差を開いていった。
古馬になったドウデュース、そして予備校生となった優太君。
ドウデュースは、幸先よく初戦の京都記念を楽勝したものの、二度目の海外遠征となるドバイターフは出走取り消し。優太君も春先はペースが上がらなかったが、夏期講習を境に、合格圏内まで成績が上がって来た。
それぞれの勝負の秋、ドウデュースは天皇賞(秋)に駒を進める。ところが天皇賞当日になり武豊騎手が負傷。戸崎騎手に乗り替わり挑んだものの、イクイノックスとの「差」を縮めることはできず惨敗。続くジャパンカップもイクイノックスの4着に甘んじ、優太君の追い込み期に背中を押すことが出来なかった。優太君の模試の成績も、合格圏の前後で横ばいが続く。
「ドウデュースはピーク期を過ぎたのか。結局、同期の№1はイクイノックスなのか…。そして自分も…?」
優太君の心の片隅に停滞しはじめた不安。それを吹き飛ばしたのが、暮れの有馬記念だった。武豊騎手が鞍上に復帰、1番人気こそジャスティンパレスに譲ったものの、直線でタイトルホルダーを捕まえるとそのまま先頭でゴールイン。優太君に勝利のバトンを渡した。
ところが、優太君は一番大切な時期に体調を崩す。万全の状態で試験に臨めなかった優太君は、合格のボーダーラインを越えることが出来ずに涙を飲む。第二志望の私立大学には合格していたので、そちらへ進学することも考えた。もし、ドウデュースが有馬記念後引退発表していたら、多分そうしていただろう。
しかしドウデュースは、更なる高嶺を目指して現役続行が発表され、頂点を目指す戦いをスタートさせていた。イクイノックスを上回る蹄跡を残し、世代№1を目指すドウデュースに刺激を受けた優太君は、もう1年彼と共に頂点を目指すことを決意した。
そして、三度目の秋。
ドウデュースは、天皇賞(秋)、ジャパンカップと異次元の末脚で勝ち進む。秋の古馬三冠達成、有馬記念連覇に向けて、死角は見当たらない。1枠2番の枠順も発表された翌日、ドウデュースは右前肢跛行により、出走取消と現役引退が発表された。
「2024年有馬記念制覇」を最後の1ピースとしてコンプリートする、「最強」の称号。ドウデュースは、手に持っていた1ピースを自ら放り投げた。それは、ドウデュースから優太君への激励メッセージだったのかもしれない。
「3年間一緒に頑張ってきたのだから、最後の1ピースは有馬記念ではなく、君の合格通知でコンプリートさせるのさ」
出走取消が発表された時、ショックを受けることなく冷静に受け止めた優太君。ドウデュースと共に、笑顔で春を迎えることを目指してラストスパートに入った。
「ドウデュースと共に頂点を目指すと約束したから、絶対に合格してみせるよ。『最強』の称号に最後の1ピースを埋め込んで完成させるからね。そして今まで一緒に並走してくれてありがとう」
レガレイラとシャフリヤールの壮絶な差し比べでフィナーレを迎えた有馬記念。優太君はその夜も机に向かっている。
何故なら、優太君が第1志望の大学に合格することが、ドウデュースへの「贈る言葉」になるのだから~。
舞彩さんからドウデュースへ「贈る言葉」
神戸在住の舞彩さんは、武豊騎手の大フアンだ。父に連れられて、阪神競馬場へ通っていた子供の頃から彼はスタージョッキーである。大人になって、自分で馬券を買うようになってからも、「武馬券」は舞彩さんの主力馬券。「平場の先行馬は武から」「G1レースで、先行タイプの人気馬に武が乗れば迷わず押さえる」「メイショウの逃げ馬に武騎乗は頭で買う」等々、何かと理由を付けては武馬券を買ってしまう。もちろん、パドックでスマホを駆使して撮影する「メンズモデル武豊」の画像はスマホに眠る宝物だ。
武豊騎手といえば有馬記念…というのが舞彩さんのイメージ。なぜかと言うと、舞彩さんが中山競馬場で現地観戦した時は、全て武豊騎手が優勝している。初めて有馬記念を中山競馬場で観戦したのは高校生の時。東京に住む叔父に前売り入場券を買ってもらい、ディープインパクトの引退レースとなる有馬記念を父と一緒に観戦した。レース後に実施された日暮れ後の引退式の美しさは今でも鮮明に覚えている。
2度目は2016年のキタサンブラック。クリスマスイブの有馬記念を、当時付き合っていた彼と満員のスタンドで腕を組んで見ていた。「G1での武豊の逃げ」は鉄板馬券。クイーンズリングが2着で3連単万馬券となり、彼と共に的中したことを抱き合って喜んだ思い出が残っている。
そして、昨年の有馬記念。舞彩さんの今の推し馬がドウデュース。鞍上が、負傷が癒えた武豊に戻るとなれば、応援に行かないという選択肢はない。誰にも言わず、舞彩さんは仕事を放り出して中山競馬場に向かった。天皇賞(秋)とジャパンカップの敗戦で、ドウデュースの勢いに陰り…と言われ出したのが悔しくて、まだまだ衰えていないドウデュースを確かめるためパドックにしがみついた。
直線で逃げるタイトルホルダーを競り落とし、先頭に立ったドウデュースに向かって、指定席のガラス越しに絶叫する。ウイニングランで戻ってきたドウデュースと武豊を見た瞬間、涙が止まらなくなり、テーブルのレープロがくしゃくしゃになるくらい涙をこぼした。
そして、2024年秋。天皇賞(秋)、ジャパンカップを無類の強さで突破してきたドウデュースに見当たる不安要素は、連戦の疲れぐらい。絶対負けないだろうと思っている舞彩さんは、冷静にレースを見て、引退式まで笑顔でドウデュースを見送りたかった。そして、涙はホテルに帰るまで流さないと決めていた。
舞彩さんは、金曜午後に東京に向かう新幹線の中で、ドウデュース跛行のニュースを目にする。もう競馬場で会えないという現実を受け入れるしかない舞彩さん。不思議と涙は出ない。それより、万一起こるかも知れない不慮の事故を防げた事に安堵する気持ちが強かった。
レガレイラがシャフリヤールに競り勝って有馬記念の先頭ゴールを果たす。その競り合いにドウデュースと武豊騎手の姿を重ねて、満員のスタンドで舞彩さんは拍手を贈っていた。
どうして…?
気がつけば、舞彩さんの頬に涙が伝わっている。
舞彩さんの涙の中には、ドウデュースとの惜別と、彼からもらった感動の3年間に対する感謝が「贈る言葉」となって、溢れ出したのだろうか。
そして、私からドウデュースへ「贈る言葉」
パドックでファインダー越しに見るドウデュースの表情が大好きだった。イクイノックスの激しい表情とは対照的に、いつも穏やかにこちらを見ていた。それは、初めて会った朝日杯フューチュリティステークスのパドックから、ラストランとなったジャパンカップまで変わっていない。
そしてもっと好きだったのは、レースを終えて引き揚げてきた時のドウデュースの表情だ。鞍上の武さんの笑顔に合わせてホッとした表情を見せる。それは武さんと共に戦い終えて、無事に帰ってきた安ど感なのだろうか。
願いは叶わなかったが、引退レースとなるはずだった有馬記念の後、どんな表情を見せただろう。引退式でライトアップされたターフを歩くドウデュースの表情を最後に、彼を追いかけた3年間のフィナーレとしたかった。
古馬三冠達成、凱旋門賞制覇、有馬記念連覇…そして幻となった引退式。
ドウデュースが成しえなかった数々のことを彼の子供たちに託したい。そしてそれが叶う瞬間を楽しみに待ちたいと思う。
何年後かにパドックでカメラを向けた時、「あいつの子だ」とすぐにわかる穏やかな表情の産駒をたくさん連れてきて欲しいと、今は願っている。
「たくさんの感動とベストショットをありがとう」
ドウデュースへの「贈る言葉」。
…あまりにも多すぎて語り尽くせないなぁ。
Photo by I.Natsume