かつて夏の名物だったプロキオンステークスは“東海ステークス”へ、冬の東海ステークスは“プロキオンステークス”へ──。
名称が入れ替わっても、この舞台の熱気は変わらない。
これまで7月開催のダート1400m重賞として親しまれてきたプロキオンステークスが、重賞再編により「東海ステークス」と名を変え、この夏に舞台を整えた。開催地は中京、距離はそのまま1400m。
名称こそ変わったが、ここには確かな“スピード決戦”の記憶が息づいている。
前年2024年は阪神競馬場改修に伴う日程変更で小倉1700mで施行され、ヤマニンウルスが逃げ切り勝ちを収めた。一方、2023年は中京1400mでの開催となり、ドンフランキーが逃げて押し切る内容でスプリンターとしての資質を証明。
今回の東海ステークスは、その2023年以来となる中京1400mでの開催だ。
注目は、昨年のプロキオンS勝ち馬・ヤマニンウルス。
阪神1400mのリステッド競走、コーラルSでは59キロを背負って0.1秒差の4着、斤量57キロで走れる今回は逃げ脚を武器に1年ぶりの勝利を狙う。
ペースメイクを託されるのは主戦・武豊騎手。ここでも名手の手綱さばきが鍵を握る。
芝からダート1400mに転じて破竹の4連勝を飾ったのが、重賞3勝馬シャケトラの半弟ビダーヤ。
1勝クラスから一気にオープンまで駆け上がり、ついに重賞の舞台へ。充実ぶりは目を見張るものがあり、この勢いのまま一線級と肩を並べられるか。
安定感なら、サンライズフレイムも負けていない。
13戦して5着以下無しという堅実さに加え、2年前には同じ中京1400mで2勝クラスを勝利。同条件のリステッド競走、エニフステークスでも59キロを背負って好走した。今回は持ち味を存分に活かせる条件での重賞挑戦だ。
名を変え、距離と舞台を定めたこの夏の東海ステークス。
それぞれの立場と思惑を乗せたスピード自慢たちが、火花を散らそうとしていた。
レース概況
ゲートが開くと、まず目に入ったのはオメガギネスの出遅れだった。ややもたついたスタートから後方に置かれたが、すぐさまインコースへ進路をとり、巻き返しの構え。一方、芝スタートを最も鋭く切ったのはリジル。気合をつけられながらダートへ飛び込むと、そのまま逃げの形を取る。
ロードエクレールが2番手、エートラックスが3番手。注目のヤマニンウルスは外の4番手から、ぴったりと馬群を見る位置。すぐ外にはライツフォル、最内にはアドバンスファラオ。中団にはインユアパレス、ビダーヤ、コンクイスタが横一線に並び、やや後方にイグザルト。さらにその後ろには、同じ勝負服のサンライズホークとサンライズフレイム、ダノンスコーピオンが控え、最後方からはいつものようにアルファマムが機を窺う。
3コーナー、逃げるリジルが後続との差を一気に広げようとペースを緩めずにコーナーに突入する。
だが、悠然とその背を追いかける1頭がいた──ヤマニンウルスだ。昨年この時期のプロキオンSを制したときと同じように、自ら仕掛けて勝ちに行く競馬。武豊騎手のタイミングは完璧だった。
直線入口でリジルが脚色を失いかけるなか、ヤマニンウルスは“持ったまま”の手応えで並びかけると、そのまま巨体を揺らして一気に抜け出す。外ではインユアパレスが馬群を割って追い出しを図り、ビダーヤは進路が開けるのをじっと我慢。内からはオメガギネスが岩田康誠騎手らしいイン突きで懸命に脚を伸ばす。
だが、先頭の背中はもう見えなかった。3馬身半の差をつけて、武豊騎手とヤマニンウルスがゴールへ飛び込む。その手には、力強いガッツポーズ。
2着争いはインユアパレスが制し、ビダーヤが僅差で3着を確保。出遅れからインを立ち回ったオメガギネスが4着、3コーナーからロングスパートを仕掛けたサンライズフレイムも最後までしぶとく脚を使って5着と、しっかり掲示板を確保してみせた。
各馬短評
1着 ヤマニンウルス 武豊騎手
勝ち方は変わっても、内容はまさに“いつものヤマニンウルス”だった。
昨年のプロキオンステークスは小倉1700m、今回は中京1400mと舞台は大きく異なったが、番手から抜け出すという勝ちパターンは不変。左右の回りも距離も異なる中で、自分の競馬を貫いた姿は見事だった。
スタート直後からリズム良く追走し、直線では“持ったまま”の手応えで悠然と先頭へ。3馬身半の着差をつけて、完全復活を印象づける快勝だった。
コーラルSでは59キロを背負っての僅差4着だったが、今回は2キロ軽い57キロ。条件が整えば、これだけのパフォーマンスを発揮できることを改めて証明した。初装着のブリンカーも効果を発揮したかもしれない。
そしてこの勝利で、“ヤマニンきょうだい”の存在感が一段と際立つことになった。北九州記念では、半弟ヤマニンアルリフラが勝利し、半姉ヤマニンアンフィルも4着に健闘。
レース前の最終追い切りでは、そのアルリフラと併せ馬を行って仕上げられており、刺激を受けたように見える。さらに兄ヤマニンサンパも8月の新潟開催での出走を控えており、4頭のきょうだい全員が現役という希有な状況。2025年の夏競馬は、まさに「ヤマニンの季節」と呼ぶにふさわしい。
きょうだいに負けじと、堂々とダート重賞を制したヤマニンウルス。改めて、この馬こそが“中心”であることを証明する一戦となった。
2着 インユアパレス 川田将雅騎手
勝ち馬には離されたものの、内容としては胸を張れる2着だった。道中はヤマニンウルスの真後ろという、鞍上・川田将雅騎手ならではの理想的なポジションを確保。隊列の中でしっかり脚を溜め、直線では馬群の隙間を突いて力強く抜け出した。
ダートでは今年から1400mに挑戦、まだオープン勝ちはないが、今回のように重賞の舞台で強豪相手に好走できたことは大きな糧になるだろう。また、川田騎手とは今回で4度目のコンビ。中京1200mでの勝利経験もあり、舞台適性とコンビの呼吸は既に確立されつつある。
展開や位置取りひとつで勝ち負けに加われる確かな資質。
今後のスプリント戦線でも、要注目の存在となるはずだ。
3着 ビダーヤ 坂井瑠星騎手
勢いそのままに、重賞の舞台でも堂々たる走りを見せた。芝からダート1400mへと矛先を変えて以降は破竹の4連勝。オープン入り直後の重賞挑戦という立場だったが、馬群の中で動じることなく脚を溜め、直線では開いた外めの進路からしっかりと伸びてきた。
これまでのような余裕のある勝ち方こそできなかったが、末脚を繰り出すタイミングを待たされての3着は評価できる内容。重賞でも十分に通用する地力を示した。
母は名繁殖サマーハ、そして半兄はG1戦線を目指しながらも志半ばでターフを去ったシャケトラ。
その血を引くビダーヤは、芝からダートへ、そして距離短縮という変化の中で自らの道を切り拓いてきた。
兄が果たせなかった“G1タイトル獲得”という夢を、ダートスプリント路線で実現する可能性を大いに感じさせる一戦だった。
5着 サンライズフレイム 菱田裕二騎手
勝ち切るには至らなかったものの、今回もその安定感は健在だった。
外枠からのスタートで終始外を回らされる形となり、3コーナーからは早めのスパートでポジションを押し上げる苦しい競馬。それでも最後までしっかりと脚を使い、掲示板をしっかり確保した内容は評価に値する。
今回の敗因は、まさに勝ち馬ヤマニンウルスのペースに乗せられてしまったことに尽きる。
番手から抜け出した馬に対し、外を回って追いかける立場となったぶん、脚を削られる展開になってしまった。とはいえ、これでデビューから14戦連続で掲示板を確保。タフな条件でも崩れずに走れるのは、何よりの武器だ。
なお、半兄には全日本2歳優駿を制したドライスタウトがいる良血馬。
先行抜け出しタイプの兄とはタイプこそ異なるものの、息の長い末脚とレースセンスは一級品。
今後もメンバーや展開次第でチャンスは十分ある存在だ。
ヤマニンウルスやビダーヤのように、この馬もきょうだいの背中を追いかけて走る競走馬だ。
レース総評
数年の変則開催を経て今年から施行された新生・東海ステークス。
距離も名前も変わったこの夏の重賞を制したのは、変わらぬ“自分の競馬”を貫いたヤマニンウルスだった。
昨年のプロキオンステークスでは小倉1700m、今回は中京1400m。左右の回りもコーナー数も違う中で、それでも結果だけは同じ──2番手から抜け出して押し切る、いつもの勝ちパターンだった。
レース名も距離も異なるが、1年ぶりの勝利で2つ目の重賞タイトルを獲得。
この勝利で、ダート路線における立ち位置を確固たるものとしただけでなく、夏の短距離重賞で3きょうだいがそろって好走という“ヤマニンパピオネ産駒”の快進撃をも象徴する一戦となった。
その背中を追うように、初の重賞挑戦で地力を示したビダーヤや、川田将雅騎手との呼吸が冴えたインユアパレス。さらに、常に安定感ある走りを見せるサンライズフレイムと、各馬が持ち味を存分に発揮したレースでもあった。
リズム良く運べば、これだけ強い──それを改めて証明したヤマニンウルス。
ダート重賞路線の中心として、そして“夏の顔”として、これからの重賞戦線をどこまで駆け上がっていくのか。その走りに、ますます目が離せない。