売却率の話をします。売却率なんて言葉を使うと、いかにも生産者っぽいですし、いよいよ僕も生産者らしくなってきたなあと自覚します(笑)。売却率とは、セリ市で馬がどれぐらい売れたのかを示す指標です。セリ市全体の売却率を言うこともありますし、種牡馬ごとのそれを指すこともあります。
たとえば、2001年以降のサマーセールの売却率の推移を表す線グラフをご覧ください。横軸が年で縦軸が売却率になります。
驚くべき右肩上がり。最も売却率が低かった2003年の22%から年を重ねるごとに上昇し、2023年は78%にまで到達しました。僕が碧雲牧場の長谷川親子と出会ったのが15年前ぐらいですから、その当時は生産界がまだ苦しさから抜け出そうとしていた時期だったことが分かります。生産の世界は景気に左右されると言われますが、リーマンショックが起こった2008年以降も、コロナ騒動が世界を席巻した2020年以降も、競走馬の売却率は一向に落ちる気配はなく、上がり続けてきたのです。マクロな視点で見れば、(日経平均)株価の上昇に連動していると考えることもできますが、ミクロな視点で見れば、株価の浮き沈みにほとんど影響を受けていないとも言えます。
経済の話はこのあたりまでにしておいて、僕が今回書きたいのは種牡馬ごとの売却率の話。先日、慈さんから「僕たち生産者はこんな数字も見て配合を決めていますよ」と言われ、「2023年北海道市場 1歳 種牡馬別売却成績」を見せてもらいました。そこには社台グループが開催しているセレクトセールを除く、セレクションセールからサマー、オータム、セプテンバーセールまでを含むセリ市における、各種牡馬の上場頭数、売却頭数、最高価格、平均価格などが載っています。特に気になるのは、売却率と平均価格でしょうか。たしかにこれらの数字を比較すると見えてくるものがあります。
売却率が高いということは、多くの人たちがその種牡馬の産駒を求めている、もしくは産駒の当たり外れが少ないため、売れ残りが少ないということを意味します。たとえ平均価格が高くても、売却率が低いようであれば、その種牡馬は産駒の出来にばらつきがあるのかもしれません。良い産駒は高く売れるけど、良くない産駒は買われることさえない。そうなると、生産者にとってはハイリスクハイリターンな種牡馬ということになります。その逆も然りで、平均価格は高くなくても、売却率が高い種牡馬は安心して配合できる。もちろん、売却率も平均価格も高い種牡馬が最高です。
僕がスパツィアーレの第一候補に考えているリアルスティールを見てみると、40頭上場されたうち30頭が売却されていて、売却率は75%、平均価格は1016万円となっています。種付け料300万円に対して、平均価格の1016万円は悪くありませんが、75%の売却率は思っていたよりも低いというのが実感です。おそらく牝馬で小さく出てしまって売れなかった馬が多かったのではないかと想像します。リアルスティール産駒は比較的大きく出ているイメージでしたが、牡馬と牝馬で差があるようですね。同じような血統構成で、牡馬も牝馬も大きく出すキズナとはそのあたりが少し違うところでしょう。スパツィアーレに関しては、たとえ牝馬が生まれたとしても小さくは出ないはずですから、サイズの心配は要らないですね。むしろ小さく出る心配がなければ、リアルスティールは合っている種牡馬ということです。
売却率が高く、上場頭数も多い順に並べてみると、以下のようになります(売却頭数/上場頭数)。
シニスターミニスター(30/30 100%)
ナダル(19/19 100%)
エスポワールシチー(32/33 97%)
ヘニーヒューズ(23/24 96%)
モーニン(59/62 95%)
ホッコータルマエ(58/62 94%)
シャンハイボビー(32/34 94%)
カレンブラックヒル(16/17 94%)
ルーラーシップ(16/17 94%)
タワーオブロンドン(43/46 93.5%)
サートゥルナーリア(22/24 91.7%)
フォーウィールドライブ(32/35 91.4%)
ミスターメロディ(36/40 90%)
パイロ(29/32で90%)
フィエールマン(17/19 89.5%)
ミッキーアイル(17/19 89.5%)
バゴ(16/18 89%)
シルバーステート(30/34 88%)
ビッグアーサー(21/24 87.5%)
ドレフォン(20/23 87%)
ベストウォーリア(42/50 84%)
北海道市場はダート馬を買いにくるお客さんが多いこともあり、シニスターミニスターやエスポワールシチー、ヘニーヒューズらの人気は当然として、モーニンやホッコータルマエ、シャンハイボビーらがそれに割って入ろうとしています。僕がダートムーアに配合しようと考えているナダルは、産駒の馬体が大きく出ることもあって、期待されているのが伝わってきますね。意外なところでは、タワーオブロンドンやフォーウィールドライブが高い売却率を示しています。また、サートゥルナーリアやフィエールマンは芝を中心に産駒は走るはずですが、にもかかわらず人気を博しているということは、よほど出来が良いのでしょう。
売りやすい馬をつくることだけを考えれば、売却率の高い種牡馬を配合すれば良いのですが、人間は欲深いもので、やはり高く売れるかどうかも大切です。そこで平均価格の高い順に並べてみました。
サートゥルナーリア(22/24 91.7%)2031万円
シニスターミニスター(30/30 100%)1796万円
ヘニーヒューズ(23/24 96%)1518万円
ドレフォン(20/23 87%)1511万円
ミッキーアイル(17/19 89.5%)1480万円
ルーラーシップ(16/17 94%)1403万円
ナダル(19/19 100%)1311万円
シルバーステート(30/34 88%)1117万円
パイロ(29/32で90%)1150万円
フィエールマン(17/19 89.5%)1107万円
ホッコータルマエ(58/62 94%)1053万円
バゴ(16/18 89%)1005万円
エスポワールシチー(32/33 97%)881万円
シャンハイボビー(32/34 94%)852万円
タワーオブロンドン(43/46 93.5%)792万円
ミスターメロディ(36/40 90%)721万円
ビッグアーサー(21/24 87.5%)696万円
カレンブラックヒル(16/17 94%)632万円
モーニン(59/62 95%)617万円
フォーウィールドライブ(32/35 91.4%)548万円
ベストウォーリア(42/50 84%)445万円
新進気鋭の種牡馬サートゥルナーリアから、ダート種牡馬界の重鎮まで、錚々たるメンツが上位を占めていますね。もちろん高く売れるのは良いことですが、その種牡馬の産駒を誕生させるためには、種付け料が原価としてかかってきます。どれだけ高く売れるとしても、種付け料が高額であれば利益が出ないということです。そこで預託費やコンサイニング費等は抜きにして、2024年度の種付け料を差し引いた差額の高い順に並べてみました。
ミッキーアイル(17/19 89.5%)1480万円-150万円=1330万円
サートゥルナーリア(22/24 91.7%)2031万円-800万円=1231万円
シニスターミニスター(30/30 100%)1796万円-700万円=1096万円
ルーラーシップ(16/17 94%)1403万円-350万円=1053万円
ヘニーヒューズ(23/24 96%)1518万円-500万円=1018万円
ナダル(19/19 100%)1311万円-300万円=1011万円
ドレフォン(20/23 87%)1511万円-600万円=911万円
フィエールマン(17/19 89.5%)1107万円-200万円907万円
バゴ(16/18 89%)1005万円-100万円=905万円
ホッコータルマエ(58/62 94%)1053万円-300万円=753万円
パイロ(29/32で90%)1150万円-400万円=750万円
エスポワールシチー(32/33 97%)881万円-200万円=681万円
タワーオブロンドン(43/46 93.5%)792万円-150万円=642万円
シルバーステート(30/34 88%)1117万円-500万円=617万円
シャンハイボビー(32/34 94%)852万円-250万円=602万円
ミスターメロディ(36/40 90%)721万円-150万円=571万円
カレンブラックヒル(16/17 94%)632万円-70万円=562万円
モーニン(59/62 95%)617万円-150万円=467万円
フォーウィールドライブ(32/35 91.4%)548万円-120万円=428万円
ビッグアーサー(21/24 87.5%)696万円-300万円=396万円
ベストウォーリア(42/50 84%)445万円-50万円=395万円
驚くべきことに、ミッキーアイルが首位に踊り出ました。今年度の種付け料が150万円にダウンしたことも影響していますが、それにしても種付け料と売却額の差が大きい種牡馬であることは間違いありません。牡馬であれば大きく出て、牝馬は小さくてもスピードがあって短い距離を走る、牡馬牝馬問わないことが大きな理由でしょう。ルーラーシップも4位まで浮上してきました。安定した馬格の大きさとパワーを産駒に伝えていますし、これまでの実績もあり、なおかつ産駒数が少なくなって希少価値が高くなってきているのです。スパツィアーレの2023のことを考えると、ほくそ笑んでしまいます。
2023年の売却額から2024年度の種付け料を差し引いたら、矛盾が出てくるのは分かっています。たとえば、ビッグアーサーは当時の種付けが100万円でしたから、実際の生産者たちは696万円から100万円を引いた596万円が差額ということになります。ただ、今年の配合を決める場合、種付け料は今年のものがかかってくるわけですから、昨年の平均売却額を参考にしつつ、今年の種付け料を差し引く方が現実に近いはずです。種牡馬の評価は移り変わりやすいものですが、あくまでも数字を使って考察する際には分かりやすい値を用いながら、種牡馬の勢いやその時期の流れというものを加味して考えれば良いということです。
たとえ差額が大きいとしても、種付け料が高額すぎては僕には払えませんし、ハイリスクハイリターンとなってしまいます。手頃な種付け料でありつつ、平均売却額が高い種牡馬が理想的ですね。ミッキーアイルはその筆頭ですが、スパツィアーレとは(ステラマドリッド)牝系が同じで強いインクロスになってしまいますから、もし配合するとすればダートムーアでしょう。ナダルはとても良い選択肢です。血統的にも多様性が生まれ、売却率も高く、種付け料に対しても平均売却額も高い。ダートムーアの第一希望はナダル、スパツィアーレはリアルスティールで決まりですね。
(次回へ続く→)