いつかその存在を越える。ドゥラメンテが勝った2016年中山記念

人それぞれにある「最強世代」

競馬には人それぞれに思い入れがある。いわゆる「推し」はそこら中にあり、流行りの「推し活」というやつは、おじさん世代も若い頃から馬券を通じてやっていた。河内洋しか買わない人。ステイゴールドに救われた人、武豊に一日中、勝負を挑む人。逃げ馬に憧れたり、追い込みに痺れたり。みんな馬券に「推し」があった。

そして、世代ごとの最強世代というのも存在した。いわゆる世代推しだ。齢50近い私にとっての最強世代は1998年クラシック世代。1995年生まれのサラブレッドだ。セイウンスカイ、スペシャルウィーク、キングヘイロー、グラスワンダー、エルコンドルパサー。さらにアグネスワールド、ウイングアロー、エアジハード、ファレノプシスと挙げればキリがない。日本と世界の距離を縮め、のちの世代に大きな影響を与えた馬たちが同じ年に生まれたこと。その奇跡を愛でるのは最強世代の醍醐味だ。

もう少し時代を進めると、2015年クラシック世代、2012年生まれでも立ち止まる。ドゥラメンテ、キタサンブラック、サトノクラウン、リアルスティール、シュヴァルグラン、レッツゴードンキ、ミッキークイーン。2023年クラシックはドゥラメンテ(リバティアイランド、ドゥレッツァ)、キタサンブラック(ソールオリエンス)、サトノクラウン(タスティエーラ)とこの世代が総どりだった。

ドゥラメンテという"絶対"

そんなシンボルようなレースがある。ドゥラメンテが4歳復帰戦を飾った2016年中山記念だ。2着アンビシャス、3着リアルスティールと4歳勢が3着以内を独占した。じつは中山記念で4歳馬が3着以内独占したのは、グレード制導入後の1984年以降、この2016年ただ1回しかない(2024年現在)。1年がはじまってまだ2カ月。5歳との力差は逆転したとは言いきれず、まして中山記念は小回り芝1800mで、レースの巧さを問われる舞台のため、6歳以上のベテラン勢も元気なレースでもある。4歳の独占は想像以上に難しく、それをやってのけたのが2012年生まれだ。

5歳以上が決して実力的に見劣ったわけではない。5歳イスラボニータは皐月賞馬であり、ダービー2着、天皇賞(秋)は2年連続3着。前走マイルCS3着馬でもある。ひとつ上の皐月賞馬ロゴタイプもいた。

中山記念は3年連続出走で、過去2年は3、2着のリピーター。中山記念はリピーターが強い。三世代の皐月賞馬がそろった一戦は、決してメンバーレベルが低くはない。

骨折休養明けのドゥラメンテは馬体重+18キロで登場。パドックに姿を現したダービー馬はなんとも言えぬオーラを漂わせていた。ふた桁増が嘘ではないかと疑いたくなるようなシャープなシルエット。深く踏み込む前後肢が独特のリズムを刻む大きなストライド。艶やかな馬体。美しさのなかに威圧感すら感じさせる周回はひときわ際立っていた。

レース中心はもちろんドゥラメンテだ。序盤、悠然と中団から好位を目がけ位置をとりに行くと、伏兵陣はドゥラメンテから離れんと一斉に前へ行く。近くにいては勝てない。いや、そばにいては飲み込まれる。そんな危機感を想像する。カオスモスが先手をとり、向正面で一旦、収まったラストインパクトが番手へ進み、追う。まるで久々のため、前進気勢を漲らせるドゥラメンテから逃げるようだ。ロゴタイプ、マイネルラクリマも2頭を追う。対して、同じ4歳勢のリアルスティールはドゥラメンテの背後をとる。明らかに勝負を挑んでいた。2番人気であり、クラシック三冠2、4、2着と皆勤しただけある。決して、二冠馬に怯まない。父ディープインパクト。瞬発力なら自信がある。離されさえしなければ。そんな意図を感じる位置どりだ。

もう一頭の4歳アンビシャスは権利を獲得したダービーには出走せず、クラシック未出走に終わったが、冬の共同通信杯ではドゥラメンテとリアルスティールと戦い、僅差の3着に入っていた。表面上の成績では差を感じるも、決して力の差は開いていない。父ディープインパクト、母の父エルコンドルパサー、その父キングマンボ。ドゥラメンテやリアルスティールと同じ血が散りばめられており、血統面だって負けていない。位置取りは2頭から離れた後方2番手。真っ向勝負は挑めなくても、勝つ手はある。ある意味、意欲的なレース運びといえる。

大外から迫る二の矢アンビシャス

レースは向正面を11.9-11.6-11.3と加速しながら進む。伏兵陣はドゥラメンテを離すことで、何らかのチャンスを探そうとした。3コーナー過ぎ、外からドゥラメンテが間合いを詰め、残り600m地点で先行集団にとりつきにいく。内にいたリアルスティールはドゥラメンテの仕掛けに対し、あえて一歩遅らせる形をとり、400m標識手前から進出。ドゥラメンテが中山の4コーナーを得意とせず、不格好なコーナリングになるのを見透かしたように、その内側にできるスペースへ飛び込む。だが、コーナリングがぎこちないのは、その加速力に馬体がついていかないからであり、スピードの差で、先に動かれ、内のスペースを閉じられてしまう。リアルスティールが外へ切りかえる間、ドゥラメンテは2馬身ほど先を行く。

タイトなコーナーで仕掛けず、直線に入ってからラストスパートに入ったのがアンビシャスだ。ドゥラメンテを追いかけるイスラボニータが勢いよく大外に回ったときに、その内側に潜り込んだ。いかにもルメールらしいソツがない味つけだ。リアルスティールが直線入り口でつけられた差を詰め切れないなか、次なる矢として大外を飛んできた。好位勢を退けたドゥラメンテは勝負あったといわんばかりに少し気を抜いたか、走りの力強さが緩む。アンビシャスの存在に気づいたデムーロはファイトを促す。

レースはまだ終わっていない。

リアルスティールを交わしたアンビシャスがドゥラメンテに並ぶ。

──交わせる。

アンビシャスが力を振り絞り、王者を急襲する。勝てば、すべてをひっくり返せる。クラシック未出走によって貼りつけられた格下感を振り払い、世代最上位に躍り出る好機を逃すまい。そんな叫びが聞こえるような追い込みをみせる。ゴール板でほぼピタリと並ぶ両馬。その間には離されまいと追うリアルスティールが半馬身後ろにいた。勢いは確実に外のアンビシャスだが、ゴール板ではドゥラメンテが前。アンビシャスが交わしたのはゴール板を過ぎてからだった。挑戦者をすべて退けた王者、果敢に挑み、ギリギリまで追い詰めた挑戦者。どちらも同じ2012年生まれ。同級生だからこそ、負かさなければいけない。同級生には負けられない。最強世代とは、それぞれの能力が高いだけではなく、いざ対戦となれば、お互いに底力を引き出し合う闘争心を持っているかにかかっている。

ドゥラメンテと戦うと、強くなる

ドゥラメンテは同世代をムキにさせ、その力を引き出すようなところがある。アンビシャスは次走2番手につける新たな一面をみせ、産経大阪杯を勝った。そして、リアルスティールは圧巻の走りでドバイターフを制した。さらにいえば、宝塚記念で激闘を繰り広げたキタサンブラックはこの秋、ジャパンCを勝ち、その後、GⅠ4勝を上乗せ。GⅠ7勝の当時最多タイ記録を打ち立てた。ドゥラメンテと戦うと、強くなる。これもまたオーラというのものか。

推しが人それぞれあるように、最強世代も人によって違う。主観をぶつけ合い、競馬観を語り合うのは競馬の楽しみ方として理想の形だ。主張はいい。叫んでもいい。だが、潰してはいけない。私は1995年生まれを最強世代と呼ぶ。しかし、2012年世代もまた、それにふさわしい顔ぶれにちがいない。すべての世代に共通するのは、同世代が激突したときに生まれる名勝負があるということだ。それこそ、世代の層が厚いことを意味する。サラブレッドは人間のように相手の年齢を意識するとは思えないが、それでも同世代に燃えるものがあるかもしれないと、勝手に想像を巡らせるのもまた、幸せというものだ。言葉を聞けない競馬ならではの楽しみ方といえる。

写真:かぼす、Horse Memorys

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