未勝利戦を勝ち切れなければ引退と単純に考えていたので、格上挑戦することは想定していませんでした。嬉しい誤算ではありますが、そのような方法があるのだと今さら知ったというのが正直なところです。そのとき、ちょうど送られてきたキャロットクラブの会報(10月号)の秋田博章氏の冒頭のあいさつにて、「慎重に見極める」というタイトルでこう記されていました。
未勝利馬に対する判断は、①地方転出からの出戻り、②1勝クラスへの格上挑戦、③ファンドの解散の三択となります。いずれを選択するか見極めるポイントとして、“1勝クラスで勝ち負けできる見込みがあるか”、“預託料などの経費を上回る賞金を獲得できる見込みがあるか”の2つが挙げられ、単に着順に捉われることなく、あらゆるファクターを踏まえて道を選択します。具体的にはレース内容(走破タイム、相手関係やレース振り)、キャリア、心身の健康状態、成長度合い、血統、そしてそれらから推し量られる今後の伸びしろ等々が挙げられます。見込みのあるものについては改めて①か②の選択を行いますが、前者は主にダート適性が見込めるもの、後者は主に芝適性が見込まれるものや1勝クラスでの走りを確認したいもの、となります。
──キャロットクラブ会報(10月号)
ヴァンデスプワールは後者の芝適性が見込まれて、1勝クラスでの走りを確認したいに当てはまり、②の格上挑戦をすることになったという経緯でしょう。2021年10月17日、この日は降雨の影響で馬場が重たくなり、馬体重こそプラス8kgと増やしてきていましたが、小柄なヴァンデスプワールは10番人気と低評価。上のクラスでも通用すると思われているからの格上挑戦なのだけど…と心の中で思いつつ、一般的な評価はそんなものかとかと不安に思えてきます。
ゲートが開き、道中は理想的な運びでしたが、最後の直線は止まってしまい、次々と後ろから来た馬たちに抜かされていきました。結果は7着。初めての大敗に、能力の底が見えてしまったような気がして、暗澹たる思いがしました。もしこのままサラブレッドオークションに出てきても、購入するか迷うほどの大敗。血統的には繫殖牝馬としての価値は十分にありますが、晩成型とはいえど、ダート主体の地方競馬で通用するのか怪しいと思わせる走りぶりだったのです。
レース後、以下の報告がありました。
「時間をいただいたことでようやく良くなってきており、ここで諦めるのはもったいないと思い、今後の可能性を残す選択肢についてクラブと相談させていただいた結果、新たな道を歩むことになったのですが、まずはここまでに結果を残すことができず本当に申し訳なく思っています」(高橋文師)ようやく良くなってきている状況にあることからここで判断するのは惜しいと考え、地方からの再転入(3歳:地方2勝、4歳以上:地方3勝)を目指し、近日中にいったんJRA登録を抹消することになりました」
ヴァンデスプワールも地方からの再転入を目指すそうです。サラブレッドオークションに出てきても購入するか迷うと言いつつも、いざ出てこないとなると、「ブルータス、お前もか!」と議場で刺されたカエサルのように叫びたい気持ちになりました。
結局のところ、僕が見初めて手に入れたいと考えていた2頭ともに、今のところ、サラブレッドオークションに出てくることはありませんでした。ヴァンデスプワールもラフルオリータも地方競馬(園田)で年内に2勝してから、再び中央競馬にチャレンジする道が選ばれたのです。それはこのままで終わる馬ではないと素質が認められたことに他ならないのですが、つまりはそういう馬はサラブレッドオークションに流れてきて、僕が手に入れることはできないことを意味します。なるほど、そういうことねと合点しつつ、そんな当たり前のことに今さら気付いた自分を恥ずかしく思いました。もしかすると自分の彼女になってくれるかもしれないと思っていたけど、実は高嶺の花だったことを思い知らされた学生時代の気分を久しぶりに味わったような気がしてやるせない思いで一杯でした。
走る能力は高いけれど、たまたま勝ち上がれなかった馬がサラブレッドオークションに出てきて購入し、自分の馬として成長させて走らせるなんてことは夢物語に過ぎなかったのです。僕は現実を知りました。セリで買うにしても、サラブレッドオークションで手に入れるにしても、絶対にないということではありませんが、走る馬が弱小馬主に回って来る確率は極めて低いということです。
ここまで試行錯誤してきて、考えが堂々巡りしていただけかもしれませんが、僕の進むべき方向性が少しずつ見えてきました。厩舎を見つけ、馬房を確保するだけでも大変そうで、なおかつセリで走る馬を買えるかどうかはお金と運次第、サラブレッドオークションでも走る馬を手に入れるのは非常に困難と三重苦である以上、それならばいっそのこと自分で馬を生産してしまえば良いのではないか。自分で馬をつくり、そのまま自分で走らせてもいいし、高く売れるのであれば買ってもらい、走らせてもらってもいい。ほしいものが手に入らないのであれば、自分でつくってしまえという発想の転換です。
「ROUNDERS」をつくったときも、自分が読みたい競馬の雑誌がないならば、自分が読みたいものをつくろうと考えてつくったのに似ています。紙の雑誌をつくることは商売としては成り立ちませんが、馬を買う側ではなく売る側にポジショニングするのはビジネス的にも正しいはずです。
そうと決まったならば、繁殖牝馬を手に入れて、預かってもらえる牧場を探すところから始めなければいけません。実は生産牧場も今、預託馬で一杯という現状があり、馬1頭を預かってもらうことすら簡単ではありません。先輩馬主さんたちの中にも僕と同じように考える人たちがいるのは当然で、これまでであれば何らかの形で処分(言い方は悪いのですが他の表現が思いつきませんでした)してしまっていた牝馬を繁殖牝馬として上げて、自ら生産も手掛ける馬主さんたちが増えた結果、牧場にも馬が溢れてしまっているということです。
馬産地の場合は、牧場の面積もそうですが、馬房数や働く人たちの人数という制約があります。一人の人間が世話をできるサラブレッドの数には限界がありますので、どれだけ広大な敷地の牧場を持っていても、馬房がなかったり、スタッフを確保できなければ、限られた馬しか預かれない(所有できない)のです。もちろん、僕の夢のひとつは、碧雲牧場からダービー馬を出したいというものですから、碧雲牧場で預かってもらわなければ話になりません。もし碧雲牧場で預かってもらうことができなければ、僕の馬主計画は行き詰り、八方ふさがりになってしまうのです。
(次回に続く→)