札幌で雪まつりが開催され、馬産地で種牡馬のパレード(展示会)が行われるようになると、いよいよ種付けシーズンが間近に迫ってきたのを感じ、身が引き締まります。とはいっても、僕は実際に繁殖牝馬を種付けに連れていくわけではなく、配合を決めて慈さんにお願いするだけなのですが、決断を迫られる時期がやってきたということです。今年は社台スタリオンステーションに足を運び、この目でしっかりと種牡馬を見て最終決断をしたかったのですが、前夜からの大雪の影響で、当日の朝、北海道行きを中止せざるを得なくなってしまいました。
実は当日、大狩部牧場の下村社長ことシモジュウと一緒にパレードを見て、その後、インタビューをさせてもらう予定でした。残念ながら電話取材となってしまったのですが、改めて種牡馬の馬体を見ることの大切さを教えてもらいました。当日の社台スタリオンスパレードの様子はYouTube上にアップされていましたので、何もなければこの場にいたのになあと思いながら、まるでその場にいたつもりになってパレードを見ることにしました。その場にいれば感じることのできる、空気感や音、種牡馬たちの大きさや息遣いなどは想像で補うしかありません。
そんなことをしていると、最近の僕にとってのテーマである馬体の薄さにふと考えが及びました。そのきっかけを与えてくれたのはシモジュウです。彼は2023年の日本ダービー馬であるタスティエーラに出資しており、「一口馬主DB」のクラシック馬の馬体を振り返るという記事において、なぜタスティエーラに出資することができたのか、その理由や根拠を問うたことがありました。その際、シモジュウはこう語ったのです。
下村
胸にも深さがあって、胸幅もそこまでないのが良かったです。父のサトノクラウンの馬体も見た上で、正直、父よりも魅力を感じたのも出資の要因です。
─ほぼ同じ見解ですが、胸幅については僕にはなかった視点です。胸幅が厚すぎるのはマッチョすぎてダメということでしょうか?
下村
私の経験上、胸幅が厚い馬はスピードに欠ける印象を受けます。極端な話ですが、胸が厚い馬と薄い馬だと、薄い方が走っているのではないでしょうか。──「2023年に活躍した3歳馬の馬体分析(牡馬編)」(一口馬主DB)より引用
僕が衝撃を受けたのは、胸が厚い馬と薄い馬だと、薄い方が走っているのではないかと彼が言ったことです。馬体構造の基礎知識として、短距離馬は胸(馬体)の幅が厚く、長距離馬は薄いのは常識です。その知識の延長線上に、胸(馬体)の幅が厚い馬はスピードがあり、胸(馬体)の幅が薄い馬はスタミナがあると僕は考えていました。短距離馬=スピードがある=胸(馬体)の幅が厚いという等式です。
ただそんなに簡単なものではなかったのです。たしかに、短距離馬はマッチョな馬が多く、馬体の幅も厚いのですが、胸(馬体)の幅が厚いからスピードが出るというわけではないのです。むしろ胸(馬体)の幅が厚いと力が左右に分散してしまい、前に進む推進力に変わらないと考えることができます。
そういえば、上手健太郎獣医師もこうおっしゃっていました。
そして前から観るべきは、肢と肢の間口(幅)でしょうか。歩いているときに間口が広い馬はガニ股のようになって、スピードが左右に逃げてしまいがちです。間口がギュッと狭く歩けている馬が良いですね。たとえば、ハーツクライ産駒などは間口の狭い産駒の方が圧倒的に走ります。「馬体の幅が広い馬」がダメなのではなく、「歩くときに手肢の間口が広く歩く馬」は、走るときも同じで、スピードが逃げてしまうのです
─間口が狭い歩きの馬が走るという話を聞いて、一本の線の上を走っているようだと武豊騎手が絶賛したベガのことを思い出しました。つまり、左右の肢の幅が広い走りはドタドタしてしまうのに対し、一直線上を走る方が最もパワーとスピードのロスが少ない走り方ということですね。
──「上手獣医師に聞く「募集時のウォーキング動画を見るときのポイントは?」(一口馬主DB)より引用
馬体(胸)の幅が厚い馬でも、走るときに間口が狭く走れたらスピードが逃げないのですが、やはり馬体の構造上、馬体(胸)の幅が厚い馬は間口が広く、馬体(胸)の幅が薄い馬は間口が狭く走ることになりやすいのは明らかです。つまり、馬体(胸)の幅が薄い馬は、効率よくスピードを持続することができると考えるべきなのでしょう。
これまで僕は馬体の大きい馬をつくろうと考えてきましたが、少し考え方を変える必要がありますね。馬体の大きさを追求しすぎて、馬体(胸)の幅も厚くなりすぎると、スピードに欠ける馬をつくってしまうことになるのです。馬体は大きくて、馬体(胸)の幅が薄い馬、つまりはキタサンブラックのような馬体が理想的だということになります。
そんなことを考えながら、社台スタリオンスパレードを見てみると、トップバッターとして登場したイクイノックスは薄めの馬体であることが伝わってきます。スッと立っている姿を見ても、間口の狭さ分かります。このあたりの馬体構造は父キタサンブラック譲りなのでしょう。地の果てまでも伸びていきそうなスピードとその持続力はこの馬体構造ゆえ。キタサンブラックからイクイノックス、そしてその産駒たちへと最強の血がつながっていく馬体的な理由のひとつが垣間見えた気がしました。
イクイノックスの馬体構造が素晴らしいのは分かっても、さすがに種付け料2000万円は手が出ませんので、その他の種牡馬たちで馬体(胸)が薄い馬はいないかと探してみました。社台スタリオンスパレードに登場した種牡馬たちの中で、最も目についたのはホットロッドチャーリーです。昨年導入された種牡馬であり、あまり注目していなかったのが正直なところですが、とてもアメリカのG1戦線で活躍した馬とは思えないほど薄い馬体をしています。体高が166cmですから、背が低いわけではなく、幅がないため大きくは映らない馬体です。マッチョな馬体を誇るアメリカ血統の馬たちの中で、体幹と気持ちの強さ、そして薄い馬体から繰り出されるスピードで良績を挙げたタイプでしょうか。
思い返せば、サンデーサイレンスもアメリカ競馬で走った馬としては馬体が薄い馬でした。母系が貧弱という血統的背景だけではなく、その馬体の薄さが、種牡馬としてはアメリカの競馬に合わないと思われて手放され、日本に来た理由のひとつでした。つまり、ホットロッドチャーリーは第2のサンデーサイレンスになる可能性を秘めているのではないでしょうか。日本の芝に合う、スピードを秘めた馬体構造を有しているのです。
もう1頭、アドマイヤマーズも馬体(胸)の幅が薄いタイプです。父ダイワメジャーはサンデーサイレンス系の種牡馬の中では馬体が厚くてパワータイプでしたが、アドマイヤマーズはその点は全く異なります。自身は朝日杯フューチュリティステークスやNHKマイルC、そして香港マイルを勝ったように、マイラーの印象が強いのですが、馬体構造的には2000mまでは十分に守備範囲だったはずです。産駒にもその馬体の薄さとスピードの持続力が伝われば、父以上の種牡馬になる可能性を秘めていますね。
種牡馬の馬体の薄さについて語ってきましたが、生産者にとって大切なのはその組み合わせというかバランスです。繁殖牝馬がどのような馬体構造なのかによって、配合すべき種牡馬も違ってくるのです。たとえば、僕が所有しているダートムーアはどちらかというと馬体は薄いタイプ。それゆえ自身はスピードがあってエンプレス杯3着を含め、計4勝を挙げましたが、産駒は(特に牝馬に出てしまうと)馬体の薄さゆえのパワー不足で力を発揮できていません。ダートムーアのような馬体の薄い繁殖牝馬には、ナダルのような全体の筋肉量をボリュームアップさせ、馬体の幅を厚くできる種牡馬を配合すると、ダートで無類の強さを発揮する産駒が誕生しそうです。
それに対し、スパツィアーレのような横に大きい、馬体の幅の分厚い馬には、産駒の馬体の幅も厚くなりすぎてスピードに欠けてしまうのを防ぐため、馬体の薄い構造の種牡馬を配合して調整する必要があります。社台スタリオンステーションの種牡馬であれば、前述したホットロッドチャーリーやアドマイヤマーズが適任でしょう。特にホットロッドチャーリーは種付け料も今年150万円と手ごろですし、未知の魅力に溢れています。産駒が走り出してから種付けするよりも、来年(2025)までに配合しておけば、ちょうど良いタイミングで市場に送り出せるはず。その意味では、アドマイヤマーズ産駒は2024年にデビューしますので、配合するなら今のうちということです。
(次回へ続く→)