2019年12月21日。
ある牝馬の引退式が、冬空の阪神競馬場で行われた。
G1一勝馬としては異例の引退式。
その主役の名は、レッツゴードンキだった。
今回は、多くのファンに愛され、大輪の花を咲かせた彼女の半生を改めて振り返ってみようと思う。
レッツゴードンキは2012年4月6日に、北海道の平取町にある清水牧場にて生を受けた。清水牧場は1970年に設立された牧場で、1991・92年のマイルチャンピオンシップ連覇を果たしたダイタクヘリオスなどの活躍馬を輩出している牧場としても知られる。
父は2010・11年のリーディングサイアーで"大王"こと、キングカメハメハ。母は現役時代OPに上がることができなかったものの5勝を挙げているマルトク。母の父は1997年の最優秀四歳以上牡馬(馬齢は現年齢表記)に選出されたマーべラスサンデーという血統である。
彼女の幼少期について、清水牧場の吉田良平場長はこのように語っている。
「生まれてから1歳の秋まで牧場にいましたが、けがや病気などはなく元気に過ごしていました。少し頑固なところもありましたが、賢い馬でした。清水社長がいつもいい馬、きれいな馬だと褒めていたことを思い出しました」
引用:「競馬のふるさと案内所 重賞ウィナーレポート 2015年4月12日桜花賞 G1」(最終閲覧日2021年3月19日)
栗東トレセンの梅田智之厩舎に入厩した彼女は、2014年8月24日の新馬戦でデビューを迎える。
先のインタビュー内容にもあったように、非常いかわいらしい馬といった様子を受けるが、レースとなるとスタートから前目につけ、直線で逃げていたイッテツを差しきり勝ち。2着ステイハッピーに3馬身つける、強い走りを見せつけた。
見方によれば、スローペースで流れた、ありふれた新馬戦だったのかもしれない。
だが、好位につけて、鮮やかに先頭に躍り出るその姿に、感動を覚えた。
「ここからのレースが楽しみだなぁ」
そう思わせる魅力が、彼女の走りにはあったのだ。
その後挑んだアルテミスSでは1番人気に推されるも、スタートで若干の後手を踏み、後方から仕掛けることになってしまう。そうした展開が響いたのか、上り3ハロン33.6秒という猛然とした追い込みを見せるも、勝ち馬にハナ差届かず2着という結果に終わる。
このアルテミスSで1着だった馬こそ、彼女とともに牝馬クラシックの前半戦を盛り上げることとなったココロノアイだ。彼女の父は、言わずとしれた「黄金旅程」ステイゴールド。母の父はデインヒル。母方の血統をさかのぼっていけば1987年の牝馬2冠馬マックスビューティーにたどり着く。こちらも、不思議な魅力と人気を誇る牝馬であった。
レッツゴードンキの次走は、2歳女王決定戦である阪神ジュベナイルフィリーズに決定。ココロノアイ陣営も、このレースに出走を表明する。
レースが始まると、後方待機で進めたレッツゴードンキは、直線でココロノアイをかわして先頭に立つ。
「このままG1タイトル奪取か!?」と思い切や、ゴール手前で大外からショウアンアンデラにかわされてしまい、2着に敗れた。レース後、ココロノアイが逸走してしまう一幕もあるなど、今となって思えば、世代に波乱の予感を漂わせるレースだったのかもしれない。
迎えた、3歳シーズン。
レッツゴードンキは、桜花賞へのステップレースのひとつ、チューリップ賞からの始動となった。このレースから、のちに主戦騎手となる岩田康誠騎手へと乗りかわりとなる。スタートがきられ、向こう正面を駿馬たちが駆け抜けていくさなか、私は自分の目を疑った。
なんと、レッツゴードンキがハナへと立ったのだ。
デビュー戦こそ先行策をとっていたものの、その後のレースでは彼女は後方策をとっていた。
桜花賞を前に、戦法の変更。吉と出るか──。ファンとして、息を飲んで見守った。
4コーナーを先頭で回ってきた彼女を見たときに感じた「一体大丈夫だろうか……」といった不安は、的中する。ある馬が、鋭い脚で彼女をとらえにかかったのだ。
──そう、ココロノアイである。
「やられたらやり返す!」とでも聞こえてきそうな雰囲気を漂わせながら、彼女たちはたたき合いにもつれ込む。しかし、逃げる形となってしまっていたレッツゴードンキに、後方から突っ込んできた彼女とやりあえる体力は残っていなかった。
ココロノアイに競り負けた彼女を、雨が降り重くなっている馬場の中、最後方から上がり35.7秒の末脚で突っ込んできたアンドリエッテがかわしていく。レッツゴードンキの桜花賞前哨戦は、3着という形で終わった。
この時の彼女を、元ジョッキーで、自身もオースミハルカやブエナビスタでチューリップ賞を制している安藤勝己氏はインタビューの中でこのように評している。
「(前略)実際、チューリップ賞では、この馬は押し出されるような形で前に行かざるを得なくなって、その分、最後はココロノアイに差されてしまった。むしろ、自分の競馬ができずに3着に粘ったのだから、改めて力のある所を見せた、というべき。やはりこの馬もG1(阪神JF)2着はダテじゃなかったということだね。課題は、そのチューリップ賞の敗因となった”行きたがる面”をどれだけ抑えられるか。その問題が解消されていれば、桜花賞ではココロノアイに先着できるかもしれないね」
引用:構成 新山藍朗 撮影 村田利之 「【競馬】安藤勝己が選定『2015年3歳牝馬クラシック番付』」 web Sportive 2015年4月7日 (最終閲覧日2021年3月19日)
そして、チューリップ賞より一月後、ついにこの舞台がやってきた。
クラシックの開幕を告げる、阪神芝の外回り1600m戦。
第七十五回桜花賞だ。
一番人気は、マンハッタンカフェを父に持ち、きさらぎ賞を制覇した3戦無敗のルージュバック。二番人気はチューリップ賞を制したココロノアイ。三番人気にはフィリーズレビューを制したクイーンズリングが選ばれた。
レッツゴードンキは、ここまでの結果が影響したのか5番人気。4番人気以下になるのは、札幌2歳Sの時以来のことだった。
だが、この人気が彼女をのびのびと走らせることができたのかもしれない。
咲き誇る桜の中、ゲートが開くと、ムーンエクスプレスなど内枠の馬が前へ行こうとするが、レッツゴードンキは外からスッとハナを主張した。
3コーナーを回り、ココロノアイやローデッドなどがポジションを上げる。しかし後続に1馬身差をつけて、彼女は京都の坂を駆け降りた。
いの一番に直線に飛び込んだ彼女は、そこからさらに加速する。
1馬身半、2馬身と、後続との差は広がっていった。
その後ろでは、アンドリエッテ、クルミナルやコンテッサトゥーレなど、後方から末脚を伸ばしてくる馬たちが激しい2・3着争いを繰り広げている。
だが、彼女には……レッツゴードンキには、届かない。
勝ちタイムは、1:36:00。
レッツゴードンキは、阪神外回り1600mを力強く逃げ切った。
1985年のエルプス以来、実に30年ぶりの"桜花賞逃げ切り勝ち"であった。
このレース後、2017年の京都牝馬Sを制して以来、7歳まで現役を続けたレッツゴードンキは勝利に手が届くことはなかった。しかし、何度も何度もあきらめずに走るその姿に、ファンは惹かれていったのであろう。
引退式後、レッツゴードンキは英国にわたり、繁殖牝馬として生活している。
2021年2月19日には、初仔となる父Galileoの牝馬を出産した。
一人のファンとして、彼女の子供や孫たちがターフを賑わす日を、今からとても楽しみに思う。
【参考文献】
競馬のふるさと案内所 重賞ウィナーレポート 2015年4月12日桜花賞 G1(最終閲覧日2021年3月19日)
【競馬】安藤勝己が選定『2015年3歳牝馬クラシック番付』 web Sportive 2015年4月7日 (最終閲覧日2021年3月19日)
写真:そら、Horse Memorys