[重賞回顧]人知を超える強さの先にあった感動。イクイノックスが世界最強のまま現役生活に別れ~2023年・ジャパンC~

世界ランク1位のイクイノックスvs三冠牝馬リバティアイランドの対決に注目が集まったジャパンC。ただ、それ以外にも、イクイノックスに先着してダービー馬の称号を得たドウデュースや、空前絶後の阪神三冠を達成したタイトルホルダー。2022年の二冠牝馬スターズオンアース。芝・ダートの海外GⅠを制したパンサラッサ。そして、前年のジャパンC覇者ヴェラアズールなど、現役最強馬を決めるに相応しい素晴らしいメンバーが集結。

さらには、GⅠ未勝利馬として史上最多の賞金を獲得しているディープボンド。同じく、GⅠで度々好走しているダノンベルーガ。フランス調教馬でGⅠ2勝イレジンに、JBCスプリント勝ったイグナイターを輩出し、俄然盛り上がる兵庫県競馬から初めてジャパンCに参戦するクリノメガミエースとチェスナットコートなど。当初、10頭にも満たないとされていた出走馬は、個性派揃い、多士済々の顔触れでフルゲートの18頭立てとなった。

それでも、人気は2頭に集中。とりわけ、イクイノックスの単勝オッズは1.3倍と、断然の支持を集めた。

2022年の天皇賞(秋)からGⅠ5連勝を達成し、1年以上負けていないイクイノックス。ワールドベストレースホースランキングでも1位を堅持しており、連覇を達成した前走の天皇賞(秋)も2着に2馬身1/2差をつける完勝。勝ち時計は従来のJRAレコードを0秒9も更新し、世界レコードといわれるほどの凄まじいタイムだった。

中3週の間隔はキャリア初ながら、裏を返せば心身ともに充実し、完成の域に入っている証拠。テイエムオペラオーやロードカナロアに並ぶGⅠ6連勝なるか。そして、歴代最多賞金獲得馬となるか、大きな注目を集めていた。

これに続いたのがリバティアイランド。こちらも2022年の阪神ジュベナイルフィリーズからGⅠ4連勝中で、1年近く負けていない。オークス以来、5ヶ月ぶりの実戦となった前走の秋華賞も、最後は2着馬に詰め寄られたものの、早目先頭から押し切る着差以上に強い内容で牝馬三冠を達成した。

過去にも、三冠牝馬のジェンティルドンナとアーモンドアイが秋華賞とジャパンCを連勝しており、イクイノックスをはじめとする古馬牡馬との斤量差4kgは明らかに有利。最内枠も味方に、GⅠ5連勝と自らが現役最強であることを証明するか。大きな期待を集めていた。

以下、天皇賞(秋)からの巻き返しを図るダービー馬ドウデュース。GⅠ3勝タイトルホルダーの順で、人気は続いた。

レース概況

ゲートが開くと、ダッシュのつかない馬が2、3頭いたものの、ほぼ揃ったスタート。その中から予想どおりパンサラッサが逃げ、タイトルホルダーが続いた。

そこから3馬身差の3番手にイクイノックスがつけ、2馬身差でリバティアイランドとスターズオンアースが併走。さらに、1馬身差の6番手にドウデュースとディープボンドがつけるなど、上位人気馬はいずれも中団より前に位置していた。

向正面に入ったところで、早くもパンサラッサのリードはおよそ15馬身となり、最初の1000mを57秒6のハイペースで通過。ここで、2番手タイトルホルダーまでの差は20馬身以上に開き、最後方のウインエアフォルクまでは、実に100m近い差がついていた。

続く3コーナーに入ると、2番手以下17頭の差は少し縮まるも、隊列はほぼ変わらず。逆に、パンサラッサと17頭の差はさらに拡大し、残り1000m地点でタイトルホルダーとはおよそ4秒。4コーナーでも3秒近い差がついたまま、レースはいよいよ直線勝負を迎えた。

直線に入ると、パンサラッサが懸命に粘り込みを図るも、さすがに坂の上りで脚色一杯。後続との差が一気に詰まり、既にタイトルホルダーを交わして2番手に上がっていたイクイノックスが残り250m地点で先頭に躍り出た。

一方、その後ろはリバティアイランドとスターズオンアースの競り合いが続き、ドウデュースもここに加わろうとしたものの、イクイノックスとの差はなかなか縮まらず、ゴール前100mで差はむしろ広がってしまう。

その後、ルメール騎手が振り返って後続との差を確認すると手綱も緩められ、最後は流すようにしてイクイノックスが1着ゴールイン。4馬身差2着にリバティアイランドが続き、さらに1馬身差3着にスターズオンアースが入った。

良馬場の勝ちタイムは2分21秒8。現役最強馬決定戦でも圧倒的な差をつけたイクイノックスが、無敵のGⅠ6連勝、デビューからの総獲得賞金が22億1544万6100円となり、史上初の20億円ホースがここに誕生した。

各馬短評

1着 イクイノックス

3番手追走から直線半ばで抜け出す文字どおりの横綱相撲で、リバティアイランド以下を圧倒。最強馬決定戦に相応しいメンバーが揃ったにもかかわらず、前走以上の差をつける凄まじいパフォーマンスだった。

今後について「あらゆる可能性を検討したい」とのことだったが、レース4日後の11月30日に引退が発表。JRA調教馬として初のGⅠ7連勝や凱旋門賞制覇の夢は、産駒に託されることとなった。

2着 リバティアイランド

イクイノックスを3馬身前に見てレースを進めるも、終始スターズオンアースのプレッシャーを受け続ける厳しい展開。向正面で何度か頭を上げることがあったもののギリギリ我慢し、完敗とはいえ、さすがの走りで2着を確保した。

いうまでもなく完成期はこれからで、今後どんなレースに出走しても楽しみ。最強馬の系譜を受け継ぐ資格が十分にあることを確認できるような内容だった。

3着 スターズオンアース

もし「陰のMVP」というものがあるとすれば、このレースで受賞するのは、スターズオンアースかパンサラッサではないだろうか。

出走を予定していた天皇賞(秋)の直前に一頓挫あり、今回が半年ぶりの実戦。なおかつ、1枠に入った二強に対し、こちらはある意味、大外枠よりも厳しい8枠17番からのスタート。それでも難なく好位につけると、リバティアイランドにプレッシャーを与えつつ、イクイノックスを射程圏に捕らえながらレースを進めた。

最後はさすがに久々が影響したか。残り200m地点でリバティアイランドに突き放されるも、ゴール前で先輩女王の意地を見せて盛り返し、再び差を詰めた。

いまだ4着以下はなく安定感抜群で、この馬もまた条件を選ばず好走するが、最も力を発揮できる舞台はおそらく東京2000m。そう考えると、天皇賞(秋)回避は非常に悔やまれるが、来年の同レースでリバティアイランドと再び激突する機会があれば、逆転があってもなんら不思議ではない。

レース総評

前半1200mが1分9秒1。同後半1分12秒7と前傾ラップで=2分21秒8。距離こそ異なるものの、性質としては2022年の天皇賞(秋)と似ており、大逃げしたパンサラッサ以外の17頭は瞬発力が求められるレースとなった。

そんな中、直線に入っても絶好の手応え。ほぼ肩ムチ一発だけで後続を4馬身も突き放したイクイノックスの強さを、どう表現すればよいのだろう。

もはや、人知を超える強さといえるだけに、どんな表現を使っても陳腐なものになってしまいそうだが、直線の長短や坂の有無。左回りや右回りなど、条件を選ばずに勝ち切れること。そして、瞬発力勝負や持久力勝負など、レースの展開や性質を問わない点こそが、イクイノックスの強さではないだろうか。

さらに付け加えるなら、古馬になっていっそうパワーアップしたことも大きい。

2、3歳時は中団やや後ろに位置し、差す競馬を得意としていたイクイノックスは、近走、スタートしてすぐ好位につけることが可能になった。結果、馬群の中で包まれたり、進路を塞がれたりする確率は格段に減少。負ける(取りこぼす)要素がさらに少なくなった。

過去の名馬を比較してどの馬が最も強かったのかという、競馬ファンの間ではお馴染みの「最強馬論争」。その常連として必ず名前が挙がるのが、ディープインパクトやサイレンススズカだと思うが、イクイノックスも、それら名馬中の名馬と肩を並べるくらいのレベルに到達したのではないか。

10戦8勝2着2回で生涯連対率100%と、ほぼ完璧な成績。史上最多タイのGⅠ出走機会6連勝。最多獲得賞金。2000mのJRAレコードを保持。ワールドベストレースホースランキング1位。そして、着差という見た目の強さ。これほどの実績を持つ名馬は、過去を振り返ってもそうはいないだろう。

さて、年内の競馬開催はあと1ヶ月を残しているものの、このジャパンCが2023年のベストレースとする声も多い。もちろん、筆者もその意見に賛同する一人である。

各陣営が出走を続々と表明し、イクイノックスとリバティアイランドの初対決が決まってからいっそう盛り上がり始めた2023年のジャパンCが次に盛り上がったのは、11月23日14時の枠順発表だった。「二強対決」と称されたレースは数多くあったものの、よりによって、それら2頭が1枠に同居した例は、ほぼ記憶にない。

そして、レース当日。

この日の東京競馬場は薄曇りで陽が差さず、時折、小雨がぱらつくような天気。府中市の日中の気温は7度前後と非常に低く、体感温度はさらに低いようにも感じられた。また、場内は携帯電話の電波がなかなか繋がらず、お世辞にも観戦に適した環境とはいえなかった。

それでも午前中から場内は盛り上がり、直線の攻防が繰り広げられる度に、あちこちで一喜一憂する声が聞かれた。うつむきながら歩く人、暗い表情を浮かべる人はまるでいない。皆、一様に目が輝き、熱気を帯びていく場内。

その後、10レースが終了したあたりから徐々に緊張感が高まり始め、折からの寒さがそれを加速させた。しかし、ジャパンCの本馬場入場の際、全18頭の馬名がアナウンスされる度に歓声や拍手が沸き起こると、場内は温かい空気に包まれ、再び熱気を帯び始めた。

その盛り上がりは、スタート後、間もなくパンサラッサが大逃げを敢行したことでピークに達して一つになり、全18頭がゴール板を駆け抜けるまで2分近くも続いた。

そうだ、これだ。この雰囲気だ!

コロナ渦以降続いた入場制限が緩和されてから、1年半以上が経過した。その間に、競馬場への入場方法は大きく変化。今回のような超のつくビッグレースでは、入場券が売り切れることもしばしばで、残念ながら、かつてのように15万人近くの観衆が入場できることは、おそらくないだろう。

しかし、コロナ渦以降最多となる85,866人が生みだしたこの日の熱気は、間違いなく以前のそれに劣らないものだったといえる。

確かに、この日の主役は紛れもなくイクイノックスだった。ウイニングランで人目をはばからず涙したルメール騎手は、ひょっとすると、これが最後のコンタクトになるということを薄々感じていたのかもしれない。

プレッシャーから解放された安堵感と、相反する寂しさ。なにせ、世界最強の実力を保持したまま現役生活に別れを告げるのである。

ただ、他の17頭も、決して引き立て役に回ったわけではない。中でも、同馬のスタイルとはいえ、けれんみのない逃げで場内の盛り上がりを最高潮にし、直線入口では「もしかして……」と思わせてくれたパンサラッサ。三冠牝馬リバティアイランドにプレッシャーをかけつつ、イクイノックスも負かせる位置にポジションを取ったスターズオンアースは、その代表的存在といえるだろう。

また、自慢の持久力をいかんなく発揮しようと、2番手に位置したタイトルホルダー。牝馬2頭の直後につけダービーの再現を狙ったドウデュースと、同じ位置にいたディープボンドなど。

さらに、イクイノックスとパンサラッサが相次いで引退を発表したことで、このレースの価値はいっそう上がったといえる。近い将来、競馬ファンが酒を片手に「私、あの日、東京競馬場にいたんです」「ホントですか!実は、私もあの場にいたんですよ」と、語り合うような、伝説のレースに昇華していくことだろう。

それぞれの人馬と陣営がベストを尽くし、そこに場内の熱気が相まったことで生まれた感動の名勝負──。

イクイノックスが有終の美を飾った2023年11月26日。それは、日本の競馬が勝利した日でもあった。

写真:かぼす

あなたにおすすめの記事