「推しの推し」は半分愛馬! デビューから追いかけてきたゴールスキーがダート転向後7歳で重賞初勝利をあげた思い出。

「推しの推し」は半分愛馬

2003年、東京優駿(ダービー)。
テレビをつけると、競馬番組でMCをしていた俳優の宮川一朗太さんが、とても喜んでいる様子が映し出されました。
宮川さんの一口愛馬・ネオユニヴァースがダービーをとった瞬間でした。私の芸能人の初恋が宮川さんだったこともあり、喜ぶ宮川さんを見て自分まで嬉しくなったのを覚えています。

──月日は流れ、2009年12月阪神。

そのネオユニヴァース産駒のゴールスキーがデビューを迎えます。ネオユニヴァースがダービーを勝った時と同じ、デムーロ騎手を背にしての新馬戦勝利でした。

なぜ、当時の私がゴールスキーに興味を持って出走レースを追うことができたのか?

それは前述した宮川さんのSNSです。ネオユニヴァースと同様、ゴールスキーの一口馬主であった宮川さんが、よく愛馬の出走予定や結果・予想を発信しておられました。

それを目にするたびに「応援馬券を買っておこうかな」とか「勝ったんだ!」とか「惜しかった」とか……私も一緒になって(半分愛馬のような気分で)一喜一憂していたのでした。もちろん私の馬ではないけれど「応援している人」の「応援している馬」は半分愛馬と言えるのではないでしょうか。今風で言うと「推しの推し」といったところでしょう。

勘違いしていた名づけの由来

ゴールスキーは、半兄にゴールドアリュールを持つ黒鹿毛の牡馬。
父・ネオユニヴァース、母・二キーヤという血統を持ちます。

私が初めて「ゴールスキー」という名前を耳にした時「ゴールに向かって一心に走っていく姿」を想像させる良い名前だと思いました。名づけの理由を、勝手に「1番にゴールするのが好き」で「ゴールスキー」だと思っていたのですが、調べてみるとバレエの振付師の名前なのだそう。想像との差に、ちょっとだけガッカリした思い出があります。

新馬戦を勝利したゴールスキーは次の勝利まで少し足踏みしましたが、3歳以上500万下のレースから順調に3連勝。なんとその年のマイルチャンピオンSでも、3着と好走したのです。デビューから応援してきた馬がGⅠレースの3着に入るなんて夢のようでした。

──この感覚、どう表現したら伝わるでしょうか。「我が子」まではいかなくとも、親戚の子どもが甲子園に出て活躍するようなイメージです。

続くGⅡ阪神カップで5着・GⅢ東京新聞杯で3着と、重賞レースで勝ちきれはしないものの好走で「次はどのレースかな?」「1600mのレースに強いからまたあのレースを走ってくれるかな?」など、先へ先へと夢を持たせてくれる存在でした。

2013年6月、ダートへの転向

ゴールスキー陣営は、芝だけではなくダートにも活路を見出そうと画策。ダート初戦は、アハルテケSでした。半兄にゴールドアリュールを持つゴールスキーですからダート適性もあるのだろうと思ってはいましたが、レース前の私は、やはり不安でした。

芝→ダートで成功した馬も過去には沢山いましたし、人間でもスケートの選手が自転車やスケボーの大会に出て夏冬どちらのオリンピックにも出場……という例もあります。ゴールスキーもそのタイプであればいいなと願いつつ、レースの結果をチェック。

……初戦、アハルテケSは9着。素人目には向いているのかどうかもわからない、微妙な着順でした。

しかしその1ヶ月後のジュライSで2着に入ると、阿蘇S・ペルセウスSで連勝。ついに重賞・武蔵野Sに挑戦することになったのです。3歳の頃に芝のGⅠレースで3着に入った時点で相当すごいなと思っていたのですが、年を重ねダートに転向し着々と結果を残していくゴールスキーの姿に、私は再び夢を見始めました。

武蔵野Sでは4着。上り35.7は出走馬16頭の中で一番のタイムでした。

「これは……もしかするともしかするかもしれない!」

そして年が明け7歳になったゴールスキーは、フェブラリーSの前哨戦と位置づけられる重賞・根岸Sに出走することになったのでした。

2014年、運命の根岸ステークス

そして迎えた、根岸S。

当時、テレビの前で一生懸命にゴールスキーを応援していたのですが、私のように「ゴールスキーだけを応援している」立場の人間ですら、3枠6番の赤い帽子を必死に探さないと彼がどこにいるのかわからないような状況でした。不安に感じるくらい目立たぬ場所で力をためる、ゴールスキー。先頭集団のどこにもいない……探そうにも映らない。

ペルセウスSが差しきり勝ちだったため(きっと最後にはやってくれるはず!)という期待はありました。しかしそれでもなかなか画面に映らないゴールスキー。ようやく姿をしっかり確認できたのは、ゴール前200を切ってからでした。

「あ! ゴールスキー出てきた! え!? ここから間に合う?」

一脚ごとにぐんぐん先頭の馬との差を縮め、追いついたかと思ったら更にのびて──。
ゴールスキー7歳にして初めての重賞勝利は、本当に見事な差しきり勝ちでした。

その後ゴールスキーは、フェブラリーS・かしわ記念に立て続けに出走。GⅠで勝つことは叶いませんでしたが芝・ダートGⅠで共に好走。転向後も立派なダート馬として輝き続けたゴールスキーには長くいろんな夢を見させてもらいました。

毎年、この時期になると(ゴールスキーのような転向馬がいないかな?)と、ついつい出馬表をチェックしてしまいます。

さて、次の根岸Sには、どんなドラマが待っているでしょうか。

写真:橋場雪子、ふわ まさあき

あなたにおすすめの記事