後半は、雨に見舞われることも多かった2023年の札幌開催。中でも、キーンランドC当日の8レースは、発走が遅れるほどの雷と豪雨だった。また、芝では出走馬の多くが内ラチ沿い3、4頭分を開けて進むようなレースもあり、道悪の巧拙が明暗を分けることも少なくなかった。
ただ、かつて異常気象といわれた天候が年々当たり前になりつつある現代、レースを予想する上で馬場適性を読むことの重要性は、今後もどんどんと増していくことだろう。
そんな札幌開催もいよいよフィナーレを迎え、掉尾を飾るのが、ローカル重賞の中でも屈指の出世レース、札幌2歳S。1997年に、距離が1800mに変更されてからは、後のGⅠウイナーを数多く輩出するようになり、ジャングルポケットやアドマイヤムーン、ソダシなど、札幌2歳Sを勝利した馬はもちろん、テイエムオーシャンや、ゴールドシップとその産駒ユーバーレーベンなど、当レースで敗れた馬も後にビッグタイトルを獲得している。
2023年の出走馬は10頭。手頃な頭数にはなったものの、良血の評判馬や、好内容で初勝利を手にした馬が複数出走し、4頭が単勝オッズ10倍を切った。とりわけ、同じ勝負服の関西馬2頭に人気が集まり、その中でガイアメンテが1番人気に推された。
ドゥラメンテ産駒の良血ガイアメンテは、今回と同じ札幌芝1800mの新馬戦でデビュー。同じく良血の評判馬コルレオニスらにノーステッキで勝利し、初陣を飾った。管理する須貝尚介調教師は、2020年のソダシをはじめ、札幌2歳Sは過去3勝と相性が良く、JRAの重賞通算50勝が懸かる一戦。「レジェンド」武豊騎手とともにクラシック候補に躍り出るか、大きな期待を背負っていた。
これに続いたのが、同じくノーザンファーム生産のギャンブルルーム。近年、宝塚記念当日におこなわれる新馬戦は「伝説の新馬戦」とも呼ばれ、後のGⅠ馬が複数出走してきたレース。ギャンブルルームもこのレースでデビューし、2着に5馬身差をつけて圧勝した。3代母はダイナカールで、一族からはエアグルーヴやドゥラメンテなどの名馬が出た名門。日本で最も繁栄した名牝系からまた一頭重賞ウイナーが誕生するか、注目を集めていた。
やや離れた3番人気となったのがセットアップ。2歳戦で話題をさらっている新種牡馬スワーヴリチャード産駒の中でも、とりわけ評価が高いのがレガレイラで、セットアップはデビュー戦で同馬に敗れたものの、0秒2差2着と好走。続く未勝利戦を、危なげなく勝ち上がってきた。横山武史騎手が騎乗する鹿戸雄一調教師の管理馬といえば、2021年の年度代表馬エフフォーリアと同じ。このコンビから再び大物が誕生するか、注目されていた。
そして、僅かの差で4番人気となったのがパワーホール。こちらはスワーヴリチャードの産駒で、デビュー戦は12頭立ての6番人気と決して評価は高くなかったものの、終わってみれば上がり最速をマークして逃げ切り。2着に4馬身差をつける圧勝だった。前走騎乗した横山和生騎手が負傷した影響で父の横山典弘騎手に乗り替わるものの、管理する昆貢調教師と典弘騎手も黄金タッグとして知られており、産駒初の重賞出走が初制覇となるか注目されていた。
レース概況
ゲートが開くと、ガイアメンテがアオって最後方からの競馬。ウールデュボヌールも後方からの競馬となった。
一方、前はセットアップが逃げ、パワーホールが続く展開。3番手は、内からグランルーチェ、マーゴットソラーレ、ギャンブルルームと3頭が横並びとなり、その後ろをトレミニョンとロジルーラーが併走。カイコウ、ウールデュボヌールが半馬身差で続き、そこから1馬身差の最後方をガイアメンテが追走していた。
前半800m通過は49秒4と遅い流れで、後続に3馬身のリードを取って逃げるセットアップ以外の9頭はほぼ一団。すると、ここでガイアメンテがポジションを上げはじめ、3コーナーではギャンブルルームの直後5番手まで進出。
これに対し、逃げるセットアップもペースを上げ、4コーナーで、3頭横一線になった2番手との差を5馬身に広げて直線を迎えた。
直線に入っても、セットアップのリードは変わらず5馬身。3頭横一線の2番手争いからはパワーホールが抜け出し前を懸命に追うも、脚色はほぼ同じで差が詰まらない。また、そこから2馬身離されたギャンブルルームにも足は残っておらず、3番手を死守するのに精一杯。残り100mで、パワーホールの2着も確定的となった。
結局、前は3コーナー過ぎから一人旅となったセットアップが、影をも踏ませぬ逃走劇で先頭ゴールイン。4馬身差2着にパワーホールが入り、さらに3馬身1/2差3着にギャンブルルームが続いた。
稍重馬場の勝ちタイムは1分50秒5。楽々と逃げ切ったセットアップが、未勝利戦からの連勝で重賞初制覇。大舞台への期待を抱かざるを得ない、圧倒的な勝利だった。
各馬短評
1着 セットアップ
前走に続いて逃げの手に出ると、そのままスローに落とし、3コーナー過ぎからスパート。渋った馬場をまるで苦にせず、後続に何もさせない圧倒的な内容で出世レースを制した。
父デクラレーションオブウォーは、現2歳が日本での2世代目。重賞ウイナーは、ファルコンS勝ちのタマモブラックタイに続く2頭目。代表産駒の一頭トップナイフは、まだ重賞を勝利していないものの2着が3回あり、同馬も、札幌記念で渋った馬場を全く苦にせず好走している。
今後も、内回りコースや小回り、道悪、上がりのかかるレースなど、度々出番がありそう。次走は、朝日杯フューチュリティSかホープフルSを視野に入れているそうで、脚質面やコース形態などを考えると、ホープフルSが適しているのではないだろうか。
2着 パワーホール
2023年の新種牡馬ながら、2歳リーディングを快走中のスワーヴリチャード。その産駒が、重賞初出走でいきなり連対を果たした。
母父はコマンズとなかなか渋く、デルマルーヴルや、地方重賞を複数制したスマイルウィ、スティールペガサス。さらに、ファイアダンサーやブレスレスリーなど。コマンズを母父に持つ馬の多くは、ダートか芝の短距離が主戦場。中距離で活躍している馬は少なく、本馬はスワーヴリチャードの特徴を受け継いでいるとみられる。
この馬もまたセンスが良く、スタート後すぐに番手を確保。勝ち馬には及ばなかったものの、楽々と2着を確保した。この先行力は、今後も大きな武器になるだろう。
3着 ギャンブルルーム
産駒数が非常に多いキズナ産駒。一方、母父にヴァーミリアンを持つ馬はそこまで数が多くなく、JRAのレースに出走実績がある馬は19頭。ヴァーミリアンは、現役時ダートのGⅠ級を9勝。一方、父キズナもダートの活躍馬を数多く送り出しているだけに、道悪は苦にしないイメージだったが、最後は脚をなくしてしまった。
今回は馬場適性の差が出てしまったものの、コース形態でいえば、前走のようなワンターンのコースが合っていそう。阪神や東京の芝1800mか、中京芝1600mに出走してくれば、積極的に狙ってみたい。
レース総評
前半800m通過は49秒4。12秒7をはさんで、同後半が48秒4とやや後傾ラップ=1分50秒5。馬場適性の差、道悪の巧拙が大きく出て最後はバラバラの入線。もちろん、この着差をそのまま鵜呑みにすることはできず、敗れた馬のメンタル面が心配されるが、良馬場で巻き返す馬も複数でてくるのではないだろうか。
勝ったセットアップは、2022年のセレクションセールにおいて、税込4,620万円で落札された高馬。生産したフジワラファームは、セレクションセールで3年連続最高価格馬を送り出しており、2021年の同セール最高価格馬だったのはセットアップの半兄(馬名リーゼノアール、父エピファネイア)。税込6,600万円で落札されている。
また、2023年の最高価格馬カリーニョミノルの2022(父シニスターミニスター)は税込1億340万円。これは、同セール歴代2位の記録だった。
セットアップの父はデクラレーションオブウォーで、これが日本での2世代目。産駒のセリ取引価格別成績を調べると(JRAのレースのみ対象。期間は、2022年6月4日から2023年8月27日まで)、税込2,000万円未満で取引された馬の成績が、31頭で[6-6-7-110/129]。勝率4.7%、複勝率14.7%に対し、税込2,000万円以上で取引された馬は、6頭で[5-10-3-18/36]。勝率13.9%、複勝率50.0%。飛躍的に成績はアップする。
ただ、両価格帯ともに単複の回収率は100%を優に超えており、2世代目が走り始めたばかりで決めつけるのは早計かもしれないが、馬券という意味では、さほど評価が追いついていない種牡馬といえる。
デクラレーションオブウォーは、ノーザンダンサー系の種牡馬。2代父ダンジグは、サドラーズウェルズと並ぶノーザンダンサー最良の後継種牡馬で、同馬もまた後継種牡馬に恵まれ、一大系統を築きあげた。
子孫は大きく、デインヒル系、グリーンデザート系、さらに晩年に出た傑作ウォーフロント系の3系統に分けられ、ウォーフロント系種牡馬の中でも、近年、日本に輸入されてきたのが、アメリカンペイトリオット、ザファクター、デクラレーションオブウォーの3頭である。
遡ること30年以上前。昭和末期の日本競馬で、リーディングサイアーの座を不動のものとしていたのが、ノーザンダンサーの直仔ノーザンテーストである。
中央競馬の種牡馬ランキングでは、1982年から11年連続で首位を獲得。押しも押されもせぬスーパーサイアーだったが、93年にリアルシャダイ。94年にトニービンが相次いで首位を獲得すると、95年以降は、サンデーサイレンスやその後継種牡馬が日本の競馬を席巻。ノーザンダンサー系種牡馬が、特にGⅠの大舞台で日の目を見ることは、少なくなってしまった。
しかし、2023年の日本ダービーは、サトノクラウン産駒のタスティエーラが優勝。ノーザンダンサー系種牡馬の産駒が同レースを制したのは、2006年のメイショウサムソン以来、実に17年ぶりのダービー制覇となった。
それでも、ノーザンダンサー系種牡馬の産駒が過小評価される機会は、この先も少なくないはず。セットアップと同じデクラレーションオブウォー産駒のトップナイフがそうであったように、たった2度凡走しただけで人気は急落し、いわゆる「忘れた頃」に好走するということが、何度も繰り返されるだろう。
また、セットアップの勝利で今一度触れておきたいのが、デビュー戦で同馬に勝利したレガレイラである。
スワーヴリチャード産駒の牝馬レガレイラは、3代母がウインドインハーヘア。近親に、ディープインパクトやブラックタイド、レイデオロがいる良血で、2022年の年度代表馬イクイノックスと同じく、木村哲也厩舎に所属。次走は、10月21日のアイビーSが予定されている。
そんなレガレイラとセットアップが激突したのは、7月9日におこなわれた函館芝1800mの新馬戦。このレースで、セットアップが逃げの手に出たのに対し、中団に位置していたレガレイラは3、4コーナー中間からスパート。2番手まで進出し直線を迎えた。
しかし、セットアップの逃げ脚も衰えず、直線半ばでリードは3馬身。日本一直線が短く、コーナーもきつい函館競馬場は逃げ切りが決まりやすいため、セットアップ勝利は濃厚かと思われた。
ところが、鞍上のC・ルメール騎手が右鞭を2発入れると、レガレイラは瞬時にもう一段加速。あっという間に差を詰めると、ゴール前50mでセットアップを交わし、最後は手綱を緩められながら、逆に1馬身1/2差をつけゴールイン。セットアップも最後の1ハロンはほとんど止まっておらず、さらに今回、札幌2歳Sを圧勝したことで、レガレイラの強さがいっそう際立つこととなった。
今後、この2頭が再戦する可能性はあるものの、その舞台が函館芝1800mになる可能性は低い。また、再戦が実現したとしても、出走メンバーは当時と大きく異なるはずで、新馬戦と同じような展開になる可能性は低い。ただ、少なくとも現時点で両馬がトップグループにいることは間違いなく、年末や来春の大舞台に向けてどういった過程を歩むのか注目される。
そして最後に、1番人気で6着に敗れてしまったガイアメンテにも触れなければならない。
こちらは、レース前にイレ込み、スタートでも出遅れて最後方からの競馬。ただ、折り合いは問題ないように見え、残り1000mの標識を過ぎたところからスムーズに上昇を開始したように思われたが、直線入口で早くも失速。一度は交わしたマーゴットソラーレやトレミニョンにも挽回され、先着を許した。
騎乗した武豊騎手によると、心配していたことが全部出て、レース前に終わってしまったとのこと。素晴らしい能力を受け継ぐ反面、気性の激しさも受け継ぐドゥラメンテの産駒。好馬体の持ち主で、ポテンシャルは間違いなく高いだけに、気性面での成長が求められる。
写真:@pfmpspsm