[連載・馬主は語る]初対面(シーズン2-16)

もしかすると、エコロテッチャンにとって今年の芝レースのラストランになるかも知れないと思い、9月20日に盛岡競馬場まで観戦しに行くことになりました。台風14号の影響で天候が不安定な中でしたが、「Equine Vet Owners」の上手代表に初めて会い、インタビュー取材をさせてもらう仕事も兼ねて、新幹線に乗り込みました。前回のJBCが盛岡競馬場で行われたとき以来になりますから、9年ぶりの盛岡です。

盛岡駅に到着すると、志村厩務員から「エコロテッチャンに会いにきますか?最終レースが終了後ならば、厩舎に来ていただけますよ」とLINEがありました。ちょうど良い時間だったので、「向かいます!」と返信。無料送迎バスは時間的に終わってしまっていたので、タクシーに20分ほど乗って盛岡競馬場に向かいました。山道をくねりながら外を眺めると、もう日が暮れるのが早く、18時すぎでも真っ暗です。盛岡競馬場の正門前で降ろしてもらいますが、人の姿は誰一人見えません。もうレースが終わってしまったのかと思い、正門のところにいた警備員風の方に「入れますか?」と声をかけてみると、「どうぞ」と返ってきました。競馬場内に入ると、巨大な馬の像が僕を迎えてくれました。JBCまであと45日。9年前にJBCを観に盛岡競馬場を訪れて、「競馬にもっと近づきたい」と感じたことが昨日のように思い出され、今こうして地方競馬の馬主となり、サラブレッドの生産も始めた現状を考えると、競馬に近づいた自分が少し誇らしく思えます。

さらに先に進むと、ちらほらと人の姿が見え始めました。と言っても、指を折って数えられるぐらいの人数でしかありません。台風が迫っているからか、メインレースが終わってしまっているからなのか、そもそも平日だからなのか分かりませんが、まるでドバイの競馬場に来てしまったかのような近未来感があります。相変わらず盛岡競馬場は綺麗で広くて、同じ岩手競馬の水沢競馬場とは隔世の感があります。どちらが良いということではなく、近未来的な盛岡競馬場とレトロな水沢競馬場のギャップが岩手競馬の魅力のひとつですね。

目の前で最終レースを観て、パドック横にある関係者入り口付近で待っていると、永田調教師が迎えに来てくれました。昨年、水沢競馬場で挨拶したとき以来の再会です。開業して2年目で少し慣れてきたのでしょうか。以前にもまして柔らかい笑顔です。競馬場の隣にある厩舎エリアまで車で連れて行ってもらい、永田厩舎に入ることができました。厩舎の台所(?)の机の上には、わざとらしく拙著「馬体は語る」が置かれていて(笑)、歓迎されているのを感じます。お礼を言うと、「志村が治郎丸さんにサインを書いてもらいたいって言ってましたよ」と嬉しい言葉が。「馬体は語る」は電子書籍化のため増刷をしないことになり、そのためAmazonでは値が4000円以上に吊り上がってしまっていますので、サイン本として売ればさらに稼げそうです。僕の手元にも献本分として10冊ぐらい残っていますので、えーっと、4000円×10は…なんて計算してみて、いかんいかんと我に返るのです。

エコロテッチャンとの初対面です。タスマニアにいるエルやノーザンファーム繁殖牝馬セールで購入したダートムーアとも違い、共有馬主となってからしばらくして初めて会うのは何だかとても気恥ずかしい気持ちです。僕があなたのお父さんだよと、小さな頃に生き別れてしまった娘に今さら会いに来たような気分でしょうか。あなたのことなんか知らないなんて言われたら、どんな顔をすれば良いのか分からないし、今さら僕のことを受け入れてくれるのかという心配が募ります。

厩舎の馬房の角を曲がり、左の2頭目にいたのがエコロテッチャンでした。鼻筋の通った、綺麗な流星ですぐに彼女だと分かりました。「エコロテッチャンです」と永田調教師がよそよそしく紹介してくれましたが、僕はどうやって彼女に接するべきか戸惑いを隠せません。恐る恐る鼻づらを撫でつつ、「はじめまして」と声をかけてみると、テッチャンは僕の存在を確認し、それから耳を少し絞りました。彼女は何も言いませんでしたが、このちょっとした仕草で僕は嫌われてしまったと思い、少々傷つきました(正面に立っていきなり撫でた僕が悪いのですが)。

気を取り直して、写真を撮らせてもらうことに。バッグからカメラを取り出し、ピントを合わせてシャッターを切ろうとすると、テッチャンは動きを止め、絞っていた耳を前に向けて、こちらを気にする素振りを見せました。カメラが気になるのか、それとも写真を撮られることが好きなのか、僕がカメラを構えている間はじっとこちらを見つめて微動だにしません。何度シャッターを切っても、つくったポーズや表情を崩さないのです。女の子らしいなと僕は思いました。小さな女の子は「撮って撮って」とカメラを向けられることが好きですし、きちんとポーズを決めてくれます。テッチャンにもそういう女の子っぽいところが見え隠れした瞬間でした。

その後は上手獣医師と志村厩務員と居酒屋に繰り出し、上手獣医師の生い立ちや共有クラブを立ち上げたきっかけ、走る馬の見極め方などを教えてもらい、志村厩務員の騎手試験の合格発表が明日に迫っている不安を共有しつつ、閉店時間まで競馬を語り尽くしました。時計は24時を回り、志村厩務員はベロベロになりながら代行を使って帰路に就き、僕は上手獣医師に送ってもらってホテルに帰りました。そういえば、上手獣医師と志村厩務員とも実際に会うのは初めてでした。今までずっとSNSやLINEでやり取りはしてきましたが、やはり実際に会ってみると人間性というかその人の本質が分かりますね。とても楽しい貴重な時間でした。

(次回へ続く→)

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