[連載・クワイトファインプロジェクト]第35回 トリスタンダクーニャ島のこと

読者の皆様への前置きとなりますが、今回のコラムは、今までとかなりテイストが違います。本来は、医学や遺伝学の専門家に判断をゆだねるべき内容になるでしょう。できる限り個人の推測を排し、公式ウェブサイトや報道された内容等をベースに論旨を展開していきたいと思っておりますが、本コラムの内容につきましては、あくまで私個人の見解であることを前提に読み進めていただければ幸いです。


南大西洋に、英国の海外領土であるトリスタンダクーニャ諸島という場所があります。唯一の有人島であるトリスタンダクーニャ島といくつかの無人島で形成されているそうですが、注目すべきはその位置。5大陸にある陸地の都市で最も近いのが南アフリカ共和国のケープタウンで2,805㎞、同じ行政区域のセントヘレナ島からも2,429㎞離れている、まさに絶海の離島というべき場所であり、「世界一孤立した有人島」としてギネスブックにも記載されているほどの場所なのです。

同島の公式ウェブサイトの翻訳には以下の記載もあります。

空港はなく、年間(月ではなく年)10数便の民間船でしか渡ることはできません。ホテルはなく、観光で訪れる場合はホームステイかゲストハウス利用が利用できます。また、島の最大の産業はロブスターであり、工場で加工・冷凍され島外に出荷されています。

そのトリスタンダクーニャの人口は236人。なんと、9つの苗字毎の人数も公開されております。

──さて、競馬のコラムでなぜ私は南大西洋の離島の話題を出したのでしょうか。そのきっかけは、過去にこの島がある医学的な理由で注目を集めたことにあります。

英国BBCのウェブサイトにある2008年12月9日の記事によりますと、この島では、当時の人口の約半数(おおよそ130人)が喘息を患っていたそうです。

絶海の孤島で、(ロブスター工場以外に)大きな工場もなく、空気は極めて綺麗なはずの場所です。なぜ、そのような状況に至ったのか。ここは原文を引用します。

With only seven surname amongst the entire island, the population has a very homogenous gene pool.

Google翻訳では、下記の通りに訳されました。

島全体に姓は7つしかないため、人口は非常に均質な遺伝子プールを持っています。

当時、医師や管理者等の駐在員とみられる2つの姓の5名を除くと、1800年代に来島した最初の入植者の子孫であるグラス・グリーン・ハーガン・ラヴァレッロ・レペット・ロジャース・スウェインの7つの姓が、現在も生活しているとのことでした。

改めてになりますが、そこは大陸から離れた絶海の孤島です。いくら自然豊かな場所とは言え、外部から定住して島民と結婚し子孫を残すというのは、一般的な土地と比べれば限りなくハードルが高いでしょう。その結果、最初の入植者(Wikipediaによると男性8人、女性7人とのこと)からの子孫が、代々、この島で生活していたというわけです。かなり稀有な状況下であったことは、間違いありません。

……この事例から何を受け取るかは、読者の皆様にゆだねたいと思います。

ここまで、公式ウェブサイトおよびBBCのニュース記事から書き進めてきました。これ以上書き進めると、医学や遺伝学の専門家ではない私の憶測が入ってしまいますので、トリスタンダクーニャ島に関する記述はいったんここで止めます。同島の公式ウェブサイトやWikipediaの記事もありますし、この島を採りあげたYouTube動画も多く公開されています。BBCの記事もWikipediaで参照されており閲覧可能です。ご興味ある方はご覧いただければと思います。このコラムであえて避けてきたワードも、普通に使われています。

ここからは、一般常識として書きたいと思いますが、生物としての種の保存を考えたとき、遺伝子の選択肢が極端に狭まり、かつ濃くなることが決してプラスでないことは、トリスタンダクーニャ島の例を出すまでもなく、そこに議論の余地はないと思います。

しかし、サラブレッドの歴史のたった10分の1の期間であるここ30年の間に急速に進んだ事象があります。それは、ノーザンダンサーという1961年生まれのたった1頭の馬の父系血統がヨーロッパで今後生産される多くの馬たちの血統の「8分の6以上」を占める現実です。このままいけば、いずれは「8分の8」となることも珍しくはなくなるでしょう。それ以外の血統も、ナスルーラ・ヘイルトゥリーズン・ネイティブダンサーの一部を除けば急速に淘汰されています。

そしてその状況は、国際血統書委員会が警鐘を鳴らしているにもかかわらずそれを止めることは出来ず、むしろ加速の一途を突き進んでいます。強い馬、速い馬を求める人間の欲望は、さらに血統を厳選していくことでしょう。

 残念ながら、人間の「英知の集積」は、資本主義経済下における人間の「むき出しの欲望の集積」には到底勝てないのかも知れません。

 それでも、このプロジェクトが、競馬関係者(ファンも含む)の母集団から見れば圧倒的少数とはいえども多くの方々に継続的に支持をいただき、4年もの歳月を耐え抜いてきたことは、人間の英知もまだまだ捨てたものではないのかな、と思います。

先週からプロジェクトではクワイトファイングッズの物販も開始しました。仮に資本主義経済の大波には勝てなかったとしても、こういうビジネスモデルもあるということをお示しできれば、競馬サークルの見方も変わってくるのかと思います。逆に、ビジネスモデルとしての認知ができなければ、プロジェクトの今後についてどこかで判断をしなければならないでしょう。

そのくらい困難な戦いであるということを、皆様にもご理解いただければと思います。

あなたにおすすめの記事