[シンザン記念]負けたからこそ今がある。敗れた後に大成したシンザン記念の出走馬たち

戦後初の三冠馬となったシンザンを讃える競走として設立されたシンザン記念。伝統の重賞として、これまでに多くの名馬を送り出してきた。

過去の勝ち馬からはジェンティルドンナやアーモンドアイが牝馬三冠を達成。ミッキーアイルやタニノギムレットなどがNHKマイルCや日本ダービーを制して世代の頂点に立つなど、当年の3歳路線で主役となる馬が名を連ねることもある、まさに『登竜門』である。

だが、そんな素質馬が揃う場だからこそ、敗者にものちの活躍馬は多い。今回は、惜しくもシンザン記念の勝利はかなわなかったものの、のちにG1ホースとなった馬を取り上げたい。

ダイタクヤマト(1997年 3番人気7着)

快速馬・ダイタクヘリオスの初年度産駒として産まれたダイタクヤマトは、デビュー4戦目で芝に転向すると2着に8馬身差をつけて初勝利。続くさざんか賞も勝ち、5戦2勝、芝では無敗という成績でシンザン記念に臨み、3番人気の支持を受けていた。

ゲートが開くと、ダイタクヤマトは逃げたエイシンマンダンを見ながら3番手で進め、4コーナーで抜け出しを図ろうとする。だが、中団から一気に進出してきたシーキングザパールに並ぶ間もなく交わされると、そのまま馬群に飲み込まれ見せ場なく後退。勝利したシーキングザパールから2.4秒離された8着に終わり、芝では初の敗戦を喫することとなった。

シーキングザパールはここから4連勝でNHKマイルCを制覇。翌年にモーリスドゲスト賞を制し、日本調教馬として初となる欧州G1を成し遂げるなど、1999年の安田記念で引退するまで短距離路線の主役として活躍を果たした。

そのシーキングザパールが引退した翌年、ダイタクヤマトが覚醒。年明け2戦目のやまびこSで後の短距離王者トロットスターを下してOPクラス初勝利を挙げると、秋には16頭立て16番人気という最低人気でスプリンターズSを制覇し、晴れてG1ホースの仲間入りを果たした。その後も重賞を2勝し、短距離路線の一線級として活躍。スプリンターズSの勝利が決してフロックではないことを証明した。

同レースの単勝配当25,750円は、2025年現在でもレース史上1位、歴代G1競走3位の単勝払い戻し記録となっている。父のダイタクヘリオスは人気のないときに激走し、人気がある時は凡走する「新聞を読む馬」と言われていただけに、血統のなせる不思議な縁を感じずにはいられない走りでもあった。

アグネスワールド(1998年 1番人気2着)

前年のシーキングザパールに続く外国産の快速馬として注目されていたのがアグネスワールド。朝日杯3歳Sの4着から中3週で川崎に遠征して全日本3歳優駿(当時はG2)を勝利し、そこからさらに中3週でシンザン記念に挑んでくるという、当時としても異色のローテでの参戦であった。しかし函館3歳Sをレコードタイムで制したスピードが評価され、1.4倍の断然人気に支持されていた。

ゲートが開くと、大外から逃げたラインウイナーを先に行かせ、アグネスワールドは2番手で構える。だが、鞍上の武豊騎手の抑えに反発し、行きたがる素振りを見せていた。坂の下りで先頭に立ち、4角先頭で押し切り体制に持ち込もうとするが、その後ろの番手でスムーズにレースを進めたダンツシリウスに直線入り口で交わされ、悔しい2着。最後は脚が上がったことも影響してか、1秒近く差がついていた。

さらにレース後には骨折が判明し1年近くの休養を余儀なくされたものの、復帰後は小倉の芝1200mで1分6秒5の日本レコードを樹立。その後フランスのアベイユ・ド・ロンシャン賞、イギリスのジュライCと2カ国でG1を制覇し、名前の通りワールドワイドな活躍を見せた。

同馬を管理した森秀行調教師は、のちにアグネスワールドのスピードを「桁違いのエンジンを持っているが、緩めることを知らない。だから途中でガス欠を起こして止まってしまう」「短ければ短いほどこの馬にはいい」と語っている。このシンザン記念でも常時引っかかり気味だった同馬は、既にその素質の片鱗を見せていたのだろう。

ダイワスカーレット(2007年 1番人気2着)

上位人気の3頭による決着だろうという下馬評だったこの年のシンザン記念。そのなかで1番人気に支持されていたのが、紅一点のダイワスカーレットだった。2番人気のローレルゲレイロは朝日杯FSで2着、3番人気のアドマイヤオーラも中京2歳Sではダイワスカーレットに迫る2着と、それぞれ実績馬。しかしその2頭の牡馬を相手に、ダイワスカーレットは1.9倍という圧倒的な人気を集めた。

レースはエイシンイッキが大逃げを打つ展開となり、ダイワスカーレットは3番手からアドマイヤオーラを意識するような形で進めた。勝負所に差し掛かっても安藤勝己騎手はあえて仕掛けず、アドマイヤオーラが動いてから追い出すという徹底マークぶり。だが、アドマイヤオーラがそれ以上に切れ、瞬く間にダイワスカーレットは突き放されていく。追い込んできたローレルゲレイロには抜かせず2着は死守したものの、ダイワスカーレットはここで初の敗戦を喫することとなった。

ダイワスカーレットは次走のチューリップ賞でも、ウオッカの動きに合わせるかのように仕掛け、併せ馬の末に敗れている。だが、続く桜花賞ではこの連敗により彼女の特徴を掴んだ安藤勝己騎手が、力を最大限に発揮できる『持続力勝負に持ち込む』騎乗をし、相棒をG1初制覇に導いた。シンザン記念の負けがあったからこそ、彼女が後に見せる大活躍につながったのだろう。

オルフェーヴル・マルセリーナ(2011年 3番人気2着・6番人気3着)

今でこそ三冠馬として有名なオルフェーヴルと、ディープインパクト初年度産駒の桜花賞馬としてレース史に名を刻むマルセリーナだが、このレースでは単勝オッズ10倍以上とあくまで中穴クラスの評価だった。1番人気が2.2倍のジェンティルドンナの姉であるドナウブルーで、2番人気のアドマイヤサガスが3.9倍。オルフェーヴルは3番人気とはいえ、前走の京王杯2歳Sの惨敗で評価を落とし10.7倍、デビュー戦を勝ったばかりのマルセリーナもそこまで評価されず、15.6倍の6番人気だった。

スタートもオルフェーヴルは出負けし、マルセリーナも中団寄りの発馬で好スタートとは言い難い。レースは逃げたシゲルソウサイとシャイニーホークが飛ばしたものの、3番手以下はミドルペースで流れており、後方の馬にはやや厳しいと言える展開となった。4コーナーで先団からレッドデイヴィスが抜け出し、中団以降からの競馬となったオルフェーヴルとマルセリーナが猛追するも届かず2,3着。重賞初制覇とはならなかった。

このレースは、1着のレッドデイヴィスから7着のツルマルレオンまでがのちに重賞を制覇。障害レースを含めてG1馬が3頭誕生している競走でもあり、後々になって振り返ると非常にハイレベルなメンバーだったことがわかる。

そんなメンバー、そして後方勢には厳しい流れの中33秒台の脚を使って上位まで追い込んできたのはオルフェーヴル・マルセリーナの2頭だけ。両頭とも既に、世代トップクラスの末脚を持っていることは示していたのである。前が飛ばす展開でも道中は馬群で我慢し、直線で瞬発力を爆発させる競馬を覚えさせるという意味でも、価値のある2,3着だったと言える。この後に両頭が見せた活躍からも、決して無駄な敗戦ではなかったと言える。


今回取り上げた馬以外にも、ファインニードルやモーリスなど、敗れたものの後にG1を制した出世馬は多数いる当レース。勝ち馬にスポットライトが当たるのは当然だが、まだ若い3歳馬の争いのため成長途上の馬も多く、見方を変えれば後の活躍馬を発見できるかも。『登竜門』と呼ばれるこのレースを、いつもとは違った視点で競馬を楽しんでみるのもいいかもしれない。

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