ローズバド~薔薇一族の蕾~

我々がゲームで馬名を考える際、基本的にまずは性別や血統から考える人が多いのではないだろうか。
その中には冠名をつける人や、何らかのこだわりを持ってつける人もいるだろう。少なくとも、私はそうだ。
それは現実でもそれほど変わらないものらしく、日本にも様々な“一族”と呼ばれる血統、そして馬名が存在する。

その中でも馴染み深いひとつが、『薔薇一族』だ。ローザネイから脈々と受け継がれ、薔薇の意味を含む名を持つ彼ら・彼女らの血に魅了されているファンも多数いる事であろう。

──今でこそ聞かなくなったが、この一族にはある『呪い』があると言われていた。
それは『G1を勝てない』という、ありがたくない呪いである。
そのジンクスが囁かれるようになったきっかけの一頭が、豪脚を持つ淑女・ローズバドである。

一族の起源は1993年、フランスから輸入されたローザネイ(意:薔薇の妖精)。
1番仔のロゼカラー(意:薔薇色)が新馬、デイリー杯3歳S(当時)と連勝し、クラシックでも活躍した。その他にも重賞5勝のロサード(意:薔薇色の)や重賞3勝のヴィータローザ(意:薔薇色の人生)を産み、活躍の礎を作った。

そしてロゼカラーが繁殖入り後、名種牡馬サンデーサイレンスとの間に産んだ初子こそローズバド(意:薔薇の蕾 社交界デビューする若い女性のたとえ)である。

ロゼカラーは、母同様、栗東の橋口弘次郎師の下に預託。
血統的な評価から当然のように期待を受けた馬だったが、ゲート難で調整が遅れ、デビューは11月の京都までずれ込んだ。

そのデビュー戦では、後に重賞戦線で活躍するミレニアムバイオ、ダービーレグノやゴールドシップの母となるポイントフラッグらが集結。その中で2番人気の支持を受けながらもミレニアムバイオの5着となった。
そしてロゼカラーはその後の2戦で3着、2着と着実に勝ち馬との差を詰め、4戦目にして初勝利をあげた。

次走は休養を挟んでクイーンCへ参戦の予定だったが除外され、翌週の500万下に回るが1200mという距離が忙しかったのか10着に惨敗する。

しかし、休み明けに加え距離という敗因がはっきりしていた事から、陣営は自己条件に拘ることなく桜花賞トライアルのフィリーズレビューに駒を進める事を決定。

これまで手綱を取ってきた松永幹夫騎手が同日中山でクリスタルCに騎乗するため、ローズバドの鞍上には地元兵庫、園田の名手小牧太騎手を迎える事となった。


2歳女王テイエムオーシャンが順当にチューリップ賞を制して地位を盤石たるものにした、その翌週の仁川。最後の3枚の切符をかけた戦いであると同時に、女王への挑戦権をかけたトライアル・フィリーズレビューの日を迎えた。

この日、新進気鋭の星として挑戦状を叩きつける最有力候補に挙げられていたのが、関東の少女ハッピーパス。
藤沢和雄厩舎に初G1制覇をもたらしたシンコウラブリイや無類の安定感を誇ったタイキマーシャルが近親にいる、最早『黄金コンビ』と呼ばれても遜色ない岡部幸雄騎手×藤沢和雄師の強力タッグだった。
クイーンCの2着でクラシック出走賞金は十分ではありながらも、本番を見据えてわざわざ阪神の舞台へ美浦から遠征。3着以内を外したことのない安定さも相まって2.3倍の1番人気に推された。

対抗馬として4戦2勝、イタリアの若き名手ミルコ・デムーロ騎手が短期免許期間中全てのレースで手綱を取ったフィールドサンデー。こちらもクイーンCからの参戦であり、新馬戦、白梅賞と速い上りを繰り出すかなり強い勝ち方を見せていた。鞍上はデムーロ騎手の帰国により藤田伸二騎手へと乗り替わったが、魔術師と呼ばれるテクニシャンへの乗り替わりは何ら不安材料となることなく、3.3倍の2番人気。

以下、快速娘ニシノフラワーの妹ニシノマイヒメ、小倉3歳Sの覇者リキセレナード、重賞戦線で2歳から活躍しているテンザンデザートが人気で続く。
初重賞挑戦──しかも前走は、1200mとはいえ短距離で10着大敗──のローズバドは、6番人気の15.5倍という評価でレースを迎えることとなる。

ゲートが開くと同時にスタンドがざわついた。
フィールドサンデーと藤田伸二騎手が出遅れたのである。
1400mしかないこの舞台での出遅れは痛恨ともとれる。
──が、その前方でローズバドも同じようにダッシュがついていなかった。

反対にロケットスタートを決めてかっ飛ばしてゆくのはテンザンデザート。函館のラベンダー賞以来に同馬の手綱を取った小池隆生騎手は、そのレースで勝利した時と同様の戦法を取り先手を主張した。競り掛ける間もなく、後続を突き放していく。

……とはいえ後続もただただ突き放されてゆくわけにはいかない。
テンザンデザートの独走を許さぬ追撃は、すぐに始まった。

後ろにぴったりと付けた2番手集団にオイスターチケット、マイニングレディ、ビッグシンガー、カシノハミングが追走。その外からはタシロスプリングと池添謙一騎手がしきりに手綱を動かし、馬群から離されまいとついていく姿勢を見せる。一方ペースが速くなると見たか、ハッピーパスと岡部幸雄騎手は中団でじっと構えた。

岡部幸雄騎手は、まるで正確な秒針に波長を合わせるように、ハッピーパスを完璧にエスコートする。

同時に、ようやく出遅れたフィールドサンデーが後方集団に追い付いた頃、馬群から離された後方2騎の1角にローズバドの姿があった。出遅れを挽回しようとスタートからポジションをあげにかかった藤田伸二騎手とは正反対に、小牧太騎手とローズバドは、ただじっと、馬群が開いて突き抜けることができるその瞬間を待っていたのである。

600m通過は33.6と、1400m戦では明らかなハイペース。ただ、デビューからずっと先団で競馬をして好走してきたテンザンデザートにはそれほど苦ではなかったのか、4コーナーでもまだ余裕が見受けられる。逆にスタートから追走してきた2番手集団の各馬の方が、脚をなくしつつあった。

その集団をまとめて飲み込み、ハッピーパスと岡部幸雄騎手が楽な手応えで上がっていく。
手応えそのまま、ごちゃつく後方集団を尻目に直線一気の抜け出しを図った。
先頭のテンザンデザートを今まさに捉えようと、トップジョッキーが照準を合わせたその時──同じ勝負服を纏う黒鹿毛の弾丸が、大外から襲い掛かってきた。ヨレたカシノハミングの影響で馬群が密集し、各馬がぶつかり合うほどの混み合いで受けた接触もいざ知らず、物凄い末脚で猛進する。

いわば優等生的な競馬で、鞍上も静かなフォームのハッピーパス。
ただ一瞬、その爆発的な切れ味に駆けた大博打の作戦で、豪快な右鞭連打を放つ鞍上と、その激励に応えるローズバド。

その勢いは、岡部騎手が測ったであろう勝利の間合いに割って入ると、テンザンデザートもろとも一気に交わし去り、最後は流す余裕まで見せてゴールイン。

鞍上の小牧太騎手は、左手でVサインを作ってガッツポーズをとった。

人馬共にJRAの重賞初制覇である。
その偉業達成に、園田のファンはお祭り騒ぎとなったという。

2、3着に敗れたハッピーパス、テンザンデザートどちらも完璧なレースに近い形の上での敗戦。特にハッピーパスに至っては"普通なら"完全に勝ちパターンだった。

それをまとめて差し切っての勝利に、本番・桜花賞での期待は、ますます高まった。
すごい牝馬が現れた──当時、多くのファンが、彼女を見てそう感じたことだろう。


……ところが、ローズバドは有力視された桜花賞直前に、母同様熱発を発症し回避。

態勢を立て直すためにフローラSから横山典弘騎手を背中に迎えて再始動するものの、オイワケヒカリの3着に敗れた。

迎えた初のG1、樫の女王決定戦であるオークス。2冠を目指すテイエムオーシャンただ1頭に相手を見据えたか、直線で横山典弘騎手はテイエムオーシャンに蓋をする形で併せ馬を展開。
そして確かに、切れ味勝負では女王すらローズバドには敵わなかった。
しかし、ギリギリまで勝負を遅らせたレディパステルとケント・デザーモ騎手の追い込みに差され、2着。自身がフィリーズレビューで見せたような競馬を、逆にされてしまっての敗戦だった。

秋はローズSで復帰し、2着を叩いて最後の1冠、秋華賞。
だが、あろうことかここでゲート難が再発。大きく出遅れると躓く不利も併発するという最悪の展開となる。
それでも京都の内回り、最短距離のインコースからとんでもない勢いで突っ込んできたが、最後まで前を行くテイエムオーシャンを捉えることはできず2着。

次走は牝馬王道路線ともいえるエリザベス女王杯へ向かった。

ここではヤマカツスズランとタイキポーラの大逃げでペースが速くなり、後方待機のローズバドにはそれがピタリとハマった。
4コーナーで外に持ち出し、馬群を割って上がってくる。
みるみるうちに後続を交わしていく。
TVカメラがレディパステル、テイエムオーシャン、ティコティコタック、トゥザヴィクトリーの4頭の叩き合いを映し出している画面外から、黒い弾丸が再び飛んできた。

届くのか、本当に届くのか。
観衆は息をのんだ。しかし──。

無情にも過ぎたゴール板手前、僅かに届かず4戦連続2着。
あと、1完歩。たったそれだけの差だった。

その後もローズバドは、重賞ではマーメイドSを制覇したものの、遂にG1タイトルに手が届かぬまま、2004年中山牝馬Sでの6着を最後に現役引退。

夢は次世代に託された。

ローズバド以後もローゼンクロイツやヴィータローザなど、トライアルは勝つものの本番は勝ちきれないという馬が続き、「やはり薔薇一族はG1を勝てない」とファンは言い続け、思い続けていた。

しかし2009年。1頭のキングカメハメハ産駒がそのジンクスを打ち破った。

ローズキングダム、朝日杯FS制覇。
しかも鞍上は小牧太騎手、管理調教師は橋口弘次郎師、母はローズバド。
母が託した夢を、息子が──しかも母の初重賞制覇時のチームで、叶えてくれたのである。

残念ながら2021年現在ローズキングダムの後継種牡馬は現れていない。しかし現在はヴェルサイユファームにて功労馬として繋養され、ソフト競馬に出走するなど、充実した余生を送っている。

そして、薔薇一族の血は今も途絶えることなく続いている。

いつの日か、ロゼカラーもローズバドも、そしてローズキングダムも手が届かなかった東京の舞台で、最後方から全ての馬を撫で切るような、そんな『クラシック制覇』の瞬間を見たいものである。

写真:かず

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