![[日経賞]明暗分かつ2頭の菊花賞馬。2023年、雨の日経賞を振り返る](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2025/03/IMG_20230326_044032_241.jpg)
長い中山の地下道を抜けると雨降りだった。雨粒が空を覆う。レインコートを鞄から出した。
川端康成氏の「雪国」の冒頭をもじったこのナイスな文は、間違っても友人に「なんか書き出しでかっけー感じにできねぇかなー」と相談して編み出したものではなく、私が考えたものだ。私が考えた私独自の私なりのリスペクトを込めたナイスな文だ。すごいだろう。
雪国では作品を読み終えた後には、あの一文が作品を簡潔かつ的確に表現されており、それゆえに名文と言われている。
今回取り上げる2023年の日経賞。2頭の菊花賞馬の明暗を分けたのはまさしく「雨」であった。
高松宮記念を翌日に控える3月終盤、日経賞は行われる。
中山競馬場、距離は2500m。有馬記念と同舞台であるが、距離延長で挑む馬が多い有馬記念とはやや異なり、このレースに関しては春の盾を狙う長距離路線のトップホースたちが集う。勝ち馬には天皇賞(春)の優先出走権が与えられる一戦だ。
その日経賞だが、前の週には長距離路線の前哨戦として対をなす阪神大賞典が行われる。過去にはナリタブライアン対マヤノトップガンの壮絶な叩き合いや、世紀の大逸走をしながらも馬券内に食い込んだオルフェーヴルなど、印象的なレースが多い。知名度としてはこちらの方が高いのではないだろうか。
しかし2023年は少々趣が異なっていた。日経賞では22世代・21世代の菊花賞馬2頭の直接対決が実現したのだ。この対決に、競馬ファンは大いに湧いた。
前年の菊花賞馬。同期の活躍に溢れる期待
まず1頭目は、前年である2022年菊花賞馬のアスクビクターモア。何を隠そう近年の芝中距離路線における最強世代との呼び声も高い、イクイノックス・ドウデュースの世代だ。
弥生賞ではドウデュースにクビ差での勝利。皐月賞は5着に敗れるも、ダービーではお手本のような粘り腰で3着を確保。このダービーを見て「今年の菊はアスクビクターモアだ!」と思ったファンも多いだろう。それほどに強い内容の3着だった。
秋初戦となったセントライト記念ではガイアフォースとの叩き合いに敗れアタマ差2着。次走のクラシック最終戦・菊花賞では早めの抜け出しからの得意の粘り腰でボルドグフーシュの追撃をハナ差で凌ぎきったアスクビクターモアは、見事に勝利を収めただけでなく、同時に阪神芝3000mコースレコードを21年ぶりに塗り替えた。ダービーの日、多くのファンが描いた景色が現実のものとなった瞬間だった。
明け4歳の初戦は日経賞。これまで古馬戦の経験はないものの、同期のイクイノックスが見せた衝撃的な秋2戦の勝利から世代に対する期待感も高まっていた。
もう1頭の菊花賞馬
もう一頭の菊花賞馬は"仁川の帝王"ことタイトルホルダー。シャフリヤールやエフフォーリアの同期であり、2022年の4歳以上最優秀牡馬にもなったトップホースだ。
明け5歳となったタイトルホルダーは、前年の天皇賞(春)・宝塚記念の勝利後、秋は凱旋門賞に挑戦。斤量や馬場、凱旋門賞においては一般的に不利と言われる逃げを果敢に打ち、日本馬最先着ながらも直前の雨に苦しみ11着に敗れる。続く有馬記念も海外遠征の疲れからか9着に敗れていた。
前哨戦・始動戦ではあるものの、昨秋の歯がゆさから23年初戦となった日経賞はタイトルホルダーにとっても重要なものであったはずだ。
同時に、明け5歳となるタイトルホルダーには2021年に急逝したドゥラメンテの後継候補としての期待も出てきていた時期だった。無理はもちろんさせられないが、不甲斐ないレースをするわけにもいかない。外から見ていた僕でさえ、こういう状況は難しいんだろうなぁと思っていた。

両雄並び立たず
朝から降る雨の影響が強く、この日の中山競馬場の馬場は不良の発表。実際には9レースか10Rくらいまでは小雨がぱらついていた。メインレース時には雨が上がっていたが馬場の回復は見込めず、見るからに泥んこ馬場といった様子だった。
1番人気はアスクビクターモアで2.3倍、2番人気タイトルホルダーは2.4倍、3番人気はライラックで5.9倍。道悪巧者としてタイトルホルダー以上の期待をされたライラックが上位2頭に迫らんとする構図ではあったが、4番人気以降は2桁オッズで3番人気は倍のオッズ。菊花賞馬2頭による2強対決という大方の予想がそのままオッズに反映されていたレースだった。
レースに関しては、結論から言えばタイトルホルダーの圧勝だった。
ゲートが開く前に突進してしまい、スタートで二の足を踏んでしまったアスクビクターモアは道中後方。4角抜けて直線で伸びるも馬場に脚を取られまさかの9着。レース後に鞍上は「初の道悪に戸惑っていて、手ごたえも良くなかった」とコメントしている。
1番人気に支持されながらも、早い段階で不安視されていた道悪への適性が出たレースだった。
一方のタイトルホルダーは初角を迎える前にハナを確保。道中もハナを譲ることはなく、抜群の手ごたえで誰よりも早く4角を抜ける。直線に入っても後続をグングン突き放し、役者が違うと言わんばかりの8馬身差で圧勝。
皆が見たかった逃げの圧勝。強いタイトルホルダーが帰ってきた──そんな勝利だった。
古くは92年天皇賞(春)のメジロマックイーン対トウカイテイオー、この年の秋に行われた23年天皇賞(秋)のイクイノックス対ドウデュース。競馬には「2強対決は両雄並び立たず」という格言がある。
2023年日経賞も歴史には抗えなかった。2強対決は両雄並び立たず。明暗がくっきり分かれたレースだった。
2頭のその後…
タイトルホルダーは次走の天皇賞(春)を競走中止。レース後に右前肢跛行と診断され、春は全休となったものの、約5か月の長期休養明けの秋初戦オールカマーを2着と好走する。続くジャパンカップは5着と掲示板を確保し、引退レースとなる有馬記念へと向かった。
6番人気となった有馬記念で、タイトルホルダーは3着。鞍上は菊花賞以降の11レース全てに騎乗した横山和生騎手、日経賞と同じ黒帽だ。道中は先頭、指定席。これぞタイトルホルダーという地面に突き刺す力強い足運びの逃げだった。鬣を美しくなびかせて、俺を見ろと言わんばかりの華やかな逃げだった。
種牡馬入りもすでに発表されており、レース後には引退式も行われた。横山和生騎手の「勝ちたかった!」という言葉が印象的だった。負けても、強さは見せつけた。歓声が雨の様に降り注ぐ、大団円ともいえる引退レースだったように思う。
2023年日経賞に出走したもう1頭の菊花賞馬アスクビクターモアは、続く次走天皇賞(春)・宝塚記念は共に2桁着順に敗れたのち、秋へ向け休養を取るべく放牧に出るも熱中症を発症。知っている方も多数おられるだろうが、休養中の放牧先でこの世を去った。
2023年の夏は好天が続き雨が少なく、1898年以降もっとも平均気温が高い観測史上1位の猛暑の年でもあり、あまりに不運で対処が難しい、残念な出来事だったと言えるだろう。これからに期待されていた馬であっただけに、多くの競馬ファンに衝撃を与えるニュースだった。

あなたにとっての菊花賞馬は?
日経賞には多くの菊花賞馬が出走している。そこで聞きたい。
あなたにとっての「菊花賞馬」とは一体どの馬だろうか。
無類の強さで近代日本競馬の結晶と言われたディープインパクトか。
破天荒の名をほしいままにしたゴールドシップか。
天才・武豊を天才たらしめた馬、スーパークリークか。
日本競馬史上、最も凱旋門賞制覇に近づいた金色の暴君オルフェーヴルか。
それこそ千差万別。菊花賞馬の分だけ答えがあるだろう。
僕にとっての菊花賞馬はアスクビクターモアだ。
もちろんタイトルホルダーは好きだ。嫌いなとこなんて人気でオッズが低くなるところくらいだ。
だが、僕にとっての菊花賞馬はアスクビクターモアだ。
飄々としていながらも根性に溢れ、最後の直線はどう考えても歯を食いしばって見える、しぶとく粘り強い走りが好きだった…。