馬がいて、人がいて…。横山和生とハイランドピーク

爽やかな札幌の夏空。砂埃の向こうでひときわ大きな歓声が弾けた。

勝者、ハイランドピーク。その背には横山和生。彼は込み上げる思いを噛みしめるように左手を突き上げ、それから愛馬の首筋をそっと撫でた。父・横山典弘という偉大な存在を追い続けてきた青年が、ついにJRA重賞初制覇という勲章を手にした。

多くの競馬ファンにとって「横山」と言えば、まず思い浮かぶのはノリさんこと横山典弘騎手ではないだろうか。大胆さと緻密さを併せ持つ変幻自在の手綱捌きは、ファンを翻弄し、魅了してやまない、数々の名馬と歴史を刻んできた、大スターだ。

その息子として、和生騎手もデビューから注目された。競馬場のおっちゃんたちは、父の面影を重ねながら、時に厳しく、時に優しく、まるで我が子を見守るようにエールを送った。

しかし、名騎手の子だからといって成功が約束されるわけではない。デビュー年はわずか4勝。3年目に一度は39勝まで星を伸ばしたが、その後は年間10勝前後に留まった。勝てなければチャンスは回ってこず、チャンスがなければ勝てない。この循環を打破するのは容易ではなかった。

そんなデビュー7年目、彼は転機となる一頭の青鹿毛馬と出会う。

その名はハイランドピーク。派手さはないが、地道に力をつける血統の馬だった。

ハイランドピークは、横山親子とともにキャリアを歩んだ。

真夏の新潟のデビュー戦の鞍上は父・典弘。芝のスピード決着に沈んだが、2戦目からは和生騎手が手綱を引き継ぎ、年明けの未勝利戦で8馬身差の圧勝を飾る。

以降も親子が交互に手綱を繋ぎ、ハイランドピークは少しずつ磨き上げられていった。スタート、息の入れ方、仕掛けのタイミング――父子の手ほどきで一つずつ積み上げ、4歳春にオープンの舞台に到達した。それは決して華々しい道のりではなかった。だが、その地道な歩みの中で、確かな力を育んだ。

そして夏。ハイランドピークは和生騎手とのコンビで北海道へ転戦する。

緒戦のマリーンステークスは、果敢に逃げ馬を追いかけ、3番手以下を大きく引き離す展開。だが、並走したライバルが3角で力尽き、早々に先頭に押し出された矢先、息を入れる間もなく後続からの熾烈な追い上げを受けた。

並の馬ならば心が折れる過酷な競馬だった。だが彼は最後まで踏ん張り、2着を死守した。

――自分の形に持ち込めば。

敗北の中に確かな希望があった。その光を追い、人馬はエルムステークスへと駒を進めた。

エルムステークスには、秋の飛躍を誓う実力馬が顔を揃えた。重賞常連のミツバ、果敢な逃げ脚が武器のドリームキラリ。さらに重賞連勝中のアンジュデジールの背には、父・典弘騎手の姿があった。ハイランドピークも上位人気の一角。和生騎手に大きなチャンスが訪れていた。

ゲートが開く。和生騎手は迷いなく飛び出し、鋭く加速したドリームキラリの背後で流れに乗る。その直後にアンジュデジール。父・典弘騎手はすぐ後ろで睨みを効かせる。

最初の900メートルは53秒8。淀みの無いハイペースに場内がざわつく。だが和生騎手は動じない。怯まない。この馬なら行けると信じ、強気にスパートを開始する。鞍上の想いを背に、ハイランドピークは力強く砂を蹴る。

直線。必死に抵抗するドリームキラリを振り切り、わずかに前へ出る。直後からアンジュデジールが迫る。だがその差は詰まらない。父の目に成長した人馬の姿が映る。悲願のタイトルへと駆ける、その力強い背中が――。

ゴール板が迫る。歓声が高まる。ハイランドピークの脚は止まらない。

次の瞬間、風を切るように和生騎手の左手が迷いなく突き出された。そのシルエットに、若き日の父の影がかすかに重なった。それは自らの力で切り拓いた、かけがえのない一つ目の勲章だった。

この勝利は、騎手・横山和生の物語の、新たな始まりだった。

2年後には再び年間30勝を挙げ、フェアプレー賞を受賞した。エージェントに頼らず、一頭一頭と向き合うスタイルで、結果と信頼を積み重ねた。「騎手として尊敬できる大先輩」と称する父譲りの冷静な計算と大胆な閃きで、馬の個性を捉え、常識に囚われない手綱捌きでそれを引き出す。そこには横山の血と、独自の矜持が宿っている。

やがて彼はタイトルホルダーと出会い、さらなる高みへと駆け上がっていく。

ハイランドピークは、南関東を含めて23戦を重ね戦い続けた。連覇をめざした翌年のエルムステークスは2着。その翌年は4着。2度目の重賞勝利こそ叶わなかったが、その強力な先行力で度々競馬場を沸かせた。

あの夏、北の大地で刻まれた一歩。それは一人の青年がトップジョッキーとして踏み出した、確かな足跡だった。

父を超えんと、弟に負けじと切磋琢磨しながら、今日も手綱を握り続ける。その先には、まだ見ぬ景色が広がっている。

写真:横山チリ子

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