![[重賞回顧]届くか、逃げ切るか。灼熱の中京”駆け引きの美学”~2025年・中京記念~](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2025/08/IMG_0828.jpeg)
真夏の暑さが容赦なく照りつけた中京競馬場。
気温35度を超える猛暑日のもと、サマーマイルシリーズの第3戦・中京記念が行われた。
開催日程の都合で小倉競馬場や阪神競馬場で行われた年もあったが、今年はそのレース名の通り、中京競馬場のマイル戦での施行。さらに、関屋記念との開催順が入れ替わり、負担重量もこれまでのハンデ戦から賞金別定へと改められたことで、“波乱含みの夏の一戦”から、“実力が問われるマイル決戦”へと装いを変えようとしている。
マイルチャンピオンシップ2着からの復帰戦に臨むエルトンバローズ。
東京新聞杯で引退直前の河内洋調教師に花を添え、石橋守厩舎での重賞2勝目を狙うウォーターリヒト。
クラシック三冠を完走したのち、札幌ではなく尾張のマイル戦を選び、朝日杯2着の舞台に近い距離で新境地を拓こうとするエコロヴァルツ。
新設重賞・しらさぎステークスを勝ち、シリーズチャンピオンを射程にとらえるキープカルム。
それぞれの目標を胸に、12頭が灼熱のゲートへと歩を進めた。
レースは、夏競馬らしく"挑戦者たち"が大健闘を魅せる結果になった。
レース概況
ゲートが開くと、坂井瑠星騎手騎乗のエコロヴァルツが軽快に飛び出し、全体として大きな出遅れもなく隊列が形成されていく。内枠を利して、関屋記念に続く逃げを狙ったシンフォーエバーがスッとハナを奪い、52kgの軽量を背負うマピュースが2番手で追走。
トランキリテは最内を確保しつつ末脚に賭ける構えを見せ、注目のエルトンバローズがその外の4番手。エコロヴァルツも出たなりで5番手付近につけた。中団にはセブンマジシャン、ブルーミンデザイン、コレペティトールが並び、その後ろにジューンオレンジ。キープカルムとウォーターリヒトは後方で末脚の爆発を待ち、最後方からメイショウシンタケがじっと機をうかがう。
レースは前半800mを通過しても隊列に大きな変化はなく、全体としては淡々としたスローペースに。
各馬が逃げるシンフォーエバーを過度に意識することはなく、ある種の“油断”すら感じられる展開となった。シンフォーエバーはその隙を見逃さず、軽快に、そして自らのリズムでペースを支配する。
直線に入っても先頭をキープし、残り300mでも脚色は衰えない。
外に持ち出したマピュースがいよいよ追撃を開始し、その背後からはジューンオレンジが間隙を縫って脚を伸ばしてくる。最内を突いたウォーターリヒトも上がり最速の末脚で食い下がるが、先行勢との差を詰めるにはやや展開が厳しかった。
気分良く逃げる形に持ち込み、残り100mまで粘りに粘ったシンフォーエバーを、最後にとらえたのは2番手で虎視眈々と追いかけていたマピュース。ゴール寸前でクビ差だけ交わし、悲願の初重賞タイトルを手にした。
鞍上・松若騎手のペースメイクが光ったシンフォーエバーだったが、惜しくもあと一歩届かず。さらに続く2列目から進路が空いたジューンオレンジが、鋭い脚で差し込み、エコロヴァルツとの接戦を制して3着を確保した。
出走12頭中10頭が”33秒台”の末脚を繰り出した「スローペースからの超瞬発戦」。
そのなかで、前々から勝負に出たマピュース、そしてスペースを見逃さず差してきたジューンオレンジの鞍上の判断力が冴えた一戦だった。

各馬短評
1着 マピュース 横山武史騎手
主戦を務めていた田辺騎手とのコンビでは中団からの差しに活路を見出していたが、今回は最内枠から一転、好位2番手での立ち回り。逃げるシンフォーエバーを常に射程圏に入れつつ、追い詰めていく堂々たる内容だった。
鞍上の横山武史騎手は札幌開催での有力馬騎乗を控えるなか、あえて中京でこの馬を選択。
勝負手だったことは明らかで、その期待に応える見事なエスコートだった。
これまでクイーンC2着、桜花賞4着、NHKマイルC7着とマイル路線で健闘してきた実績馬。
今回は休み明け初戦ながら落ち着きある立ち回りで、ゴール前ではまるで計ったようなタイミングで差し切ってみせた。
3歳牝馬ゆえの52キロという斤量ももちろん味方したが、それだけで勝てるほど甘くはないレース。新馬戦勝ちから1年足らずで重賞制覇という鮮やかな上昇カーブは、秋の大舞台を見据えても十分な内容だ。
2着 シンフォーエバー 松若風馬騎手
関谷記念では江田照男騎手とのコンビで逃げて10着に敗れたが、今回はその反省を活かすように、自らのリズムでマイペースの逃げに持ち込み、ゴール寸前まで先頭を譲らない大健闘を見せた。
「逃げ馬に乗ったら怖い鞍上」のリレーとも言える、江田騎手から松若騎手へのバトンタッチで、サマーマイルシリーズに嵐を呼んだ1頭。春には海外遠征で大レースを経験し、帰国後も連戦の疲れを見せず元気な走りを披露。
今回も各馬が33秒台の末脚で追いすがるなか、最後の600mを34.0秒でまとめて押切を図った脚は立派。
次走以降はマークが厳しくなるかもしれないが、マイペースならば再度の逃走劇も十分に期待できる。
3着 ジューンオレンジ 吉村誠之助騎手
道中は馬群の後方で脚を溜め、コーナーでもギリギリまでロスを抑える立ち回り。
直線では勝ち馬マピュースが通った進路をなぞるように伸び、僅差の3着をもぎ取った。
上がりはメンバー最速タイの33.3秒。末脚自慢のウォーターリヒトやキープカルムと同じ脚を使いながらも、わずかに着順で上回れたのは、鞍上・吉村誠之助騎手のポジショニングと判断力の妙だろう。
兄には東京ハイジャンプを3連覇したジューンベロシティ、弟には京都新聞杯を制して神戸新聞杯でも2着に入ったジューンテイクと、兄弟に多方面で重賞実績馬がいる良血馬だ。
追い込み脚質ゆえに展開に左右されやすいが、今回は極端なスローペースという条件下でも見せ場十分の走り。マイル路線での続戦が叶えば、昨年5着の実績ある京成杯オータムハンデキャップは再び浮上の舞台となるはずだ。
7着 ウォーターリヒト 菅原明良騎手
鞍上の菅原明良騎手は、前走・関谷記念で人気薄のオフトレイルを2着に導いた立役者。
レコード決着となったレースでは、勝ち馬カナテープとタイム差なし、ボンドガールと同着という激戦を演出した。
今回はウォーターリヒトとのコンビで再現を狙い、末脚に秀でたウォーターリヒトで迷わず追い込み策を選択。道中は後方でじっくり構え、ロスを最小限に抑えるべく最内を突いて末脚を引き出した。
鞍上も馬も得意とする形で、上がりはレース最速タイの33.3秒を記録。
勝ち馬とはわずか0.4秒差。位置取りの差もあり、届くには32秒台の脚が求められるような展開ではさすがに分が悪かったが、それでも地力の高さを示した内容だった。
東京新聞杯の勝利、そして今回のパフォーマンスからも、末脚が存分に活きる舞台であれば再び勝ち負けに加わってくるはず。東京新聞杯と同じ東京芝1600mが舞台となるGⅡ富士ステークスに進むなら、今度こそ差し切りを狙えるはずだ。
8着 エルトンバローズ 川田将雅騎手
昨年のマイルチャンピオンシップ2着馬が、骨折明けの復帰戦。
主戦の西村騎手が戦線離脱中のため、新コンビ・川田将雅騎手とのコンビで挑んだ1戦だった。
スタートからスムーズに好位をキープし、折り合いも問題なくレースを進めたが、いざ直線ではもうひと押しが利かず、伸びあぐねるかたちに。
とはいえ、上がりは33.8秒を記録しており、展開がまったく向かなかった中で、58kgの別定斤量を背負っての走破と考えれば、まずまずの復帰内容だったと言えるだろう。
春を棒に振ったぶん、陣営としても焦らず、まずは無事に走り終えることを重視した一戦だったはず。
次走こそは本来の力を発揮し、マイルチャンピオンシップで“3度目の正直”を狙う秋へ──。この敗戦が、その飛躍の布石となることを願いたい。
レース総評
猛暑の中で行われた今年の中京記念は、レース全体が“静かなる駆け引き”と“瞬発力の応酬”によって彩られた一戦だった。
主導権を握ったのはシンフォーエバー。関谷記念では早めに捕まり10着に沈んだが、今回はその反省を活かし、自らのリズムで淡々としたペースに持ち込む。全体が一団のまま進む中、巧みな逃げでゴール寸前まで先頭を守る粘りを見せた。
その逃げを虎視眈々と追いかけたのがマピュース。最内枠から果敢に2番手をキープし、ゴール前でタイミング良く脚を伸ばして差し切り勝ち。鞍上・横山武史騎手は札幌記念にも騎乗経験のある馬たちがいる中でこの一頭とコンビを組み、その期待に応える見事なエスコートだった。
3着にはジューンオレンジが差し込み、人気のエルトンバローズやウォーターリヒトもそれぞれの形で力を示した。勝ち馬含め、上位10頭がすべて上がり33秒台という瞬発力勝負のなか、着順の明暗を分けたのは、ほんのわずかな進路と位置取りの差であろう。
確かな技術と判断、そして完成度が問われた真夏のマイル戦。軽量3歳牝馬の台頭と巧みな逃げの妙が交錯する、まさに“記憶に残る一戦”と言えるだろう。
写真:よるぼん(@Jordan_Jorvon)