馬名を冠したJRAの重賞は、副称を含めると4レース。そのうち、史上2頭目の三冠馬を記念して創設されたのがシンザン記念である。
かつては、お世辞にも後のGIに繋がるレースとはいえなかったものの、1997年にシーキングザパールが勝利してから大きく変化。後のGI馬はもちろんダービー馬まで輩出し、2010年代に入ると三冠馬が3頭も誕生。屈指の出世レースとなった。
ところが、2023年のシンザン記念は、特別登録の段階で16頭がエントリーしていたものの、実際に出走したのは7頭。7頭以下で行なわれる平地重賞は、2歳重賞を除くと2019年の共同通信杯以来で、その前はというと、テイエムオペラオーが繰り上がりで勝利した2001年の京都大賞典まで遡ることになる。
また、これら7頭はすべて1勝馬で少頭数ながら混戦とみられ、単勝10倍を切ったのは5頭。その中で1番人気に推されたのはクファシルだった。
前走、芝1600mの新馬戦を逃げ切って完勝した本馬。父は、産駒がシンザン記念で好成績を収めているモーリスで、二代母が名牝エアグルーヴという良血。短期免許で来日中のイーガン騎手とともに、無敗での重賞制覇を狙っていた。
わずかの差でこれに続いたのが、紅一点のライトクオンタム。現3歳世代では国内に6頭しかいないディープインパクト産駒で、前走マークした勝ち時計は、2022年に東京芝1600mで行なわれた2歳新馬戦の最速タイ。今回は、父の主戦を務めた武豊騎手に乗り替わり、出世レースを突破してディープインパクト最後の傑作となるか。大きな期待を背負っていた。
これら2頭からやや離れた3番人気にペースセッティング。英国生まれの外国産馬で、2走前にはGⅡの京王杯2歳Sで4着と好走。今回のメンバーでは断然の実績を残している。また、3走前に初勝利をあげた際の勝ち時計は、同じ日に行なわれた小倉2歳Sを上回るタイム。スピードを武器に初のマイル戦を克服して重賞制覇なるか。注目されていた。
4番人気に推されたのがトーホウガレオン。新種牡馬リアルスティールの産駒で、デビューから3戦連続2着の後、前走で待望の初勝利を手にした。父の現役時に主戦を務めた福永祐一騎手がデビューから一貫して手綱をとり、2月末に迫った騎手引退を前に重賞制覇なるか注目されていた。
そして、5番人気に推されたのがスズカダブル。メンバー中、唯一GIに出走した実績があり、今回が6戦目とキャリアも豊富。このコースで行なわれた新馬戦で2着に好走しており、先着を許したダイヤモンドハンズは、次走の札幌2歳Sでも3着に健闘した馬。左回りは2戦1勝2着1回と得意で、大敗した前走から巻き返せるか、注目を集めていた。
レース概況
ゲートが開くと、サンライズピースが出遅れ。ライトクオンタムも跳び上がるようなスタートで、後方からの競馬を余儀なくされた。
一方、前はペースセッティングがわずかに好スタート。2番手は3頭が横並びとなるも、クファシルが抜け出して前を追う格好となった。
その後、周回コースに入ると、クファシルと3番手を併走するスズカダブル、トーホウガレオンの差は早くも4馬身に広がり、そこから3馬身差の5番手にライトクオンタムとサンライズピースが位置。さらに2馬身離れた最後方をシンゼンイズモが追走していた。
前半600m通過は34秒8で、同800mは46秒3。少頭数ながらまずまずのペースで流れ、全体は12馬身ほどの隊列となり、レースは後半戦へと突入。このあたりで、隊列は前2頭、後ろ5頭に分かれ、2つの集団の間にはおよそ6馬身の差がついていた。
その後も快調に逃げるペースセッティングに対し、後ろの集団に位置していたトーホウガレオンが3、4コーナーで一気に動くと、それ以外の4頭も反応。トーホウガレオンを追うようにスパートし、7頭の差が8馬身ほどに縮まり、レースは直線勝負を迎えた。
直線に入ると、ペースセッティングが再び加速してリードは2馬身半。クファシルがこれを追い、一時は1馬身差まで詰めるも、残り200mの標識を前に失速してしまう。替わってサンライズピース、スズカダブル、トーホウガレオンが前を追うも、いずれも決定打を欠き、そのままペースセッティングが逃げ切るかに思われた。
ところが、大外に進路をとっていたライトクオンタムが、残り100m地点から武騎手の右鞭に反応して一気に末脚を伸ばすと、ペースセッティングをゴール前で悠々とかわしさり1着ゴールイン。1馬身差の2着にペースセッティングが逃げ粘り、さらに1馬身差の3着にトーホウガレオンが続いた。
良馬場の勝ちタイムは1分33秒7。ライトクオンタムが前走とは真逆の内容で連勝を飾り重賞初制覇。鞍上の武豊騎手は、これが前人未踏のJRA重賞350勝目となり、37年連続重賞勝利も達成。また、ディープインパクト産駒もデビューから14年連続、そして13世代連続の重賞制覇となった。
各馬短評
1着 ライトクオンタム
跳び上がるようなスタートになり、逃げ切った前走とは対照的ともいえる後方からの競馬。直線に入ってからも少しもたついたが、エンジン全開になると一気に末脚を伸ばし、最後は悠々と前を差し切ってみせた。
前半のペースが流れたことと、少頭数で前が詰まるなどの不利がなかった点は、正直なところ大きい。それでも、新馬戦を勝ち上がった際の時計は、2歳GIで好走したシンリョクカやレイベリング、さらには上位人気に推されたモリアーナのそれを上回るタイム(シンリョクカが勝った新馬戦は稍重)。次走が、ほんとの意味で試金石となりそうだが、能力の高さは疑いようがない。
2着 ペースセッティング
初のマイル戦でもスイスイと逃げ、勝利まであと一歩のところで迫った。
英国産馬で持久力タイプのため、今回のようにある程度のペースで先行したほうが持ち味は活きそう。ただ、本質的にはマイルよりも1400mが良さそうで、ファルコンSに出走してきた際は注目。また、直千競馬でも面白い存在になるのではないだろうか。
3着 トーホウガレオン
この馬も持久力タイプで、最初にスパートし、息の長い末脚で3着に健闘した。
父の父ディープインパクトに、母父ソングアンドアプレイヤーの組み合わせは、2020年のNHKマイルCを制したラウダシオンと同じ。ただ、キレる脚を使えるタイプではなさそうで、この先1400mや1800mなど、非根幹距離で力を発揮するのではないだろうか。
レース総評
前半800mが46秒3、同後半が47秒4=1分33秒7。極端な少頭数で、道中は遅い流れになることが予想されたものの、実際はペースセッティングがスイスイと逃げ、やや前傾ラップに。瞬発力より、持久力が要求されるレースとなった。
勝ったライトクオンタムは父がディープインパクトで、多くの産駒はスローからの瞬発力勝負を得意とする。ただ、この馬に関しては初戦を逃げ切っているように、ある程度の瞬発力も兼ね備えているが、どちらかといえば長く良い脚を使うタイプではないだろうか。
今回はスタートが決まらず、道中も右に逃げようとしていたとのこと。おそらく、事前にイメージしたようなレースではなく、直線に入ってからもスピードに乗るまで少し時間がかかっていた。
それでも、ゴール前の末脚はさすがの一言で、次走も差す競馬をするのか。それとも先行する形に戻すのか。その点は、非常に興味深い。
また、前走は8枠から逃げての勝利で、今回も極端な少頭数だっただけに、多頭数で揉まれる競馬になったときにどうなるか。そして、現状は430kgに満たない小型馬だけに、消耗との戦いになる春のクラシックをいかにして乗り切るかなど、課題になりそうなことは複数ある。
とはいえ、これらの課題をクリアできれば、ディープインパクト産駒、最後の大物になる可能性は十分。ディープインパクトの主戦を務めた武豊騎手は、意外にも牝馬の産駒でJRAのGIを勝利したことがなく、国内にわずかしか遺されていないラストクロップでそれが実現されれば、これほどドラマチックなことはないだろう。
写真:突撃砲