白い"奇跡の馬"が復活した日 - 2009年クイーン賞・ユキチャン

年の終わりを感じさせる冬。

我々競馬民にとっては有馬記念が見えてくると年の終わりを感じ始め、東京大賞典が始まる頃にはいよいよ差し迫った年の瀬を迎えた気持ちになりつつ、その年のラストは東京2歳優駿牝馬で迎える……という人も多いのではないだろうか。

そんな12月、中央競馬の開幕G1はチャンピオンズCというダート王座決定戦で幕を開ける。

そしてダートグレード競走が目白押しとなる地方競馬は、船橋のクイーン賞にて、その激戦の火ぶたが切られる。

過去の優勝馬にはファストフレンドやプリエミネンスにレマーズガールなど、中央が誇る砂の女傑が多数並ぶ。一方で、マキバサイレントやクラーベセクレタなど、地方の意地を見せた牝馬も数多い。

そして話題の白毛一族の、その礎を築いたとも言える牝馬もいた。

2009年のクイーン賞に、話は遡る。

若きアイドルホース、誕生

2008年、春。

3歳牝馬クラシック路線は、ある1頭の馬が注目を集めていた。

2歳女王トールポピーはもちろん、桜花賞を制したレジネッタや同レースで波乱の立役者となったエフティマイアなど、実績馬に注目が集まるのは例年通りとも言える。

しかしこの年は、きわめて目立つ異色の存在と言っていい牝馬がいた。

その馬の名は、ユキチャン。母シラユキヒメ、父クロフネの3歳牝馬が、3月のミモザ賞でオープン入りを果たし、オークスを目指してフローラSに挑んでいたのである。

今でこそ純白の女王ソダシを筆頭に、レパードSを制した後も順当に古馬ダート戦線で奮闘を続けるハヤヤッコや期待の新星ハイアムズビーチ、白毛ではないが彼女の孫にあたるメイケイエールなどが「白毛一族」の血脈を順当に広げているとはいえ、当時はまだまだ目新しい存在だったのは間違いない。「白毛」という馬自体、多くの人が漫画でしか触れていないほどに、競馬場で走るのが珍しい毛色だった。

そんな周囲の注目を集めて走り出したユキチャンは、吉田隼人騎手を背に迎えたフローラSこそ7着に終わるものの、次走に選んだ関東オークスでは武豊騎手と共に2着プロヴィナージュに8馬身差の圧勝劇で白毛初の重賞制覇を成し遂げる。

このレースの売り上げは4億円を突破。ユキチャン専用単勝窓口まで作られたことからも、当時の人気の高さが窺えるだろう。

そんな実力も人気も兼ね備えたユキチャンだったが、次走のジャパンダートダービーを蕁麻疹で除外となると、芝に戻したクイーンSは9着(それでも2万人を超す来場者)、シリウスSも9着。念願の芝の大一番秋華賞では、関東オークスで下したプロヴィナージュが3着に入り大波乱を演出する傍ら、直線で失速して17着の大敗……。

クイーン賞2着を経て古馬になった後も、TCK女王盃2着、エンプレス杯6着。続くマリーンCでも6着と、勝ちきれずにいた。

そうこうしているうちに獲得賞金が半減され、地方交流重賞の中央馬招待枠から漏れてしまうことが多くなってしまう事態に陥る。

そんなもどかしさから解放されるため、9月、彼女は美浦の後藤由之師から、川崎の山崎尋美師の下へ転厩。鞍上に今野忠成騎手を迎えた転厩初戦のTCKディスタフはただ1頭の58キロの斤量が応えたか3着に敗れるが、今野騎手は恐らく確かな手ごたえをつかんでいただろう。

牝馬相手の同斤量なら話は別だ……と。

そして12月初旬。船橋競馬場に、白きアイドルホースが訪れた。

アイドルホースが見せた勝負根性

船橋競馬場といえば、春のダートマイル王者を決める交流競走・かしわ記念が行われる地としても知られる。

そんな場所に、年の瀬を迎えた砂の女傑が集結。

ユキチャンは、3度目の対決となるヤマトマリオンを抑えて1番人気に推されていた。

前走のTCKディスタフは移籍初戦の環境変化、斤量の重さなど様々なマイナス要素も加わっての敗戦と見た人が多かったこと、そして未だ続く人気の高さが、彼女を1番人気に押し上げていた。

続く2番人気。2度の波乱演出で競馬場を沸かせたヤマトマリオン。

フローラS勝利後は低迷し、完全に終わったと見られていながら久々のダート戦で復活した東海S以降、立派にダート牝馬路線の主役として奮闘する彼女はここまで既に重賞4勝。ユキチャンには2度相まみえ2度とも競り合いで勝利していた。3度目の今回も『2度あることは3度ある』と、期待の声もあがっていた。

以下、テイエムオペラオーを父に持つ船橋のテイエムヨカドー、京都牝馬S馬のチェレブリタ、ベルモントプロテアと続き、ここまでが単勝オッズ1ケタ台。その中でもユキチャンとヤマトマリオンが抜け出し、まさに"2強対決"とも呼べる構図だった。

初冬の船橋、ダートグレード競走のファンファーレが鳴り響き、クイーン賞の幕が開く。

ユキチャンはこれまで同様、先団から競馬を進める。その前にテイエムヨカドー、後ろにヤマトマリオンを置いて、虎視眈々とマイペースでレースを進めていた。

小回りで直線の短い船橋らしく、向こう正面で早くもレースは動き始める。

中団に構えていたヤマトマリオンとチェレブリタが進出を内外離れた場所から開始すると、レースのピッチは途端に上がりはじめ、ハナを切っていたシスターエレキングへユキチャンとテイエムヨカドーも一気に並びかけていった。

後方にいた"鉄の女"トウホクビジンと中央のサンレイジャスパーも仕掛けを開始。気づけば、やや縦長だった馬群は、先頭から最後方まで10馬身圏内くらいまで固まり始めていた。

4コーナー手前、前に出たテイエムヨカドーの外にユキチャン。更に外から幸英明騎手とヤマトマリオン。人気3頭が先団に取り付いてそのまま迎えた船橋の直線、一歩先に飛び出したテイエムヨカドーとユキチャンは、そのままデッドヒートを繰り広げ始めた。

1馬身から2馬身、若干遅れを取ったヤマトマリオン以下も脚を伸ばし始めるが、抜け出した2頭ははるか先で鼻面を合わせて競っている。

この瞬間、後方の馬達に出番はなくなった。

残り200m手前でも、両頭の激しい追い比べは続く。今野騎手の叱咤激励に応えるかのように、ユキチャンはその脚を伸ばし続けた。

内から食い下がり、一歩も引かないテイエムヨカドーと森泰斗騎手。テイエムヨカドーが勝てば、父テイエムオペラオーは平地グレード競走初制覇である。こちらも負けられない。

しかし、「競りかけるとユキチャンはしぶとい」とかつてヤマトマリオンの幸騎手が見抜いていたように、ユキチャンの勝負根性は本物だった。

200mを切ったところで、再度ユキチャンが伸び始めた。半馬身、突き放す。

それでもテイエムヨカドーも譲らない。かつて当馬も条件戦とはいえ中央の1000万下で勝利を挙げている彼女。条件戦で揉みに揉まれたその根性は、ユキチャンにもひけを取らない。一度は突き放されそうになったものの、再度内から差し返さんと気概を見せる。

ひときわ目を引く白き馬体と、内で食い下がる鹿毛の馬体。

両者一歩も譲らず短い船橋で繰り広げられる。

残り50m。ユキチャンが抜け出した。

白い馬体が躍動し、何度アタックされようとも耐え切った。その勝負根性に、ここまで抵抗したテイエムヨカドーにも、再び迫る脚は残っていなかった。

そして、砂に映える白い馬体は、そのまま先頭でゴール板を駆け抜けた。

勝利の瞬間、今野騎手は右手をスタンドに突き上げた。

1年6か月ぶりの勝利の美酒は、アイドルホースを女王に変える鮮やかな完勝劇だった。

そして広がる、白き血脈の系譜

年明けのTCK女王盃も制し、同レース6年ぶりの地方勢勝利の宴をあげたユキチャンだったが、感冒でマリーンCを回避した後は勝利を挙げられず、川崎マイラーズ9着を最後に引退。その白き血脈を継ぐべく、第二の馬生に入った。

繁殖入り後の実績は言わずもがな、2番仔シロインジャーが母として重賞馬メイケイエールを輩出、ハイアムズビーチも東京でデビュー勝ちをあげている。

更にユキチャンの半妹であるブチコが、白毛馬として初のG1制覇・クラシック制覇を成し遂げたソダシを出すなど、その血脈は順調に広がりを見せている。

今では、白毛馬が走ることも珍しいことではなくなった。

そんな礎を築いたユキチャンが、復活の勝利を遂げたクイーン賞。冬の寒さに耐えて集まった、飛躍を誓う女傑たちを応援したいと思う。

写真:Horse Memorys

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