昨今、有力馬が乱立しているがゆえに確固たる王者がいないといっていいマイル路線。今年は春の安田記念を香港のロマンチックウォリアーが制していたこともあって、例年以上に混戦模様となっていた。
そんな混戦に断をするべく、別路線から参戦してきたブレイディヴェーグがこのマイルチャンピオンシップで1番人気に支持された。
ここまで6戦4勝2着2回とキャリアすべてで連対を果たしてきた同馬は、前年のエリザベス女王杯以来11か月ぶりとなった前走の府中牝馬Sでも中間の頓挫などまるで感じさせない走りで快勝劇を演じると、連覇のかかるエリザベス女王杯ではなくさらなる活路を求めてこちらに出走を決めてきた。
自身初となるマイル戦、最内枠となる1枠など不安はあるものの、跨るのはこの秋既にG1・2勝のクリストフ・ルメール騎手ならば、そんな不安などは打ち破ってあっさり戴冠するのではという予感は強かった。
続く2番人気に昨年の覇者ナミュールが推される。藤岡康太騎手と共に制した昨年以降、勝ち鞍こそないものの香港マイルやドバイターフ、安田記念と世界の一線級を相手に好走は続けており、衰えなどは全く感じられない印象。先週のエリザベス女王杯で同世代の秋華賞馬スタニングローズを復活に導いたクリスチャン・デムーロ騎手を背に迎え、グランアレグリア以来3年ぶり7頭目となる連覇に向けて万全の態勢を整えてきた。
そしてわずかな差で3番人気に推されたのが、英国のチャリン。外国馬の参戦は2014年のイモータルヴァース、サプレザ以来10年ぶりのことである。当時の外国馬2頭も相当な実績馬だったが、チャリンは今年、ヨーロッパの主要マイルG1で大活躍を遂げ、彼らの実績すらも上回る名マイラー。鞍上も日本をよく知るライアン・ムーアを配しての本気度に、日本での走りは未知数ながら大きな評価を受けていた。
この3頭からややオッズは離れながらも「今度こそ」の想いは誰よりも強いソウルラッシュに、富士Sを制し波に乗るジュンブロッサムまでが一桁オッズでレースを迎えた。
レース概況
ジュンブロッサムがやや伸びあがるようにゲートを出たが、そのほかの馬は特に大きな出遅れもなくスタートを切る。
注目された先行争いは、前走同様バルサムノートがハナを切り単騎でレースを引っ張っていく。やや離されてレイベリング、ニホンピロキーフ、コムストックロードらが続いていき、その直後にフィアスプライド。それを見ながらブレイディヴェーグが先団に位置する。中団から進めた前走とは違い、同じ内枠だった前年のエリザベス女王杯のように構えてのレースを進めていく。
この態勢に何かを感じたか、内外それぞれからナミュールとエルトンバローズが少し早めに進出し、合わせるようにウインマーベルも上昇。後ろにいるオオバンブルマイと合わせて、彼女を取り囲んでの壁ができた。前週のエリザベス女王杯同様、1番人気に楽な競馬をさせないという意思の表れにも見える。
その後ろにマテンロウスカイ、ソウルラッシュ、セリフォスにアルナシームと続き、チャリンは後ろから3頭目。出遅れたジュンブロッサムとのさらに後ろにタイムトゥヘヴンが続く。人気各馬はやや後方よりの位置取りでレースは進んでいった。
800m通過は45.7秒とやや速い流れ。逃げたバルサムノートは11秒台のラップを刻むが、単騎で直線は迎えさせないと坂の下りで各馬が進出。一気に先頭との差が詰まる中、人気の3頭はナミュールが内、ブレイディヴェーグが中、チャリンが大外と三者三様の選択で直線を迎えていた。
立ち上がりで最初にバルサムノートを捉えて抜け出してきたのはニホンピロキーフとウインマーベル。だがその外からソウルラッシュが一気にその脚を伸ばし、叩き合いを演じる2頭を一閃。200mの標識で抜け出すと、後続との差をみるみるうちに広げ、独走状態に入っていく。
こうなると焦点が集まるのは2着争いで、粘るウインマーベルに脚を溜めていたエルトンバローズ、ブレイディヴェーグ、チャリンが殺到し、再び熾烈な叩き合いを繰り広げようとしていた。
だがその鍔迫り合いをよそに、鞍上の団野大成騎手はゴール50m手前で既に立ち上がり、スタンディングパフォーマンスで喜びを爆発させゴール坂へ飛び込んでいく。
22戦目、3回目の挑戦にして、ついに悲願のG1制覇を成し遂げて見せたのだった。
注目馬短評と上位入線馬短評
1着 ソウルラッシュ
マイルチャンピオンシップは3年連続3度目の挑戦だったが、4着→2着と2年続けて涙を飲んだこの舞台で、昨年と同じ33.6秒の上り3Fで見事雪辱。これまで歩んできた経験全てを爆発させたような末脚は、今後のマイル界の主役を決定づけるかのような走りだった。
これでソウルラッシュは1600m以下の出走かつ7枠以降の入枠時の成績は【4,1,2,1】。中団から末脚を爆発させるタイプだけに、外に持ち出しやすい枠が余程合うのだろう。今後も外枠に入った際は彼の走りに注目した方がよさそうだ。
2着 エルトンバローズ
近走のような先行策ではなく中団から進め、直線しっかり外から伸びて2着。今年の安田記念や昨年のマイルCSでも中団以降からだと伸びきれない印象だったものの、淀の外伸び馬場をしっかり駆使して差し込んできており、馬自身の進化を感じた。
前年4着から今年は2着。これで前年のソウルラッシュと全く同じ着順を歩んだことになる。気は早いが、来年は大いに期待できるのではないだろうか。
3着 ウインマーベル
スタートしてすぐはブレイディヴェーグをマークするような位置にいたが、後続が押し上げると見るや先団まで押し上げ、絶好のタイミングで仕掛けて奮闘。低評価を覆す3着に入線した。
初の1600m戦ということも手伝っていたのか、今年は大きく崩れていない馬ながら人気はしていなかった。母のコスモマーベラスも現役時代の晩年はマイルから中距離を走っており、成長した今ならマイルもこなせそう。
鞍上の松山弘平騎手はこの秋、G1ではタスティエーラに続いて2度目の人気薄での馬圏内入線とかなり好調。過去の戦績と照らし合わせ、彼の騎乗馬が不当に人気していないようなら今後も要注意か。
4着 ブレイディヴェーグ
生涯初の馬券圏外に敗れた同馬だが、初マイル、包まれやすい内枠と不利な条件。実際、道中も壁を作られ、勝負所も各馬に寄られスムーズとは言い難い競馬だった中での4着なのだからかなり価値があると言っていいだろう。
父ロードカナロアは京都を含む中央4場にはかなり強い。今後この経験を活かすことができれば、来年のヴィクトリアマイルではより面白い存在になっているのではないだろうか。
総評
800mの通過は45.7秒で、これは昨年と比べても0.8秒速く、過去10年でも2番目に速い時計だった。
改修前の京都では46秒後半から47秒台の800m通過が平均であり、改修後はかなり高速化しているとみていい。ゆえに前日までは先行有利の予想だったが、一転してレースはかなりの消耗戦。中団以降から進め、さらに外を回した馬達に有利な流れとなった。
そんな中勝ち切ったソウルラッシュは、ダノンシャーク以来10年ぶりとなる6歳でのG1制覇。ちなみに過去10年で最も速かった前半800mの通過もこのダノンシャークの年であり、彼同様道中10番手からの戴冠となった。さらに前年馬券圏内からの巻き返しも全く同様という奇縁にあふれている。
ダノンシャークはこれが現役時代最後の勝ち星となり勝利を挙げることはできなかったが、果たしてソウルラッシュはどうか。年齢を考えると引退もあり得るかもしれないが、血統的には同じく6歳で今年初G1を成し遂げているテーオーロイヤル、ペプチドナイルらと同じ母父マンハッタンカフェであり、まだまだやれてもいい印象。マイル界の統一を成し遂げた同馬が、来年も王座に君臨する可能性は十分あるだろう。
また、父ルーラーシップはこれで国内G1・3勝目。2022年のドルチェモアの朝日杯FS以来となるG1制覇となった。そのドルチェモアは先週、大井競馬への移籍が発表され中央を去ることに。また同父の産駒はヘデントールやマスクトディーヴァなど、この秋期待されながら惜敗に終わったり現役に別れを告げたりという馬が多く、なんとも歯がゆい秋となっていた。その悔しさをここまで幾度も涙をのんだソウルラッシュが晴らしたのだから、ルーラーシップにとっても嬉しい報告だったに違いない。
そしてこの世代は今年これで古馬G1をフェブラリーS、天皇賞・春、ヴィクトリアマイル、安田記念、マイルCSと5勝。マイルG1に至っては完全制覇を成し遂げ、まさに老いて益々盛んの「おじいちゃん世代」だ。まだまだ若い者には負けないと言わんばかりにこの後のG1戦線でも多数の実力馬が控えている。ソウルラッシュ含め、彼ら世代の今後に注目は尽きない。
写真:RINOT