「先んずれば即ち馬を制す」。「一流」の勝負根性を持つスプリント王、ローレルゲレイロ

1.「一流」の血統

その馬の近況を知ったきっかけは『週刊Gallop』2024年2月4日号であった。この号の巻頭トピックニュースは『ロンジンワールドレーシングアワード』の表彰式。勿論、主役は日本馬歴代最高のレーティング135ポンドを獲得し、世界ランク1位となったイクイノックスである。この素晴らしいニュースが巻頭に置かれた号の巻末に掲載された『風のたより 重賞勝ち馬の今』で紹介されていたのが、スプリント王ローレルゲレイロだった。

2009年に高松宮記念とスプリンターズステークスを制したローレルゲレイロは2022年に種牡馬を引退。2023年10月より栃木県にあるブレーヴステイブルにて余生を過ごしているとのこと。他の馬や猫とともに、のんびりと安らいだ生活をしているようだ。

巻頭でイクイノックスが取り上げられた号の巻末でローレルゲレイロの近況を知ったことに、私は運命的な何かを感じざるを得なかった。活躍した時期も戦場も異なる二頭であるが、ある共通点がある。それは2000年の高松宮記念を勝った名馬キングヘイローの血を継ぐことである。

キングヘイローについては以前、ウマフリで記事を書いたことがある(『キングヘイロー - 輝ける「一流」の血統』)ように、父に「欧州最強」と謳われたダンシングブレーヴ、母に米GⅠ7勝馬グッバイヘイローを持つ「一流」の良血馬であった。しかしその高いポテンシャルにも拘わらず、GⅠの舞台では同世代の強力なライバルたちに何度も跳ね返された。6歳となってようやくタイトルを穫ったのが春のスプリント王決定戦・高松宮記念。有力馬を纏めて差し切ってクビ差で勝利し、「一流」の血統を証明した。

私は、競走馬が持つ要素の中で『勝負根性』が最も重要であると考えている。1cmでも、1mmでも他馬に先んじてゴールすることこそが求められるレースの世界。スピードやスタミナが重要なのは言うまでもないが、最後の最後に勝負を決めるのは精神力ではないだろうか。キングヘイローが高松宮記念で最後にクビ差だけ先んじたところにも、勝負根性に優れた「一流」の血を感じるのである。

──ところで、イクイノックスのレースで最も強さを感じさせたのはどのレースだろうか。周囲を驚かせる逃げを打ったドバイシーマクラシック、衝撃のレコードを叩き出した天皇賞(秋)…。色々な答えがあると思うが、私はクビ差で勝った宝塚記念を推したい。大外一気の末脚を決めて有力各馬を完封、快勝かと思っていたところにスルーセブンシーズが追い込んでくる。しかしこの急襲にもイクイノックスは動じなかった。先頭を譲らずクビ差をつけてゴール。わずか"クビ差"、されど"クビ差"。この着差に、イクイノックスが他馬に先んじるための優れた勝負根性を持っていることがあらわれているように思う。宝塚記念にこそ、「不屈の塊」と称されたキングヘイローの「一流」の血を強く感じるのである。

この「一流」の血が持つ勝負根性を私が最も色濃く感じる馬が、ローレルゲレイロである。ローレルゲレイロは高松宮記念を半馬身差、スプリンターズステークスに至ってはハナ差で勝利しており、いかに僅差の勝負に強かったかが分かる。優れた勝負根性を見せつけたローレルゲレイロの5歳シーズンを中心に、その強さを振り返りたい。

2.短距離王座を掴んだ勝負根性

まずはローレルゲレイロの4歳までの主な戦績を振り返ろう。重賞勝ちは東京新聞杯と阪急杯の2つ。しかし、ローレルゲレイロは勝ち鞍よりも『2着の多さ』で名が知られた馬であった。GⅠの朝日杯フューチュリティステークスにNHKマイルカップ、GⅡのスワンステークスなど2着となること実に6回。東京新聞杯に勝つまでは『最強の1勝馬』とも囁かれるほどだった。4歳で引退していれば、もしかすると今頃はナイスネイチャのような名脇役的な存在として語られていたかも知れない。

しかし、5歳を迎えてローレルゲレイロは一躍、主役の座に躍り出る。初戦の東京新聞杯こそ苦手とする不良馬場のために13着と大敗するが、阪急杯で前年スプリンターズSの3着馬ビービーガルダンに迫る2着と好走。そして前年のスプリンターズS覇者スリープレスナイト、母にビリーヴを持つ良血馬ファリダットに続く3番人気に推されて高松宮記念を迎えることになった。7枠13番からスタートし、ハナに立ったローレルゲレイロは、直線に入っても粘りを見せる。スリープレスナイトが迫るもののそこから一伸び。半馬身差をつけてゴールし、スプリント王の座を手に入れた。

スプリント戦の高松宮記念であるから勿論勝ち馬には優れたスピードが求められるが、このレースではローレルゲレイロの勝負根性にこそ勝因があるように思う。特に最後の一伸びは、まるで『この馬に先んじていればこのレースに勝つ』と分かっているかのような力の出し方。父キングヘイローは同じように7枠13番から差し切り勝ちでレースを制している。逃げと差し、戦法こそ異なるものの、最後の最後に他馬を制する精神力に血の繋がりを感じる勝利であった。

しかし、その後は順風満帆にはいかなかった。短距離界統一を目論んで安田記念に挑戦するも15着、休養明けの始動戦となったセントウルステークスも14着と大敗。ハナに立つことが出来なかった安田記念は度外視するとしても、得意の逃げに持ち込みながら直線で後退したセントウルSは状態の悪さを窺わせた。

そんな中で迎えたスプリンターズステークス。秋の始動戦で減っていた馬体重から更に-4kgの460kg。高松宮記念が470kgだから、春より10kgの馬体減となる。これではファンも本命とはしづらい。前年の覇者スリープレスナイトが戦線離脱する中でもローレルゲレイロは単勝オッズ13.8倍の6番人気に甘んじていた。

ところが、この馬の強さは馬体重で測れるものではなかった。好スタートからハナを切り、前半32秒9のハイペースで進むと、迎えた直線でも失速することなく逃げ切りを図った。好位追走していたビービーガルダンが競り合ってくるが、抜かせない。同時にゴールした二頭の決着は写真判定に持ち込まれ、結果はハナ差。ここでも『最後の最後に少しでも先んじていれば勝ちである』とローレルゲレイロ分かっていたような粘りを見せた。状態が整わなくてもそれを凌駕する精神力があれば勝負が出来るのだ。私が『競走馬には勝負根性こそが大切な要素だ』と思う根拠の一つになっているレースである。

3.戦士に安らぎを

春秋スプリント連覇はフラワーパーク・トロットスターという偉大な先達に続く3頭目の記録で、父キングヘイローが届かなかった最優秀短距離馬のタイトルをも掴んで見せた。翌2010年はダートのフェブラリーステークスやオールウェザーのドバイゴールデンシャヒーンなど新たな戦場にも挑み、この年で引退。最後の年まで勝負を続けた現役生活であった。

ローレルゲレイロは、種牡馬として全日本2歳優駿の2着馬アイオライトや西日本ダービー馬アルネゴーなどを輩出。ただ、イクイノックスを始めとした母父キングヘイローの名馬が数多く生まれ、父キングヘイローの産駒が21年連続JRA特別戦勝ちを続けて船橋の雄ギガキングなども活躍する現状に比べると、少し寂しい成績とも言える。この馬は真剣勝負で相手と直接ぶつかるレースの舞台でこそ、本領を発揮したのかも知れない。

馬名の『ゲレイロ』はポルトガル語で『戦士』を意味する。優れた勝負根性を持つこの馬に相応しい名前であるが、余生を過ごす『ブレーヴステイブル』の『ブレーヴ』は英語で『勇士』の意であり、これもまた運命であろうと感じる。

老戦士の余生が幸せなものであることを願って、筆を擱きたい。

写真:ふわまさあき、かず

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