遅咲きのアイドルホース・シルヴァーソニックの初戴冠/2022年ステイヤーズステークス

芦毛馬が好きだ!

芦毛馬はかわいい。芦毛といっても柔らかいグレーの馬体を持つ者もいれば、黒に近い馬体でデビューする芦毛馬もいる。デビューの頃は様々な「グレー」の馬体を持っている彼らが、競馬場でキャリアを重ねるにつれ、どんどん白くなって行く。私は、メンコをつけていない馬齢を重ねた芦毛馬をパドックで見るのが好きである。白い顔面に真っ黒のつぶらな瞳の組み合わせが、たまらなくかわいい。

遥か昔は、クラスが上がるにつれ芦毛馬の出走は少なかったように思う。重賞レースに芦毛馬が出走するのは稀なこと、そして人気も無かった。子供の頃、テレビの競馬中継で見た関東圏の長距離重賞レースで、多分最低人気だったであろうホワイトフォンテンという馬が、まんまと逃げ切った。一緒にテレビを見ていた叔父が、「何であんな芦毛が逃げ切るんだ」と、頭を抱えていたのを覚えている。大人になってホワイトフォンテンのことを調べてみると、私がテレビで見たレースは中山の日経賞で、この時が初重賞だったこと。ホワイトフォンテンは初重賞制覇後頭角を現し、その後3つの重賞レースを制覇。「白き逃亡者」の異名を持つ、ファンの多い長距離の逃げ馬だったということも分かった。

 その影響かどうかはわからないが、成長期から大人になった今でも、長距離に強い芦毛馬が好きである。シービークロス、メジロティターン、スダホーク、タマモクロス・・・。80年代に3200mの天皇賞で上位を湧かせた芦毛のオープン馬たち。そして、オグリキャップ、メジロマックイーンが登場し、ビワハヤヒデにつながる90年代の芦毛黄金時代。21世紀に入ると、冒頭からクロフネが登場。ヒシミラクル、ゴールドシップの個性派が続き、コロナ禍で気を吐いた牝馬のクロノジェネシスもいた。芦毛では無いが、「白」つながりでいえば、白毛のハヤヤッコもお気に入りの一頭。8歳になっても健在の末脚を見せてくれたアルゼンチン共和国杯のゴール前は、狂喜乱舞し叫び続けた。

なぜ、長距離に強い芦毛馬が好きかと言えば、レースで長い時間見ていられるから…?

芦毛馬は向正面でも、その存在がはっきりとわかる。ゴールドシップのように後方からポジションを上げていくシーンは、スタンドから見ていて爽快感たっぷり。スタンドで見ていても位置情報がリアルタイムに把握できるのが芦毛馬の良いところだ。

「芦毛さんは、逃げるより一気の追い込みかなぁ」

「四コーナー先頭から後続を突き放すレースもいいなぁ」

芦毛馬の馬券を握って、レースを観戦するのは非常に楽しい。

「芝コース寝そべり事件!」を起こした芦毛さん

2024年の天皇賞(春)がラストランとなった芦毛馬。3歳の1月にデビューし8歳の春まで生涯24戦を駆け抜けた「長距離が得意な芦毛馬」が、ここ数年来の”芦毛部門での推し馬”だった。

デビューからオープン馬になるまで14戦を消化した遅咲き。5歳の秋を迎えて、ようやくオープンクラスへのレース出走が叶った。しかし彼はオープンクラスに昇格しても、華々しい活躍をすることもなく、地味な芦毛のオープン馬のまま。長距離重賞のステイヤーズステークス3着、阪神大賞典3着を経て、ようやくG1出走にこぎつけた2022年の天皇賞(春)。初めてのG1出走で彼はスポットライトを浴び、そして一夜にしてその名を知らしめることになる。

2022年天皇賞(春)の優勝はタイトルホルダー、7馬身差の2着はディープボンド。彼の名は、出馬表には17番枠に記されていたが、競走成績では最下段で「競走中止」という記録で終わっている。

ところがレース終了後から翌日にかけて、SNS界隈を騒がし盛り上げた。

彼がこのレースでやらかした事件……それは「カラ馬2着入線&外ラチ背面飛び&芝コース寝そべり」事件である。

シルヴァーソニックの名は、この事件を機にみんなの記憶に刻まれ、後にアイドルホースオーディションで優勝する、人気の芦毛馬にまで変身する。

スタート直後に川田騎手を振り落としたシルヴァーソニックは、カラ馬のまま走るのを止めることなく馬群の中に潜り込む。逃げるタイトルホルダーの直後にセンス良く食らいつき、優勝したタイトルホルダーに続いてフィニッシュ。2着ディープボンド、3着テーオーロイヤルは、その後の通過となった。

翌日のスポーツ紙の写真は、各紙とも左手を上げた横山和夫騎手とタイトルホルダーの左横に、ちょっと悔しそうなシルヴァーソニックの顔面。写真だけ見れば、シルヴァーソニックが僅差2着に敗れたと思わせるショットだった。レース映像をみていても、ゴール後はタイトルホルダーと内のシルヴァーソニックが大映しで並走し、カラ馬の状態は横山和生騎手で隠されている。

ところがテレビ中継では、この後の衝撃的なシーンが放送されていた。

ゴール後にタイトルホルダーと並走した後、シルヴァーソニックは、タイトルホルダーを追い越しそのまま外ラチに向かって激突した。タイトルホルダーを追っていた映像が、激突して倒れこむシルヴァーソニックを一瞬捉える。次に映し出されたのは、倒れて動かないシルヴァーソニックを心配そうに見ているメロディーレーンと岩田望来騎手。カラ馬での2着を笑っていたのが一気に吹き飛ぶ、衝撃のシーンだった。

SNSの反応は凄まじく、シルヴァーソニック激突関連のワードがトレンドになり、現地で動画撮影された激突シーンがUPされる。その後、自ら立ち上がり馬運車に乗ったことがツイートされると、心配したすべての人がホッとし、「シルヴァーソニックはふて寝していた」と盛り上げた。

そして、誰よりも「シルヴァーソニック、無事!」のニュースを喜んだのは、私かも知れない。

遅咲きのアイドルホース、シルヴァーソニックの誕生!

無事が確認されたシルヴァーソニックは、目黒記念を目標に調整されるが整わず、再び休養に入る。

「外ラチ背面飛び&芝コース寝そべり」事件から7か月。シルヴァーソニックは万全を期して、暮れの中山に帰って来た。第56回ステイヤーズステークスは、話題先行のシルヴァーソニックが実力も兼ね備えたアイドルホースとなるための試金石。鞍上にDレーン騎手を迎え、堂々とパドックに登場する。

土曜日の重賞レースとしては、パドックが賑わっていた。明らかに多くの観客が、スマホでシルヴァーソニックの撮影をしている。止まれの合図と共に、シルヴァーソニックに向かうDレーン騎手。シルヴァーソニックは落ち着いてパドック周回している。

シルヴァーソニックは3番人気。1番人気はディープインパクト産駒のディアスティマ、京都大賞典5着からここへ駒を進めてきた。昨年優勝のディバインフォース、2着のアイアンバローズ、古豪ユーキャンスマイルの名もある。シルヴァーソニックが寝転がっているのを心配そうに見ていた、メロディーレーンも出走してきた。

レースは好スタートを切ったディアスティマが先導、シルヴァーソニックは内の4番手をゆっくりと進む。前走の天皇賞(春)で、カラ馬ながらキープしていたポジションである。アイアンバローズとメロディーレーンはシルヴァーソニックのすぐ前、昨年の覇者ディバインフォースはプリュムドールと共に後方から追走する。

                        

ステイヤーズステークスは、ゴール板を3回通過するロングランレース。隊列は2周目のホームストレッチに入っても変わらず、淡々とレースが進む。レースが動いたのは2周目の3コーナー手前、逃げるディアスティマを捉えようと、ディバインフォース、ユーキャンスマイルが外から上がってきた。

シルヴァーソニックは息を入れたのか? 疲れてきたのか? 順位をやや落として追走。
内のコースを進むシルヴァーソニックに対して、上がってくるのは外を回る馬たち。

直線を回って、ディアスティマを捕らえたのはアイアンバローズ。外からメロディーレーンとディバインフォースが先頭に並びかける。内でじっとしていたシルヴァ―ソニックは、いつの間にか、先頭のアイアンバローズに追いつき、並ぶ間もなく先頭に躍り出た。

内から先頭に立ったシルヴァーソニックは、後続を突き放して突き抜ける。最後に大外からプリュムドールが飛んでくるが、3/4馬身の差で真っ先にゴール板を通過する。場内からは拍手が起こっている。

6歳の暮れになり、待望の重賞制覇。実力も兼ね備えたアイドルホースの誕生シーンとなった。

                          

シルヴァーソニックが直線で通ったコースは、前走カラ馬でゴールを目指した最内のグリーンベルト。

「俺は、天皇賞で誰も乗せずに、このパターンでタイトルホルダーに迫ったんだぜ!」

シルヴァーソニックが、レーン騎手に説明しているようにさえ見えるウイニングラン。レーン騎手に御され、前回のように外ラチへ背面飛びすることもなく、大人しくスタンド前に戻ってきた。

誇らしげなシルヴァーソニックの真っ白な顔が、冬枯れのウイナーズサークルで輝いていた。

再び、天皇賞(春)への挑戦!

ステイヤーズステークスで初重賞制覇を果たしたシルヴァーソニック。その勢いは止まらず、7歳最初のレースとして選んだのは、サウジアラビアのキングアブドゥルアジーズ競馬場で開催された、レッドシーターフハンデキャップ(G3)。3000mのレースを好位追走から直線で先頭に立つと、そのまま押し切り2馬身1/2の差をつけて優勝する。鞍上のDレーン騎手とのコンビもピッタリで、7歳になっても長距離での強さは、まだまだ健在。4月の天皇賞(春)に向けて、実りのある海外遠征となった。

シルヴァーソニックは、海外レース初出走で初勝利。彼の海外重賞制覇は、父オルフェーヴル、祖父ステイゴールドから数えて、父子三代での海外重賞制覇も達成する。

あと、残す目標はただひとつ、それは昨年の汚名返上。天皇賞(春)を完走し、願わくば長距離重賞連勝の勢いで、その頂点に立つことだった。

前日の夕方から降り始めた雨で、稍重となった芝のコンディション。2022年の天皇賞(春)は、リニューアルオープンした京都競馬場に17頭が集まり、その覇を競うこととなった。

1番人気は天皇賞(春)連覇を狙うタイトルホルダー。前走の日経賞8馬身差優勝の勢いそのままに、どんな逃げっぷりを見せるかが焦点となる。昨年の汚名返上を目指すシルヴァーソニックにとっては、千載一遇の好機。6番人気ながら一番燃えていたのは、彼だったのかもしれない。

「今度はレーンさんを乗せて、ゴール前で奴の内から差し切ってやる!」

パドックを回るシルヴァーソニックから、その意気込みがひしひしと伝わってきた。

 

スタートと同時にタイトルホルダーが飛び出すが、アフリカンゴールドがすぐにハナを奪う。シルヴァーソニックはゆったりと後方から前方を伺いながらの追走。タイトルホルダーは快調に進めているように見えた。自在に動くことができる外目のコースをレーン騎手は選び、シルヴァーソニックは気持ちよさそうにレースを進める。

異変が起こったのは、3コーナーの手前、2度目の坂越えにかかる地点だった。2コーナー手前で先頭に立ち、2番手以下を引き離しにかかると思われたタイトルホルダー。なかなかペースが上がらず、坂を上り始めるとアイアンバローズに先頭を奪われ、内で順位を落とし始めた。

一番焦ったのは、シルヴァーソニックかも知れない。目標が下がっていくのを外から見ながら、坂の下りで仕掛けにかかる。大外に進路を取ったシルヴァーソニックは、標的とするライバルを失い懸命の追走体制に入る。先に抜け出したジャスティンパレスに迫ろうとするも、その差は縮まらず、内で粘るディープボンドに近づくのが精一杯だった。

シルヴァーソニックは結局、0秒6差の3着でフィニッシュしたシルヴァーソニック。それでも昨年の悔しい気持ちを晴らすことが出来たと同時に、長距離ではG1戦でも通用することが証明された。

そして、シルヴァーソニックの人気は更に高まる。

2023年のアイドルホースオーディション。現役馬部門で、アフリカンゴールド、ジャックドールに続き3位に選ばれる。2位とは僅か93票差。ぬいぐるみ制作(2位まで)は実現しなかったが、実力も伴うアイドルホースとして、その地位は確立されていった。

アイドルホースオーディション2024

長い距離を多く走り続けたシルヴァーソニックは、7歳の秋を迎え体のあちこちにメンテナンスが必要となってくる。秋はオーストラリアのメルボルンカップを目指す予定が、左前脚の球節部の不安で白紙となり、再び競馬場に姿を見せたのは、翌年の阪神大賞典だった。

しかし、6歳秋からの快進撃の面影は無く、阪神大賞典11着、続く3度目の挑戦となる天皇賞(春)は16着に大敗した。

そして天皇賞(春)後、繋靭帯炎を発症。シルヴァーソニックは、ひっそりとターフから去って行った。

引退したシルヴァーソニックに吉報が届いたのは、ターフを去って4か月後の9月。アイドルホースオーディション2024年の引退馬部門で、堂々の1位を獲得。シルヴァーソニックのぬいぐるみが制作されることが決定する。

シルヴァーソニックは、間違いなく令和のアイドルホースとして、その名を残すこととなった。


もし、シルヴァーソニックと会話が出来たら、私は聞いてみたい。

『カラ馬完走&背面飛び&寝転がり』した時、何を考えていたのか?

「本当に悔しくて“ふて寝”していた」のだろうか?

「メロディーレーンに見られて、恥ずかしくなった」のだろうか?

「このパフォーマンスを今後、どう活かそうと考えていた」のだろうか?

いやいや、彼の口から発せられるとすれば、「たまには、競馬場の芝の上に寝転がってみるのもいいもんだ~」といった答えが返ってくるかもしれない。

遅咲きのアイドルホースは、おおらかで可愛い芦毛さんだった。

Photo by I.Natsume

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