3歳ベストマイラーを決めるNHKマイルCは、波乱の歴史に彩られたレース。3連単の配当が10万円を超えたのは過去10年で7度あり、全GⅠの中で最多。また、創設以来、最も高配当の決着となったのが2007年のレースで、このときは18頭中17番人気のピンクカメオが一世一代の追込みを決め優勝。1番人気のローレルゲレイロも2着に好走したが、3着に突っ込んだのは、なんと18番人気のムラマサノヨートー。3連単は、970万円を超える大波乱となった。
2023年のNHKマイルCは、そのとき以来、16年ぶりとなる雨中の決戦。この天候が混戦にいっそうの拍車をかけ、出走17頭中(クルゼイロドスルが出走取消)6頭が単勝10倍を切った。また、1番人気馬のオッズは最終的に5.7倍で、データが残っている1986年以降のGⅠで、1番人気のオッズがこれを上回ったのは計5レース。2012年安田記念で1番人気に推されたサダムパテック(6.6倍)以来の、高いオッズだった。
その1番人気に推されたのがカルロヴェローチェで、振り返るべきは、なんといってもデビュー戦。このレースを勝利した本馬以外にも、2着から6着馬と、8、10着馬が後に勝ち上がり、その中には、ホープフルS1着のドゥラエレーデ。UAEダービーを制し、ケンタッキーダービー6着のデルマソトガケも含まれていたという、非常にメンバーレベルの高い一戦だった。カルロヴェローチェ自身、重賞の勝利実績はないものの、前走のファルコンSはハナ差2着惜敗。初コンビのレーン騎手とビッグタイトル獲得なるか、注目を集めていた。
わずかの差でこれに続いたのがエエヤン。デビュー2戦は東京で勝ちあぐねるも、未勝利戦、1勝クラス、ニュージーランドTと、中山マイルで3連勝を達成した。今回、半年ぶりの東京コースでも、当時と比べれば心身ともに大きく成長しており、4連勝でのGⅠ制覇を目指していた。
さらに、これら2頭とわずかの差で3番人気となったのがオオバンブルマイ。デビュー戦からの連勝で京成杯2歳Sを勝利すると、朝日杯フューチュリティS7着をはさみ、今期初戦のアーリントンCも快勝した。前回と同様、武豊騎手が継続騎乗し実績も上位。3つ目のタイトルと3歳ベストマイラーの称号を獲得するか、期待されていた。
そして、4番人気に推されたのがドルチェモア。デビュー3連勝で朝日杯フューチュリティSを制した、出走メンバー中、唯一のGⅠ馬。前走のニュージーランドTで初黒星を喫したものの、今回は2走前に重賞を勝利した舞台。条件変わりで、なおかつ叩き2戦目の上積みも期待され、最優秀2歳牡馬の意地を見せられるか注目を集めていた。
以下、ニュージーランドトロフィー4着から臨む、牝馬モリアーナ。朝日杯フューチュリティSでドルチェモアと接戦を演じ、2着に好走したダノンタッチダウンの順に人気は続いた。
レース概況
ゲートが開くと、シャンパンカラーがやや立ち後れた以外は、ほぼ揃ったスタート。その中から、セッションとオールパルフェの4枠2頭。さらに、シングザットソングがいこうとするところ、最内枠からフロムダスクが先手を切った。
これら4頭にユリーシャが加わり、ここまでが先団。そこから1馬身半差の中団に、ドルチェモアとタマモブラックタイ。エエヤン、ダノンタッチダウンとカルロヴェローチェなど上位人気馬が固まり、モリアーナは13番手。オオバンブルマイは、後ろから3頭目に位置していた。
前半600m通過は34秒3で、同800mが46秒3と、馬場を考えれば平均ペース。先頭から最後方のナヴォーナまでは、およそ13、4馬身の隊列となるも、後方3頭はややバラバラの追走。逆に、それ以外の15頭は8馬身ほどの一団になっていた。
その後、残り600mの標識を通過すると、後方3頭もスパートを開始。徐々に前との差を詰め、全体が10馬身ほどに固まって迎えた直線。まず、抜け出しを図ったのはタマモブラックタイで、同枠のダノンタッチダウンも追い出しを開始し、坂の途中で先頭が入れ替わった。
ところが、それも束の間。後方に位置していたはずのシャンパンカラーとオオバンブルマイが、いつの間にかこの争いに加わると、残り100mでシャンパンカラーが単独先頭。オオバンブルマイとの差を、ジリジリと広げにかかる。
焦点は2着争いに絞られるかと思われたが、ここへ突っ込んできたのが、これら2頭よりもさらに後方に位置していたウンブライル。ゴール寸前でオオバンブルマイを交わしさり、さらに先頭へと襲いかかったが、この追撃をなんとか凌いだシャンパンカラーが1着でゴールイン。惜しくもアタマ差及ばなかったウンブライルが2着で、そこから1馬身1/4差3着にオオバンブルマイが続いた。
稍重馬場の勝ちタイムは1分33秒8。ニュージーランドT3着で権利を獲得したシャンパンカラーが本番で逆転し、3歳ベストマイラーの座を獲得。騎乗した内田博幸騎手は5年ぶり、管理する田中剛調教師は7年ぶりのGⅠ制覇となった。
各馬短評
1着 シャンパンカラー
結果的には、スタートで少し出遅れたこともプラスに作用。2着馬の追撃も凌ぎ切り、またしてもドゥラメンテ産駒からGⅠ馬が誕生した。
毎年のように混戦といわれる当レース。ただ、過去に東京コースで2勝していたのは本馬のみ。東京のマイルは、これで3戦3勝となった。
3代母がバルドウィナで、近親に、シャンパンカラーと同じ青山洋一オーナーが所有した重賞4勝のワンカラットと、桜花賞馬ジュエラーの姉妹がいる良血。今回と同じ舞台でおこなわれる安田記念や、富士Sに出走した際は注目の存在。また、東京であれば2000mもこなせそうな気がするが、果たして次走はどこになるだろうか。
2着 ウンブライル
一時は不振に陥るも、前走から着用したブリンカーがこの日も効果を発揮。大外から直線一気の決め打ちで、勝ち馬をギリギリのところまで追い詰めた。
全兄のステルヴィオは3歳時にマイルCSを勝利しており、この馬にも同様の期待が懸かる。また、かなり先にはなるものの、同じ舞台でおこなわれる東京新聞杯や、1年後のヴィクトリアマイルに出走した際は、注目したい存在。
3着 オオバンブルマイ
前走1着馬が大不振の当レースにおいて、アーリントンC勝ち馬は、2022年1着のダノンスコーピオンに続き、2年連続の好走となった。
父はストームキャット系種牡馬のディスクリートキャットで、母父がディープインパクトという血統構成。2022年の当レース3着馬で、この日の東京9レースを勝利したカワキタレブリーも同じ組み合わせ。種牡馬ディープインパクトは、ストームキャット、もしくはストームキャット系種牡馬を父に持つ繁殖と好相性であることは有名だが、本馬やカワキタレブリーは逆のパターン。それでも、活躍馬を出している点には注目したい。
また、本馬の3代母アジアンミーティアの一族からは、重賞勝ち馬が複数誕生。そもそも、アジアンミーティア自身が大種牡馬アンブライドルズソングの全妹という良血で、同馬からは数え切れないほどのGⅠ馬と後継種牡馬が誕生。また母父としても、コントレイルやスワーヴリチャード、ジャックドールなど、日本国内だけでも大物を複数送り出している。
レース総評
前半800m通過が46秒3で、同後半は47秒5=1分33秒8。レース当日は昼過ぎから雨が降り出し、11レース時点で発表は稍重だったが、どちらかといえば重に近い馬場状態だった。
それを考えれば前半は平均ペースで、やや前傾ラップ。先頭から最後方まで、さほど縦長にならなかったことで後方待機組にもチャンスが生まれ、前半600m通過地点で、後ろから4、3、2番手に位置していた馬が、結果的には1、3、2着となった。
前述したとおり、前走1着馬が大不振の当レース。2016年から6年間は3着内馬すら出なかったが、ダノンスコーピオンが連敗を止め、今回もオオバンブルマイが3着。そう考えると、アーリントンCを差して勝利した馬に関しては、一定の評価が必要かもしれない。
一方で、前走、勝ち馬から0秒3差以内の惜敗を喫した馬が強く、今回もニュージーランドトロフィーで2、3着に惜敗した2頭が、着順を入れ替えてワンツー。この傾向は、来年以降も覚えておきたい。
勝ったシャンパンカラーは、これで東京マイル3戦3勝となり、逆に中山は2戦して勝利なし。2走前の京成杯で6着に敗れ初黒星を喫したが、そのレースを勝ったソールオリエンスは、次走、同じ舞台でおこなわれた皐月賞も連勝。一方のシャンパンカラーは、中山芝2000mとは大きく異なる東京のマイルGⅠを今回勝利。馬それぞれの適性を見抜くことの大切さ。また、コース相性の重要性を、改めて認識させる結果となった。
そのシャンパンカラーと前走からコンビを組んだ内田博幸騎手は、ノンコノユメで制した2018年フェブラリーS以来のGⅠ勝利。芝のGⅠに限ると、ヴィルシーナで制した2014年のヴィクトリアマイル以来となる。
また、ノンコノユメとシャンパンカラーは、同じ社台ファームの生産馬。同場生産馬も、ノンコノユメ以来、長らくJRAのビッグタイトルから遠ざかっていたが、2022年の桜花賞とオークスをスターズオンアースが制してから見事復活。前述したソールオリエンスと合わせて、この世代2頭目のGⅠ馬を送り出した。
内田騎手に話を戻すと、NHKマイルCは、ピンクカメオ以来16年ぶり2度目の勝利。ただ、当時はまだNAR所属で、それが中央のGⅠ初勝利だった。しかも、中央に移籍するかどうか迷っていたのもこの頃だったそうで、ピンクカメオの勝利が、揺れる気持ちを後押ししたとのこと。
実際、内田騎手は翌2008年に中央へ移籍すると、いきなり関東リーディングを獲得。さらに、2009年には全国リーディングも獲得し、以後エイシンフラッシュやゴールドシップ、ヴィルシーナなど、数多くの名馬とビッグタイトルを手にしてきた。
今回、52歳9ヶ月12日でのGⅠ勝利は、グレード制が導入された1984年以降、歴代4位の年長勝利記録。あの日と同じ、雨の府中で再び輝いたベテラン内田博幸騎手と、得意の舞台で最高の輝きを放った原石シャンパンカラーのコンビが、混迷を極めるマイル路線の主役となるか。今後も注目していきたい。
写真:水面、かぼす