僕は「週刊Gallop」に「超・馬券のヒント」というコラムを連載しています。ヒントになったり、ならなかったりしながら、かれこれ9年間にわたって続けてきました。単なる馬券予想ではなく、競馬の奥深さや物語を伝えられたらいいなと思い、毎週2000文字を書き連ねてきたのです。Gallop編集部から「連載は終わりにします」と言われない限り辞めないとマイル―ルを決めて始めてしまったおかげで、すでに連載は400回を突破してしまいました。ネタがなくなって頭を悩ませることもありますが、今では歯を磨いたり、お風呂に入るのと同じぐらいの習慣になってしまったのだから恐ろしいものです。
日本ダービーの2週間前、記事を書こうと本命馬を選んでいる中、タスティエーラが勝つのではないかという考えが降りてきました。皐月賞は負けて強しでしたし、勝負どころで気を抜いてしまう面さえ出さずに乗ってくれたら、勝つチャンスは十分にあると思いました。プロの予想家やコアな競馬ファンであればあるほど、乗り替わりした馬は日本ダービーでは勝てないという過去のデータや、瞬発力勝負になりやすいダービーの流れにサトノクラウン産駒は対応できないはずという定石を知っているため、タスティエーラは盲点になるのも妙味があると感じました。僕は本命馬を決めてからネタを考えていくことが多く、今回はサラブレッドの耳を見れば気を抜いているかどうか分かるという話を書くことにしました。
具体的な内容は、週刊Gallopのバックナンバーを読んでいただければと思いますが、この連載を書いているとき、ふと、サトノクラウン産駒が日本ダービーを勝つのか! とひとり衝撃を受け、そうなると来年の種付け料も一気に上がってしまうかもしれない!とまで思ったのです。そこから、架空血統表にスパツィアーレの名前を入力し、父名のところにサトノクラウンを入れて見ると、なんと見事なアウトクロスができあがっていました。美しいと感じました。前述したとおり、スパツィアーレはノーザンダンサーの血が極めて薄い、現代の競馬においては珍しい血統構成です。サトノクラウンはノーザンダンサー系の亜流であり、比較的ノーザンダンサーの血が濃いタイプの種牡馬ですから、バランスという意味でもしっくりと来ます。何と言っても、サンデーサイレンスもトニービンの血も持っていない、5世代前までの完全なアウトクロスが成立するのです。
碧雲牧場の慈さんが、「頭が沸騰するぐらいに配合を考えていると、これだ!という馬が急に降ってくる瞬間がありますよ」と言っていましたが、まさにそれでした。今季すでに4回も違う種牡馬に種付けにいって不受胎が続いていて、今さら感は否めないのですが、まだチャンスは残されています。イスラボニータの仔を受胎していればそれは嬉しいことですし、もしまたまたまたまた不受胎であれば、ラストチャンスとしてサトノクラウンを配合できるかもしれません。もしかすると、生産の神さまはサトノクラウンをつけさせるために、これまでずっと受胎させなかったのかとさえ思えてくるから不思議です。
種牡馬としてのサトノクラウンは、手脚が短かったり、胴部が詰まっていたり、ずんぐりむっくりとした産駒が生まれてくるという評判が生産地ではあります。だから、初年度は207頭だった種付け頭数が、2年目には135頭、3年目には93頭、4年目にあたる今年は78頭と絵にかいたような右肩下がりになってしまっているのです。
僕の心は決まりました。もしイスラボニータの仔を受胎していなければ、次はサトノクラウン、それで今年最後にしようと。タイミング的にもこれ以上後倒しになると、来年の種付けも遅れてしまい、その翌年もという形に悪循環してしまいます。今年でなくても、このツケは来年以降に回ってきて、どこかで空胎にしなければならない年は必ず来るはずです。それが今年なのであれば、このまま空胎にして、来年は最も早い時期から動き出せば良いのです。1年間、繁殖牝馬を空胎にしておくのは、経済的にはもったいなくて仕方ありませんが、母体をしっかりと休めてもらって、将来的に良い仔を産んでもらうと考え方を変えれば納得できます。
その後、タスティエーラがほんとうに日本ダービーを勝ったことで、僕の種牡馬選びは確信に変わりました。スパツィアーレにはサトノクラウンがベストである。5世代前までは完全なアウトブリードとなる配合こそ、僕が求めていたもの。そう思い始めると、イスラボニータを受胎しているのかどうかが気になります。受胎していればそれはそれで良いのですが、受胎していなければサトノクラウン一択にしよう。正直に言うと、サトノクラウンをつけたい気持ちが強く、イスラボニータを受胎していなければ良いのにとさえ思ってしまうようになりました。来年、サトノクラウンの種付け料が上がるのは確実であり(おそらく2倍か3倍と言われています)、150万円でつけられる最後のチャンスでもあるからです。
さらに牝系研究家の貴シンジさんから、近親交配(インブリード)は受胎率を下げるという話を聞きました。インブリーディングの弊害としては、遺伝子の多様性が失われることや産駒たちの健康や気性の問題として捉えていましたが、それだけではないようです。そもそも生産にたずさわってみないと、受胎率を気にする必要はないので当然ですね。まさかインブリードは受胎率も下げるとは…。今の僕にとっては喫緊の課題です。
獣医師の堀田茂さんも著書「生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門」にて、近親交配についてこう記し、警告を発しています。
きつい近親交配において、受胎率低下や流産(死産)率上昇、さらには奇形発症率上昇が起こるのは、いまさら説明するまでもないでしょう。よって、サラブレッドのような産業動物におけるきつい近親交配は「収率」「歩留まり」が落ちるという表現がまさしく当てはまるのです。
自己の生産においてそのような現象が発生した場合に、『それは近親交配に起因するものではなかったのだろうか…?』といった視点も持ち合わせている生産者は果たしてどの程度いるのだろうかと思うこともしばしばです。調教師にしても評論家にしても、その眼は競走馬として入厩できた個体ばかりに向きますが、生産者はそうはいかないことを忘れてはなりません。
──生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門より引用
そう言われてみると、これまでつけてきたチュウワウィザードもカレンブラックヒルもサンデーサイレンスのインクロスがあります。もしかするとそれが原因のひとつであるとすれば、イスラボニータはサンデーサイレンスの3×4になりますので受胎しないかもしれません。そういう意味でも、アウトブリードになるサトノクラウンは申し分ない配合です。次こそはサトノクラウンという気持ちが増してきました。
(次回に続く→)