1969年、かの名ジョッキー、レスター・ピゴットら海外騎手を招待し、東京競馬場と京都競馬場で英国騎手招待競走が行われた。その際、第18代ダービー卿、エドワード・ジョン・スタンリー伯爵からトロフィーの寄贈を受けたことを記念し、「ダービー卿チャレンジトロフィー」が創設。開催場所が中山競馬場に移り、1度の距離短縮を経て、2002年以降はハンデキャップ競走に指定されている。
以後、現行の開催条件へと至るこの競走の勝ち馬は個性的で魅力的な馬が並ぶ。マイルから中距離路線で主力級の活躍を遂げた馬に限って見ると、ブラックホーク、ダイワメジャー、ショウワモダン、カレンブラックヒル、モーリスといったG1ホースを輩出。それ以外にもサマーシリーズを沸かせたトウケイヘイロー、2004~の短距離路線に欠かせない存在であったといいグレイトジャーニー、ディープインパクトとともに海を渡りその成長を見せつけたピカレスコート、連戦連勝で重賞制覇を射止めたテルツェットなど、勝ち馬には人々の記憶に爪痕を残すような馬たちが多い。
そんな個性的な彼らが表すように、毎年このレースのオッズは混戦を極める。ハンデキャップ競走というのに加えて、出走馬のほとんどに実力差がないとみられがちというのが大きく影響しているだろう。
ところが、今年のオッズは一本被り。昨年の共同通信杯6着後、1勝クラス、2勝クラスを連勝。3勝クラス2着1回を挟んで勝ち上がり、2回目の重賞挑戦となったレッドモンレーヴが抜けた1番人気に推されていた。祖母にエアグルーヴ、祖父にディープインパクトとキングカメハメハ、父にロードカナロアと、直近の良血という良血を詰め込んだ純金血統。モンレーヴはフランス語で「私の夢」を表す。競馬ファンの夢を詰め込んだような血統が、重賞初制覇からの飛躍を誓って挑んできた。
続く2番人気に推されたのはジャスティンカフェ。昨夏、湘南Sを勝ち上がって以降、エプソムC4着(0.1)、毎日王冠2着(0.1)、マイルCS6着(0.4)、東京新聞杯4着(0.1)と、着差も離れず堅実に重賞で好走を収めてきた。鞍上には引退した福永祐一騎手に変わりクリストフ・ルメール騎手が配され盤石の体制。悔し涙を飲み続けている重賞の舞台で念願の初勝利を飾ることができるかどうか。
この2頭がオッズでは2.8倍と3.6倍と抜け、次点の3番人気に8.1倍でインダストリア。前々走、同じ舞台の中山マイルで昇級を遂げた彼は、これが重賞3戦目。中山成績も[2.0.0.1]と相性も良い。これに前々走のターコイズSで連覇を達成したミスニューヨーク、中山[2.2.0.0]と好走を遂げ、着実にクラスを上げてきたゾンニッヒが1倍台で続いていた。
レース概況
ゲートが開くと、レッドモンレーヴとトーラスジェミニが大きく立ち遅れ。スタートから波乱の雰囲気が漂う発馬となり、場内は少しどよめいた。逃げ宣言をしていたベレヌスが相棒である西村騎手ととともに先頭を駆り、古豪ミッキーブリランテが続く。
その後ろにウイングレイテスト、ゾンニッヒ、サマーマイル王者ファルコニアがやや離れて3番手集団を形成。
インダストリア、ミスニューヨーク、ジャスティンカフェと人気各馬がその集団を見るように続き、前年の覇者タイムトゥヘヴンはこの3頭に並ぶ格好で外を追走する。アナザーリリックとソロフレーズを間に挟んで後方集団。ルプリュフォール、マテンロウオリオン、出遅れたレッドモンレーヴも向正面で後方集団に追いつき、その後ろにスカーフェイスが不気味に追走。後れを取ったトーラスジェミニが大きく離れた最後方となっていた。
600m35.4と、ペース的にはスローであるもの、ベレヌスが引っ張る流れで展開は縦長へと変わっていった。3.4コーナー中間、ミッキーブリランテが詰め寄ると後続馬群もどっと殺到。ウイングレイテストを筆頭に先行集団、中断馬群がごった返しで4コーナーへ。縦長だった馬群が一気に凝縮して勝負所へと向いてきた。
いっぱいになったベレヌスに変わってミッキーブリランテが楽な手ごたえで先頭に立ち、後続を引き離しにかかる。間をついたファルコニア、ウイングレイテストはやや脚色が悪い一方で、外を回したゾンニッヒ、インダストリア、ジャスティンカフェの脚色がいい。後方集団からは脚を溜めたマテンロウオリオンと、大外を回したレッドモンレーヴが末脚を披露。先行集団を飲み込んで、心臓破りの坂に突入。坂を登り切って、逃げ粘るミッキーブリランテに3頭が襲い掛かる。3頭の中、インダストリアの戸崎騎手が左鞭一閃。瞬間、目の覚めるような直線一気を繰り出し、まとめて先頭集団を飲み込む重賞初制覇を成し遂げた。
将来を嘱望されてきた大器が、待ちわびた重賞のタイトルを手にした瞬間だった。
上位入線馬と注目馬短評
1着 インダストリア
9戦目にして初の重賞制覇。中山を4戦3勝とした4歳牡馬が、春の府中に向けて大きな1勝を掴み取った。
これまで重賞戦線では中団からどうしても伸びきれない印象が強かった同馬だが、この日は戸崎騎手の激励のムチに応えて鋭く足を伸ばした。
兄、ケイデンスコールも掴んでいた重賞タイトルを、弟も手にした。そして兄が掴めなかったG1のタイトルへ、その挑戦は続いていく。
2着 ジャスティンカフェ
重賞2着2回目、それ以外にも惜しいレースが続く同馬がまたも涙を呑む形に。
中団からこちらも末脚を伸ばしてはいたが、勝ち馬の切れ味に屈した。
とはいえ、安定した戦績からも展開ひとつで逆転は十分に狙える位置にいるだろう。
3着 ゾンニッヒ
昇級初戦、得意の中山コースで行末を明るく照らす3着入線。中山マイルで大外枠というハンデながら、すんなり先団につけて好位追走、勝負所で大きな遅れを取ることもなくしっかりと脚を伸ばした。
父ラブリーデイが覚醒したのも古馬になってから。
今後も期待して良さそうな走りではないだろうか。
総評
勝利したインダストリアは4歳世代。先日ドバイでイクイノックス、年明けの京都記念ではドウデュースと、世代の頂点に位置する2頭が揃って始動戦を快勝しており、彼ら以外にもこの世代の活躍は多数。1年前の府中では5着と涙を呑んだとは言え、勝者との差は僅かに0.4秒差。その後マイルCSでG1制覇を遂げ、ドバイターフで5着に入線したセリフォスとはほとんど差がなかった。目指すは新緑の府中か、はたまた別路線か。いずれにせよ、今年のG1戦線を盛り上げる1頭になることは間違いないだろう。
兄ケイデンスコール、近親バランスオブゲーム共に、トライアルや重賞でこそ勝利するものの、あと一歩が足りなかった。そしてインダストリア自身も、強い相手が揃う競走では今一歩な成績が続いていた。だがしかし、それを振り払うかのような勝利。
一族の悲願とも言えるG1制覇へ、その夢が近未来へと変わっていく瞬間を連想させるような、そんな直線一気の夢を見せてくれた。
写真:はまやん、かぼす