スマートオーディン〜名は体を表す〜

皆さんは「一頭の競走馬」に注目することがあるだろうか?
そしてそのきっかけは、どんな瞬間だっただろうか?

パドックやレースでの出会いであったり、現役時代追いかけていた馬の産駒や兄妹だったり……人によって、理由は様々だろう。

私がこの馬──スマートオーディンに注目したきっかけは「名前」だった。

スマートオーディンは、2013年2月20日に新冠町にあるスカイビーチステーブルにて生を受けた。
彼の父は、2010年NHKマイルCの覇者ダノンシャンティ。母は2000年にアイルランドのG2(※1)プリティポリーステークスを制したレディアップステージ(Lady Upstage)だ。母の父はディープインパクト・ブラックタイドの母父としても名を馳せるアルザオ(Alzao)である。

そして彼の名前の意味は「冠名+北欧神話の主神」。

私事になるが、私は読書や映画鑑賞が好きな子供だった。そしてその中でも、様々な国と地域の神話や伝承を着想とした文学・映画を好んで見ていた時期があった。

そんな背景から、ある日出馬表を見ていた際に、北欧神話の主神である『オーディン』の名を冠する彼に、私は強く興味を持ったのだ。

だが、気になって彼の成績を調べていた私は、ここで1つ、あることに気が付いた。

「主な勝鞍、京都新聞杯……?」

そう、私が見ていた出馬表は2019年の阪急杯のもの。この時彼は、まだ1400mという距離を経験したことがなかったのである。


まだ幼き頃、松田国英厩舎に入厩したスマートオーディンは、早い段階からその素質を見せた馬だった。

2015年9月20日の2歳新馬戦にてM.デムーロ騎手を鞍上にデビュー勝ちを収め、萩Sを挟んで東京スポーツ杯2歳Sに挑む。初めての府中のコースも苦にすることなく、推定上り3ハロン32.9の驚異的な末脚を見せ、出世レースともいわれるこの舞台で初めての重賞勝利を収めた。

年が明けて3歳になった彼は共同通信杯に挑むも、後の皐月賞馬・ディーマジェスティに屈する形となる。しかし次走の毎日杯、続くG2京都新聞杯では人気に応えて勝利。

そして、彼の次なる舞台は……競馬の祭典、日本ダービーだった。

2016年5月29日。
第83回日本ダービーが開幕した。
向正面で中団のやや後方でレースを進めていたスマートオーディンは、4コーナーを曲がり直線に入ると外に進路を取り、懸命な追い上げを見せる。しかし、ゴール前でデットヒートを繰り広げるマカヒキとサトノダイヤモンドを捉えることはできず、6着という結果に終わった。

日本ダービーの後、彼は池江泰寿厩舎へと転厩。秋は毎日王冠からの再出発を目指していた。
──だが実際に彼が再出発を果たすこととなるのは、その約2年後の2018年6月のエプソムCとなってしまう。

放牧を挟んで次走が数ヶ月後になるという例も、近年は少なくない。
しかし約2年にもわたる休養は流石に長い部類に入るのではないか。彼に何があったのだろう。そう思い理由を調べると、彼が怪我を発症していたことが分かった。

それは「屈腱炎」。
競馬ファンの方々なら、一度は耳にしたことのある名前かもしれない。

発症した患部の状態から「エビ」「エビハラ」などと呼ばれる屈腱炎は、完治が難しいという点・再発しやすいという点が特徴だ。実際に、1998年の天皇賞秋を制したオフサイドトラップは、現役中に屈腱炎を3度経験している。

その為、この病気を発症した時点で引退してしまう競走馬も多いなかで、彼……スマートオーディンは現役復帰を目指した。そして実に742日ぶりに、ターフへと戻ってきた。

だが、ターフに帰ってきた彼を待っていたのは、またしても試練だった。

復帰戦となったエプソムCはハナを主張し、果敢に逃げるも直線で失速し12着と惨敗。続く中京記念では15着、休養と一戦を挟んで年明けの京都金杯では10着と、歯がゆい結果が続いてしまったのである。

この結果を前にして陣営が打った一手は、驚愕とも言えるものだった。

阪神競馬場で行われる芝1400m戦「阪急杯」への出走である。

休養前のスマートオーディンは阪神競馬場で2戦2勝を挙げていたものの、復帰後には1戦して9着に終わっている。
しかも2015年の桜花賞馬レッツゴードンキや前年の阪急杯覇者ダイアナヘイローも出走を表明していて、メンバーも申し分ない。
しかも、彼にとって1400mは未知の距離だった。

目の前には不安要素が乱立していて、予想の中心に据えるのには迷いが生じた。
しかしここで彼の名前が目に留まったのも、何かの縁かもしれない。この阪急杯の前の週には同じ池江泰寿厩舎所属のミラアイトーンが1年半ぶりにレースに復帰し、復活勝利を果たしていたという印象もあった。
彼が走ったレースは1000万下条件のレースで、スマートオーディンが走るのは重賞なので単純比較はできないかもしれないが、「この厩舎なら、次こそいけるのではないか?」という考えが私の中に生まれ、私はスマートオーディンを信じることにしてみた。

レース当日。自宅のTVをつけると、パドックとともに各馬の人気が報じられていた。

1番人気は、前年のNHKマイルCで4着に入り、前走の阪神Cで2着に入ったミスターメロディ。2番人気は中2週で重賞3勝目を狙うロジクライ、ほぼ差のない3番人気はスプリントでも実績を残していたダイアナヘイローという形に落ち着いていた。

その中で、スマートオーディンは11番人気であった。
復帰後の数走は大敗を重ねていたことから11番人気に甘んじてはいたものの、オッズ自体は32倍前後であり、彼に対するファンからの期待の高さが自然と伺えた。

18番エントシャイデンが枠入りをして全馬態勢完了して少し間があき、ゲートが開いた。

スタートは、全馬そろった飛び出しとなった。そこからハナを主張したのはダイアナヘイロー。続いてラインスピリット、レッツゴードンキが上がっていく。

3コーナー前で彼女らを先頭とした縦長の集団ができつつある中、1頭だけ2〜3馬身最後方にいた馬がいた。それがスマートオーディンだった。

私はそのポジショニングを見て、やはり厳しいのだろうかと感じた。
1400mはやはり彼が主戦場としてきた中距離戦線と比較すると距離が短い。
このままでは前に届かないのではないか、と。

そんな私の不安を尻目に、スマートオーディンは3.4コーナーの中間で船団の後方に喰らいつくと、4コーナーから直線では大外に進路をとった。

直線に入ったスマートオーディンは、藤岡佑介騎手に応えて一気に加速。
中断前方まで駆け上がる。

そこで少しよれてきたミスターメロディと併せる形となったが、そんな彼をものともせずに、スマートオーディンはさらに末脚を伸ばした。あっという間に前を走っていたダイアナヘイローやレッツゴードンキを捉え、そのままゴールイン。

推定上がり3ハロンは33.4。
出走18頭の中で最速のものだった。

レース中に私が不安を一変させ「もしかして、いけるんじゃないか?」と思った次の瞬間には、既に前につけていだ。まるで名前の由来となった北欧神話の主神・オーディンが持っているとされる槍「グングニル」の一撃のようなその末脚は、嘗てに勝るとも劣らない鋭いだった。

まさに「名は体を表す」を体現するかのような馬、それがスマートオーディンなのだろう。

(※1)アイルランド開催のプリティポリーステークスは、今現在グループ制によりG1と定義されている。しかし、レディアップステージが勝利した2000年はG2として開催されていたため、このように記載する。

写真:ゆーすけ

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