「3強」のうちどの馬が勝つか。今年の天皇賞・秋は、スタート前からそんな雰囲気が例年以上に漂っていた。
とはいえ注目馬は「3強」だけではない。春の中距離王者ベラジオオペラを筆頭に昨年二冠を分け合ったソールオリエンスとタスティエーラに、前年の春の天皇賞を制しているジャスティンパレス、さらにはドバイ以来となるダノンベルーガや夏を戦い抜いたノースブリッジ、ホウオウビスケッツなど、色濃い古馬戦線の馬達が多数出走した。3歳馬ジャスティンミラノの回避こそ残念だったが、「3強」の存在を抜いても中距離王者決定戦に相応しいメンバーが府中の杜に集結していたのは間違いなかった。
だが彼らの存在がかすむほどに、ファンの目は「3強」の戦いに向いていた。
その一角である三冠牝馬リバティアイランドは約7か月ぶりの実戦。ドバイでは敗れたものの初の海外遠征にタフなレース、内有利と言われていた当日のメイダンの馬場で大外から追い込んできた走りはまさに「負けて強し」と言える。
昨年のジャパンカップでイクイノックスの2着に迫った実績も評価され、3強の中ではやや抜けたオッズで1番人気に推された。鞍上には当然、名コンビの川田将雅騎手。前週の落馬で騎乗の可否も心配されていたが、復帰した土曜日には騎乗した6鞍中5鞍で馬券圏内に入る安定感を見せており、影響は全く感じられなかった。
2番人気には宝塚記念6着から挑むグランプリホース・ドウデュース。
昨秋の天皇賞・秋は相棒の武豊騎手が当日まさかの負傷交代。代役を務めた戸崎圭太騎手と共に臨んだこのレースはかつてのライバル、イクイノックスに7着と敗れた。だがジャパンカップ4着の後に臨んだ有馬記念で武豊騎手に手綱が戻ると復活の勝利。中山の夕日に照らされた彼の姿は、まさに少年漫画の主人公そのものだった。今年の春は期待されたほどの成績は残せておらず、この秋での引退が表明されている彼にとってここからの秋古馬三冠ロードは勲章を加える最後のチャンス。負けられない戦いになると思われての2番人気だった。
「3強」最後の1頭がオールカマーを勝ち、エプソムCから重賞連勝で駒を進めてきたレーベンスティール。
母父トウカイテイオーの血を繋ぐ馬として早くから注目を集めていた同馬は、ここが初の国内G1参戦の舞台となった。跨るクリストフ・ルメール騎手はこの秋、絶好調。2週続けてG1を制覇している鞍上が、勢いの素質馬に乗る──。こうなれば期待を集めるのは当然で、数々の実績馬を抑えて3番人気に推されていた。32年前、祖父が7着に敗れたこの舞台で、雪辱を晴らすことはできるか。血のドラマという意味でも大きな注目を集めていた。
レース概況
7万人を超す大観衆が見守る中、コーナーの一番奥からゲートが開く。逃げると思われたノースブリッジがふらついたスタートで後方からのレースを余儀なくされるなど、ややごちゃついた状態で各馬が2コーナーへと向かっていった。
夏競馬を戦い抜き、前走の毎日王冠でも逃げ粘って2着となったホウオウビスケッツがここでもペースを作って行き、すぐ後ろの2番手にはシルトホルンとベラジオオペラ、昨年のダービー馬タスティエーラ。その横に帰ってきた三冠牝馬リバティアイランドが絶好位からレースを進めていた。
リバティアイランドを見ながらマテンロウスカイとダノンベルーガが続き、その後ろにステラヴェローチェ、ソールオリエンス、キングズパレス。直後にレーベンスティールとルメール騎手がいた。課題とされていた折り合いの悪さも、この日はそこまで顔を覗かせずに落ち着いて進んでおり、リズムよく進んでいるように映る。
前年、そのルメール騎手に導かれて春の天皇賞を制したジャスティンパレスがすぐ隣で、出遅れたノースブリッジが続く。そしてそのさらに後ろに、2番人気のドウデュースと離れてニシノレヴナントが最後方を追走。ドウデュースは前年の有馬記念と同様、後方から2番手の位置で脚を溜めていた。
1000mの通過タイムは59.9秒。過去2年、パンサラッサとジャックドールが引っ張った超ハイペースに比べればかなり落ち着いたと言える流れの中、最初に動いたのは女王リバティアイランドだった。外目からじわりと3番手に進出し、先頭を射程圏にとらえる位置まで押し上げ、526mの長い直線に向かう。
逃げるホウオウビスケッツとの差は僅かに1馬身ほど。ここから昨年のオークス同様、他馬を置き去りにする末脚を披露すると思ったファンは少なくなかったことだろう。
──が、坂の登りに差し掛かるリバティアイランドに、いつもの伸びがない。内から併せてきたベラジオオペラに突き放されるばかりか、後ろにいたタスティエーラの脚色が良い。そのまま女王は伸びることなく、馬群に飲み込まれていった。
3強のもう一角レーベンスティールも、まだ後方。エプソムCやオールカマーで見せた伸びが見られないまま、気づけば馬群は残り200mのハロン棒に差し掛かっていた。
逃げるホウオウビスケッツの脚色は鈍らない。追い込んでくるベラジオオペラ、タスティエーラも彼に並べるほどの末脚はないように見える。
このまま決まってしまうのかと誰もが思いかけた、その瞬間。
ヒーローは、遅れてやってきた。
有力馬2頭が伸びあぐねる直線を、1頭だけ力強く駆け上がってゆく。大外から次元の違う脚を繰り出して、ドウデュースが飛んできたのである。
競り合いに持ち込み、同じように伸びようとしたタスティエーラを置き去りにし、内で粘るホウオウビスケッツを一瞬でとらえ、先頭でゴール坂を駆け抜けたその走破タイム1.57.2は、2年前のイクイノックスを0.3秒上回っての勝利。
同世代のライバルの影が、確かに映るゴールの瞬間だった。
上位入線馬&注目馬短評
1着 ドウデュース
やはりドウデュースは強い。その一言に尽きる天皇賞制覇だった。
上り3Fは出走メンバー中唯一の32秒台。しかも、上位陣が先行した馬たちで決まる中ただ1頭、後方からの差し切り勝ちを決めている。展開もペースも関係ない、真に強い馬しか成し得ない芸当をあっさりとやってのけてしまっている。
後方一辺倒の競馬になりがちな点が不安材料の一つとして挙げられてはいたが、この勝ち方をされてはこの後に控えるジャパンカップ・有馬記念でも決して軽視はできないだろう。
5歳秋、完成の時を迎えたハーツクライ産駒としても、残る2戦に確かな伸びしろを残しているように思える。
2着 タスティエーラ
昨年の菊花賞を2着とした後は完全にスランプになり大不振に陥っていたものの、この大舞台でしっかりと巻き返し、第90代ダービー馬としての意地を見せた。
春は好位や中団から全く伸びきれずという競馬が多かったが、今回は先行してしっかり伸びきっており、春先までとは馬が違う印象。松山騎手は完璧に乗っており、今回は勝ち馬が強すぎたと言える。
休養中にすべてをリセットし、一からやってきたという話もあった同馬。復調なったとみてよく、次走以降も要注意な1頭になってくるのは間違いない。
3着 ホウオウビスケッツ
夏を戦い抜き、地道に力をつけた素質馬がここでも好走した。
競り合いになると思われていたノースブリッジやマテンロウスカイと競ることなく楽に逃げることができたのも好走の要因ではあるが、これで今年の成績は【2-1-2-0】。逃げてマイペースで立ち回る強さを覚え、二枚腰もかなりのもの。
一線級相手にも通用すると考えていいだろう。
8着 レーベンスティール
後方待機勢には向かない展開だった。
上り自体は33.2秒で速いものを使えており、後方有利の展開になればあっさり好走もあり得るだろう。
13着 リバティアイランド
13着というこの着順は休養明けの影響もあったか。当日の馬体重は昨年のジャパンカップ時に比べて22キロも増えていた。
次走の馬体がどうなっているかに注目が集まる。実力は間違いない。
総評
1000m59.9通過だが、後半1000mは11.9-11.8-11.1-11.1-11.5と息もつかない11秒台のラップ。このペースに関わらず先行勢のほとんどが上位を占めているのだから、馬場傾向的に前が有利だったのは間違いなく、それを差し切ったドウデュース1頭が抜きんでた強さを持っていたと考えていいだろう。終わってみれば「3強」ではなく「1強」であったと言える走りだった。
ハーツクライ産駒は3歳のクラシック時点よりも、古馬になって成長した後の方が爆発的に伸びやすい印象を持つ。かつてリスグラシューやジャスタウェイがそうであったように、成長した後は凄まじい強さを見せつけるのもまたこの産駒の特徴である。
ドウデュースの今回の勝利は今までとは一味違う。完全に覚醒したと捉えて良いのではないか。
騎乗していた武豊騎手は春・秋合わせて天皇賞15勝目と同時に、岡部幸雄元騎手が持っていた天皇賞最年長勝利の記録(2002年・シンボリクリスエス時に53歳11か月28日で勝利)も塗り替え、またしても不滅の大記録を作り上げた。
ドウデュース自身も、これで2歳時から4年連続のG1勝利。歩むことを止めない55歳のレジェンドが、ドウデュースと共に目指すのはゼンノロブロイ以来の秋古馬三冠だろうか。
有馬記念まで、一瞬たりとも彼らから目が離せない秋になりそうだ。
写真:s1nihs