サトノクラウン - 逆境こそわが馬生

1.ウマ娘・サトノクラウン登場

2022年11月5日、Cygamesが手掛けるメディアミックスプロジェクト『ウマ娘 プリティーダービー』に、新たなウマ娘として「サトノクラウン」が登場することが発表された。2月22日に公開されたゲームリリース1周年記念アニメーションにおいて、「サトノ」のウマ娘であることと「クラちゃん」という愛称が明らかにされていて、ファンとしては待ちわびていた発表であった。また、サトノクラウンと同時に「シュヴァルグラン」の登場も発表。どちらもモデル馬はキタサンブラックと同じ2015年クラシック世代のGⅠ馬である。『ウマ娘』というコンテンツでは、これまで1980年代後半〜1990年代に活躍した名馬たちのレースをモデルとする物語を描く機会が多かった。サトノクラウンとシュヴァルグランの登場は、より新しい世代の名馬たちの活躍に基づいた物語が描かれるのではないか、という期待感を抱かせる。

公式サイトのキャラクターページによれば、ウマ娘・サトノクラウンは、「逆境になればなるほど燃え上がる気質」であるそうだ。成程、「逆境」という言葉は競走馬・サトノクラウンの馬生に似つかわしい。クラウンは、決してずっと表舞台を歩いてきた馬ではなかった。

むしろ、様々な「逆境」と戦いながら競走生活を送ってきた馬だと言えるだろう。クラウンのターニングポイントとなった「逆境」に触れながら、その活躍を振り返ってみたい。

2.「クラシックの大本命」から「脇役」へ

サトノクラウンは2012年3月10日、ノーザンファームで生を享けた。父マルジュ・母ジョコンダⅡという血統で、どちらもアイルランドの馬である。マルジュは欧州や香港で活躍馬を多く輩出した種牡馬ではあるものの、日本での実績は香港馬インディジェナスによるジャパンカップ2着(1着スペシャルウィーク)が目立つ程度である。しかし、2013年のセレクトセールにて里見治オーナーが「一目惚れ」し、アドバイザーである池江泰郎元調教師の助言も受けて購入を決意。関東のトップトレーナー・堀宣行調教師の元に預けられた。

2014年10月にデビューしたサトノクラウンは新馬戦と東京スポーツ杯2歳Sを連勝すると、3歳初戦となった弥生賞も快勝。「無敗の弥生賞馬」となった。歴代の「無敗の弥生賞馬」には、「無敗の三冠馬」シンボリルドルフ・ディープインパクトや「幻の三冠馬」と呼ばれたフジキセキ・アグネスタキオンも名を連ねているように、謂わば最強馬の系譜を継ぐポジションである。クラウンに対する期待値は否が応でも高まった。レース自体も先行馬総崩れの中で4番手から勝ち切る内容で、「隙の無さ」を感じさせるもの。かくいう私も、サトノクラウンをこの年のクラシック戦線の本命としていた一人である。

──世間で囁かれる「サトノの馬はGⅠを勝てない」というジンクスなどこの馬には関係ない、GⅠ制覇は通過点だ。

そう考え、ルドルフやディープのように海外に打って出ることも期待していた。

迎えた2015年4月19日の皐月賞。ファンはサトノクラウンを1番人気に支持した。ところが4コーナーで同厩舎のドゥラメンテが外に膨れたあおりを受けたこともあってか伸びきれず、6着に終わる。日本ダービーでは後方からレースを進め、ドゥラメンテを猛追するも及ばず、3着。この頃になると3歳馬の話題はドゥラメンテが独占するようになっていた。凱旋門賞挑戦さえ取り沙汰される二冠馬の前に、クラウンの存在感は薄れていった。

ドゥラメンテが骨折により戦線離脱した秋、サトノクラウンは菊花賞ではなく天皇賞(秋)を選択し、古馬に挑む。ここを勝てば世代の主役に躍り出るであろう一戦であったが、ラブリーデイら歴戦の古馬の前に全く歯が立たず、17着大敗。一方でこの前週にはキタサンブラックが菊花賞で悲願のGⅠ制覇を果たしている。

キタサンブラックはクラウンと同じ2012年3月10日生まれ。オーナーの「一目惚れ」によって購入されたという逸話まで共通している。京都競馬場に響き渡った北島三郎オーナーの「まつり」は世代の新たなスターホースの登場を告げていた。キタサンブラックは続く有馬記念でもラブリーデイやゴールドシップに先着する3着と健闘。年内休養に入ったクラウンは最早、世代の「脇役」の1頭となっていた。

3.久々の勝利と再びの逆境

明けて2016年、サトノクラウンの初戦に選ばれたのはバレンタインデーに行われた京都記念であった。1番人気に日経新春杯を鮮やかに差し切ったレーヴミストラル、2番人気に中山金杯の勝ち馬ヤマカツエースと同世代の重賞馬が支持を集める中、クラウンは単勝9.2倍の6番人気。いわゆる「伏兵」という扱いに留まっていた。しかし、重馬場を上手く立ち回って直線入り口で先頭に立つと、そのまま2着タッチングスピーチに3馬身差をつける快勝を見せる。関東馬による京都記念制覇は実に28年ぶりのこと。古馬となっての活躍を期待させる勝利であった。

ところがこの勢いは続かない。マルジュ産駒が活躍していた香港に照準を合わせたクラウンであったが、クイーンエリザベス2世カップをブービー12着と大敗。帰国して同世代の雄ドゥラメンテ・キタサンブラックと再戦した宝塚記念は全く勝負に絡めず6着と敗れると、秋初戦の天皇賞(秋)もブービーの14着と敗れる。この前週の菊花賞ではサトノダイヤモンドが春の鬱憤を晴らす快勝で初GⅠ制覇を飾っており、「サトノの馬はGⅠを勝てない」というジンクスを打ち破る役目も後輩に担われてしまったサトノクラウンには、「無敗の弥生賞馬」としてクラシックの大本命に推された面影はないように感じられた。

4.遂に訪れた本領発揮の瞬間

巻き返しを図るべく年内最終戦に陣営が選んだのは、再度の香港遠征であった。沙田競馬場2400mで行われる香港ヴァーズは例年欧州の実績馬が実力を発揮する場になることが多いが、この年は絶対的な大本命がいた。前年の覇者ハイランドリールである。前年の香港ヴァーズを勝利した後、KGVI & QESとBCターフという芝GⅠの最高峰レースを制して沙田に駒を進めてきたアイルランドの4歳馬は、単勝オッズ1.3倍という圧倒的な支持を集めた。

ところが、レースは予想外の結末を迎える。

逃げてレースを作ったハイランドリールが直線に入り後続を引き離しにかかったところ、馬群の中から一頭が抜け出した。サトノクラウンである。セーフティリードかと思われた差を驚異的な末脚で詰めると、ゴール板直前で差し切り、半馬身差をつけて勝利。日本馬による香港ヴァーズ制覇はステイゴールドによる劇的な勝利以来15年ぶりのことであった。

サトノクラウンは7度目の挑戦でGⅠ初制覇。「無敗の弥生賞馬」の海外GⅠ制覇はシンボリルドルフもディープインパクトも成し遂げられなかった快挙である。私もこれで再びクラウンにスポットライトが当たる、と喜んだものだが、それも束の間であった。メインレースの香港カップにおいて、同厩舎のモーリスが3馬身差の快勝で引退の花道を飾ったのである。香港GⅠ二階級制覇の偉業に日本の競馬ファンは沸き立ち、サトノクラウンの勝利はトップニュースとはならなかった。

こうなれば実力で主役の座を手に入れるのみ。5歳となった2017年、陣営は国内中距離GⅠでの勝利を目指し、連覇のかかる京都記念から始動。1番人気はクラウンと同じ「無敗の弥生賞馬」であり、凱旋門賞にも挑戦したマカヒキ、2番人気は日経新春杯の覇者ミッキーロケットと4歳馬2頭が人気していた。サトノクラウンは単勝4.4倍の3番人気に留まる。前年に比べれば人気を集めたものの、まだ大本命に推されるほどの扱いとはされなかったのである。しかし、レースではクラウンの強さが際立った。道中3番手から直線で抜け出すと、スマートレイアーとマカヒキの追撃を完封。危なげなく快勝した。苦しんできた「無敗の弥生賞馬」が、いよいよ本領を発揮していると感じられる連勝であった。

5.世代の頂点へ

次なる目標は、年度代表馬キタサンブラックの打倒である。ブラックは前年に天皇賞(春)・ジャパンカップとGⅠを2勝。ドゥラメンテの引退により名実共に世代のリーダーとなっていた。対決の舞台はこの年からGⅠに昇格した大阪杯。キタサンブラックが単勝2.4倍の1番人気に支持された一方で、サトノクラウンは4.6倍の3番人気。皐月賞ではクラウンが1番人気でブラックが4番人気であったから、2年で立場が大きく変わったことが分かる。レース自体もキタサンブラックが好位からレースを進めて直線で押し切る横綱相撲を見せた一方で、サトノクラウンは勝負所でついていけずに6着と敗退。-12kgの馬体減も影響したように思われるが、現状での力差を見せつけられるような敗戦であった。

こうなると、大阪杯から直行で挑んだ春のグランプリ・宝塚記念がサトノクラウンにとって真価が問われる一戦となる。キタサンブラックは大阪杯初代王者に輝いた後、天皇賞(春)において前年の有馬記念で敗れたサトノダイヤモンドにリベンジを果たし、現役最強の座を確固たるものにしていた。この年から創設された「春古馬三冠」の制覇をファンも期待し、単勝1.4倍の圧倒的一番人気に支持。サトノクラウンは9.0倍の3番人気で、大阪杯と同じ人気順ながらもオッズの差は開いていた。

しかし、クラウンはやはり強い馬だった。

3番手でレースを進めたキタサンブラックを見るような形で中団につけると上がり最速の末脚を繰り出し、伸びあぐねるブラックを尻目に先頭に躍り出る。内を突いたゴールドアクターとの勝負になったがこれを振り切って3/4馬身をつけ、ゴール。初の国内GⅠのタイトルを獲得した。

キタサンブラックに加えて天皇賞(春)2着で後にジャパンカップを制するシュヴァルグランや二冠牝馬のミッキークイーンら同世代の強豪馬を抑えての勝利である。「無敗の弥生賞馬」がとうとう世代の頂点に立った瞬間であった。

6.逆境こそわが馬生

その後、サトノクラウンは天皇賞(秋)でこそキタサンブラックとの壮絶なマッチレースの末2着と健闘するものの、1度も勝利を手にすることなく現役生活を終えた。その姿はまるで、世代の頂点に立ったことで完全燃焼したかのようであった。しかし、幾度となく「逆境」を撥ね退けてきたその走りは、見る者の心を熱くさせた。

3歳時には「クラシックの大本命」と目されながらもGⅠに手が届かなかったが、古馬となっての始動戦では実力を発揮した。その勢いが続かず、海外でも国内でも結果が残せない時期があったが、年内最終戦では世界最強クラスの名馬に競り勝った。世代最強馬に力差を見せつけられても、次戦できっちりとリベンジを果たした。勝ち続け、常にスポットライトが当たる馬生ではなかったが、そのことが却ってサトノクラウンという名馬の魅力を際立たせているように思われる。

サトノクラウン自身はターフを去ったが、その産駒は2022年からデビューしている。世代の頂点を争ったドゥラメンテ・キタサンブラックはそれぞれ初年度産駒からタイトルホルダーとイクイノックスという名馬を輩出した。第二の馬生でも再び同期に先をゆかれるスタートである。それでも「逆境」を撥ね退けてきたサトノクラウンなら、種牡馬としての栄光も掴めるのではないか。そんな気がしてしまう。

写真:RINOT

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