──ライバル同士の激闘。
勝負の世界であれば競技を問わず存在する。
もちろん競馬の世界でも、大レースを制した馬同士がGⅠの大舞台で激突するライバル対決が過去に何度もあり、見る者の心を熱くさせてきた。
中央競馬においては、古くはトウショウボーイvsテンポイントvsグリーングラス、平成に入るとグラスワンダーvsスペシャルウィーク、テイエムオペラオーvsメイショウドトウ……あげていけばキリがないほどだ。
令和になって、2020年にもまた、コントレイルvsサリオスの対決が、皐月賞と日本ダービーという大舞台で繰り広げられ、大いにファンを湧かせた。
もちろん、牝馬同士によるライバル対決も過去に何度も行われてきた。
ダイワスカーレットvsウオッカの対決は間違いなくその代表格といええる。
対戦すること、実に5回。そのうち、GⅠの舞台での激突が4回。
中でも、ウオッカがわずか2cmの差で制した2008年天皇賞秋は、日本競馬の歴史に燦然と輝き、語り継がれるべき名勝負となった。
今回は、それぞれが桜花賞馬とダービー馬という肩書きを持って参戦し、2頭にとって通算3度目の激突となった2007年の秋華賞を振り返りたい。
前年の阪神ジュベナイルフィリーズで、アストンマーチャンをレコードで破り2歳牝馬チャンピオンとなったウオッカ。牝馬クラシック戦線の主役と目されるなか、年明け初戦となったエルフィンステークスを快勝し順調な滑り出しを見せた。
一方のダイワスカーレットは新馬戦と中京2歳ステークスを連勝したものの、年明けのシンザン記念では前走2着にくだしたアドマイヤオーラを相手に、今度は逆に土をつけられてしまっていた。
終生のライバルとなる2頭が初めて激突したのが、桜花賞トライアルのチューリップ賞である。
実力・実績とも断然とみられた2頭の単勝オッズは、ウオッカが1.4倍、ダイワスカーレットが2.8倍となり、3番人気で後のオークス馬となるローブデコルテが14.6倍、4番人気のタガノグラマラスに至っては48.3倍というすさまじい数字になっていた。
結果は、そのオッズの通り2頭のマッチレースとなり、ウオッカがダイワスカーレットにクビ差先着し、3着以下を6馬身離すという圧倒的なものに。
最後の直線で一度も鞭を使われることなく前哨戦を制したウオッカのレースぶりはあまりにも強烈で、2007年の牝馬クラシック戦線が「1強」であることを決定的にしたかと思わせた。
──しかし、現実はそうならなかった。
本番の桜花賞。
人気では、フィリーズレビューを快勝したアストンマーチャンよりも下回っていたダイワスカーレットが、直線で早めに抜け出すと持ち味の粘り腰を最大限に発揮。ウオッカに1馬身半差をつけ、名牝系スカーレット一族念願の桜花賞馬のタイトルを手にしたのである。
対して、桜花賞後は日本ダービーに向かうプランを戦前から立てていたウオッカの陣営にとって、非常にショックの残る結果となってしまったが、改めてダービーへの挑戦を表明。
するとその英断が実を結び、2着アサクサキングスに3馬身差をつける横綱相撲を見せる。なんと64年ぶりの牝馬のダービー制覇という、現代競馬ではまずなし遂げられないと思われていた快挙を達成した。続く古馬と対戦となった宝塚記念では、道悪もあってか7着に破れたものの、秋は改めて牝馬同士の戦いにその場を求め、秋華賞にぶっつけ本番で挑んできたのである。
一方、ウオッカ不在のオークスであれば二冠達成はほぼ間違いないと思われていた桜花賞馬ダイワスカーレットだったが、感冒のため出走を断念。そのまま休養に入って秋に備え、休み明け初戦のローズステークスを快勝し、ここまで1勝1敗と五分の対戦成績であるウオッカとの3度目の決戦に臨んできた。
桜花賞馬とダービー馬、共にビッグタイトルを背負っての対決となったこの年の秋華賞だったが、他にもオークス馬ローブデコルテや、その2着馬ベッラレイア、NHKマイルカップを制したピンクカメオなどが参戦し、実に4頭のGⅠ馬が参戦する素晴らしいメンバー構成となった。
秋の曇り空の下ゲートが開くと、ハロースピードがほんの少し出遅れたが、ほぼきれいなスタートが切られた。内からヒシアスペンとザレマ、外からはホクレレの3頭に加え、スピードの違いを見せつけるようにダイワスカーレットも先行する。1コーナーをヒシアスペン、ダイワスカーレットの順で回り、その2頭が3番手以下を少し引き離し、早くも縦長の展開となった。ライバルとは逆に、ウオッカは後ろから4番手の位置取りとなっていた。
2コーナーを回り向正面に入ると隊列は落ち着いたが、前半800mまでは前が少し早めのペースで逃げていたため、先頭から最後方までの差はさらに広がりおよそ20馬身ほどとなっていた。
800m~1000mまでの1ハロンは12秒8とペースが落ち、1000mの通過は59秒2だったが、2番手に控えるダイワスカーレットは依然として天性のスピードを抑えきれないようで、鞍上の安藤騎手は手綱を少し抑えなだめていた。
坂を上り3コーナーに入ったところで1000m~1200mのラップタイムが13秒6とさらに落ちると、後続も少しずつ差を詰め始め、残り800mを切った地点でいよいよウオッカが進出を開始。ここで、一気にペースが上がった。その姿を見た観衆から大きな歓声が上がると、残り600m地点で今度はダイワスカーレットが馬なりで先頭に立ち、再度後続との差を広げにかかって一段と歓声が大きさを増す。
最後の直線に入る手前で、ウオッカは先頭との差をおよそ5馬身、前から6、7番手のところまで追い上げ、いよいよライバルをその射程に捕えた。それら2頭に対し、他のGⅠ連対組は依然として中段よりも後ろでポジションを上げられず、特にベッラレイアは最後方に遅れていた。
やはり、桜花賞馬とダービー馬の決戦となるのか──。
しかし、いざ直線に入って安藤騎手がダイワスカーレットを追い出すと、溜めていた持ち前のスピードが一気に発揮され、一瞬にして2番手との差が3馬身ほどに広がった。ウオッカと、伏兵・レインダンスが併せ馬で前を追いすがるが、この日のウオッカにはダービーで見せた牡馬を圧倒したような爆発的な末脚が見られず、ダイワスカーレットどころかレインダンスを交わすことすらままならない。
結果論ではあるが、実はダイワスカーレットはゴールまで残り600mから400mの1ハロンを11秒3、次の残り200mまでの1ハロンを11秒1という、先行していた馬とは思えないほどのすごい脚を使っていた。逆に、残り800mから徐々に加速しはじめ、600mから400mの地点でさらに前に押し上げたウオッカは、おそらくそれ以上の脚を使っていたと推測できるが、レース前半につけられていた差は大きく、さすがのダービー馬といえどもゴール前では本来の爆発的な末脚がほとんど残っていなかったのだ。
結局、残り100m地点で差は詰められたもののそこからは同じ脚色となり、ライバル2頭が馬体を併せるまでには至らず。会心の勝利で2冠目を手にしたのは、桜花賞馬ダイワスカーレットの方だった。
1馬身1/4差でレインダンスが2着を確保し、ダービー馬ウオッカはよもやの3着に終わった。
この時点でダイワスカーレットの2勝1敗となったライバル対決は、1ヶ月後のエリザベス女王杯で再戦を迎えるはずだったが、前日まで1番人気となっていたウオッカが当日の朝になって右寛跛行で出走を取り消したため、4度目の対決は幻に終わってしまう。
結果は、ダイワスカーレットが古馬を相手にしてもスピードの違いをまざまざと見せつけて逃げ切り勝ちを収め、3つ目のGⅠタイトルを獲得すると共に、強い3歳、世代交代を印象づけた。一方、出走を取り消したウオッカは、2週間後のジャパンカップにその矛先を変え、3歳牝馬としては大健闘ともいえる僅差の4着となった。
そして実現した4度目の決戦の舞台は、年末の大一番・有馬記念となったが、ここはマツリダゴッホの大駆けにあい、ダイワスカーレットが2着惜敗、ウオッカは後方のまま見せ場なく11着と敗れてしまい、2頭にとって激動の3歳シーズンはこれにて終了となった。
伝説の一戦となり結果的に最後の決戦となった5度目の対決、天皇賞秋は──ここからさらに10ヶ月以上先の話である。