![[重賞回顧]馬を信じ、己を信じて人馬一体となったクロワデュノール&北村友一騎手が、完璧なレースで7950頭の頂点に~2025年・日本ダービー~](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2025/06/IMG_6429.jpeg)
2022年に生まれた7950頭の頂点を決める日本ダービーは、すべてのホースマンにとって目標であり、夢と憧れの舞台。一方、馬にとっては生涯一度の晴れ舞台で、我々ファンにとっても特別な日といえるだろう。
普段は競馬を見ない人でもダービーだけは見る、馬券を買うという人は少なくない。一年を締めくくる有馬記念にも似た側面があるが、2歳新馬戦のスタートを翌週に控えたダービーも、年度を締めくくるレースといえるだろう。
そのダービー当日は、東京競馬場はもちろん、他の競馬場やウインズにも朝から独特の雰囲気と緊張感が漂っている。ただ、それが重苦しいということはなく、すれ違う人々の表情はどこか晴れやか。適度に心地良い緊張感を楽しみつつ、世代の頂点が決まる瞬間をしっかり目に焼き付けようと高鳴る気持ちが、スタート前の最高の雰囲気を作り出す。さらに、全人馬が力を発揮できたような好レースであれば、勝者を称えるゴール後の雰囲気はいっそう素晴らしいものとなる。
そんな世代の頂点を決める大一番のスタートラインに立ったのは18頭。そのうちの3頭に人気が集まる中、クロワデュノールがやや抜けた1番人気に推された。
6月東京の新馬戦を好タイムで完勝したクロワデュノールは、5ヶ月の休養をはさんで出走した東京スポーツ杯2歳Sと年末のホープフルSも連勝。無敗で2歳王者の座に就いた。
それ以来4ヶ月ぶりの実戦となった皐月賞は2着に敗れるも、向正面で不利を受け、その後、早目に仕掛けたことで最後は差されたという内容。休み明け2戦目となる今回は上積みも見込め、2戦2勝と得意の東京で再び世代の頂点に立つことが期待されていた。
これに続いたのがミュージアムマイル。
デビュー戦こそ出遅れが響いて3着に敗れるも、未勝利戦と黄菊賞を連勝したミュージアムマイルは、朝日杯フューチュリティSでも2着に好走。その後、今季初戦の弥生賞ディープインパクト記念こそ4着に敗れたものの、皐月賞で大本命クロワデュノールを差し切り一冠目を手にした。
ジョアン・モレイラ騎手から手綱を引き継いだのは、同じ乗り替わりで2023年のダービーを制したダミアン・レーン騎手。史上25頭目の二冠制覇が期待されていた。
そして、僅かの差で3番人気となったのがマスカレードボールだった。
デビュー2連勝でリステッドのアイビーSを制したマスカレードボールは、GⅠ初制覇を懸けたホープフルSで大外枠が響いたか11着。よもやの大敗を喫してしまった。
それでも、今季初戦の共同通信杯で重賞初制覇を成し遂げると、4コーナー13番手から追い込んだ皐月賞は、クロワデュノールとタイム差なしの3着に好走。2戦2勝の東京に舞台を移す今回は、キングカメハメハ、ドゥラメンテから続く父仔三代ダービー制覇が懸かる一戦でもあった。
以下、デビュー3連勝で毎日杯を制したファンダム。前走の皐月賞は5着と健闘し、レジェンド武豊騎手と新たにコンビを組むサトノシャイニングの順で人気は続いた。
レース概況
ゲートが開くと、トッピボーンとファウストラーゼンはダッシュがつかず後方からの競馬。一方、前は内からショウヘイ、大外からサトノシャイニングがいこうとするところ、勢いのついたホウオウアートマンが、1~2コーナー中間で先手を奪った。
先頭から4馬身差の好位4番手をクロワデュノールが確保し、その後ろのインにファンダム、外にファイアンクランツ、間にエムズが位置。1馬身半離れた中団はリラエンブレム、ジョバンニ、マスカレードボールが横一線となり、ミュージアムマイルはレディネスを挟んだ12番手を追走。そこから2馬身半離れた後方にカラマティアノス、エリキング、ニシノエージェント、ドラゴンブースト、トッピボーンがほぼ1馬身間隔で続き、3馬身差の最後方にファウストラーゼンが控えていた。
1000m通過は1分0秒0のミドルペース。この時点で、先頭のホウオウアートマンは後続を6馬身ほど引き離して逃げていたため、全体は25馬身以上とかなり縦長の隊列になった。それでも、この後に長い直線を控えているからか、皐月賞のようにマクりをかけるような馬はおらず、隊列に大きな変化はないままレースは直線勝負を迎えた。
直線に入ると、4コーナーで差を詰められていたホウオウアートマンがもう一度後続を引き離すも、サトノシャイニングとクロワデュノールが追い上げを開始。その後、残り300mを切ったところでクロワデュノールが先頭に立つと、2番手以下を徐々に引き離しにかかった。

2番手は、サトノシャイニングが粘るところへショウヘイとマスカレードボールが迫り、勢いに優るマスカレードボールが残り50mで単独2番手に上がってさらに前を追ったものの、馬体を完全に併せるまでには至らずクロワデュノールが1着ゴールイン。4分の3馬身差でマスカレードボールが続き、1馬身半差3着にショウヘイが入った。
良馬場の勝ち時計は2分23秒7。皐月賞の雪辱を果たしたクロワデュノールが、完璧な内容で着差以上の完勝。見事、7950頭の頂点に立った。

各馬短評
1着 クロワデュノール
3歳馬と思えないほど落ち着いた雰囲気でパドックを周回し、スタート後すぐ、最大の武器ともいえるセンスの良さを発揮。五分のスタートからスッと好位を確保すると、結果論とはいえ、1コーナー進入時に勝負ありといってもいいような立ち回り。その後も、ゴールまで寸分の隙もないレース運びで、危なげなく勝利した。
レース後、北村友一騎手が「負けるイメージが全然なかった」と語ったとおり、皐月賞で敗れた馬がダービーで雪辱したケースは数あれど、その中でこれほど完璧な内容で勝ち切った馬もそうはいない。
2着と4分の3馬身差は、見た目には僅差でも完勝。毎度派手な勝ち方ではないものの、テイエムオペラオーに通ずるような強さがある。

2着 マスカレードボール
勝ち馬を最後まで追い詰めたものの、今回に関しては着差以上の完敗。ただ、枠順の有利不利がなかったわけではなく、さらに1、3、4着馬はすべて先行していた馬たち。枠順が逆なら……と思わせるような内容だった。
父ドゥラメンテ×母父ディープインパクトという、新旧リーディングサイアー同士の配合。少なくとも東京競馬場で大崩れする場面は想像しにくく、天皇賞(秋)やジャパンCなどのビッグレースでクロワデュノールや強豪古馬と対戦することがあっても、再び好勝負してくれるのではないだろうか。
3着 ショウヘイ
僅かに好スタートを決め先行。クロワデュノールを前に見てインでじっくりと脚を溜め、迎えた直線は2頭にやや離されたものの十分に見せ場を作った。
具合が良くなかったきさらぎ賞は4着に敗れるも、復調した前走は完勝。今回は、そこから中2週というタイトな間隔でも問題にせず、クロワデュノールに次ぐ世代第2グループの一頭であることを証明した。
父サートゥルナーリアが現役時、最も強い競馬をしたと筆者が思っているのは神戸新聞杯であり、そこに出てくれば好勝負必至。まだ成長の余地があり、さらにその先も楽しみは広がる。
レース総評
レース当週からCコースへ替わった東京競馬場は、金曜日に24.5ミリ、土曜日に20ミリの雨を観測。とりわけ、土曜日の14時半頃に強まった雨は、落雷の可能性も相まって9レースが取り止めになったほど。その1時間後におこなわれた10レースの古馬2勝クラスは、1600mで1分35秒9と時計を要した。
ところが、そんな状況からでも、天気さえ回復すれば急速に馬場が乾くのが今開催の特徴。ダービー当日は稍重でスタートしたものの、14時前に良へ回復すると、10レースの古馬3勝クラスは、1800mで1分44秒6と速いタイムがマークされた。
そのような馬場コンディションでおこなわれたダービーは、大外からサトノシャイニングがいく構えを見せるも、1、2コーナー中間で先手を奪ったホウオウアートマンが、徐々に後続を引き離していく展開。1000m通過は1分0秒0のミドルペースでも、2番手以下はやや遅い流れ。そして、最後は多少馬力を要したものの、どちらかといえば瞬発力勝負となり、ミュージアムマイルやエリキングなど、中団より後ろに構えていた馬たちにとっては厳しい展開だった。
勝ったクロワデュノールはキタサンブラック産駒で、母の父は名種牡馬ケープクロス。直仔からは、ウィジャボード、シーザスターズ、ゴールデンホーンと欧州の年度代表馬が3頭も誕生しており、母の父としても、前述のウィジャボードの仔オーストラリア(父ガリレオ)や、マサー(父ニューアプローチ)が英ダービーを制覇。2009年の日本ダービーを制したロジユニヴァースも、母の父はケープクロスである(父はネオユニヴァース)。
また、母ライジングクロスがクロワデュノールを産んだのが19歳と高齢だったのも特徴の一つといえるだろう。
一方、鞍上の北村友一騎手はデビュー20年目、管理する斉藤崇史調教師は開業10年目でのダービー初制覇。このコンビといえば、グランプリ3連覇を含むGⅠ4勝の名牝クロノジェネシスだが、グランプリ3連覇が懸かった2021年の宝塚記念の1ヶ月半前、北村友騎手は落馬事故に見舞われ、復帰までに1年以上を要する大けがを負ってしまった。
それでも、懸命なリハビリとトレーニングの末、翌年6月に復帰すると、2024年のファルコンSで自身3年ぶりの重賞制覇。さらにそこから5つの重賞タイトルを上乗せし、年末のホープフルSで4年ぶりのJRA・GⅠ制覇を成し遂げ完全復活をアピールしたが、レース後、インタビューで感極まった北村友騎手の姿に心打たれたファンは決して少なくなかった。
一転、圧倒的な支持を集めた皐月賞で2着に敗れ、それでもなお人気を背負う立場になった今回、北村友騎手や斉藤崇調教師をはじめとする陣営には、想像も出来ないほどのプレッシャーが懸かっていただろう。
ところが結果は、その重圧に押しつぶされるどころか、むしろそれを力に変えたような内容。これ以上なくキレイで隙のない見事な競馬だったが、この完璧な勝利を生み出したのは、北村友騎手がレース後に強調した「馬を信じること。自分を信じること」。そして「人馬一体」となったことだろう。
また、こういった流れがあったからこそ「ここに至るまでの過程すべてに意味があった」という言葉はなおさら重く、そう語る北村友騎手は、込み上げる感情を必死に抑えているようにも見えた。ただ、その目に涙は無く、あくまでここは通過点とばかりにその先をずっと真っ直ぐ見つめる姿が印象的だった。

写真:s1nihs