黄金世代のマイル王・ダノンシャンティの豪脚に魅せられて

直線の入り口で、まだ先頭までは10馬身以上あっただろうか。それでも、鞍上はその「差」さえも楽しんでいるように映った。そして、満を持してゴーサインが出された瞬間、府中のターフに一陣の風が吹き抜けた──。

2010年のNHKマイルCを制したダノンシャンティ。

最後方からの大外一気を決めた豪快な末脚と、当時の日本レコードである1分31秒4のとてつもない走破時計は、月日が経った今も強烈な印象を残している。残念ながら故障の影響もあってこれが彼にとって現役最後の勝利となったが、NHKマイルCの歴史を語る上でこの衝撃的な走りを外すことはできないだろう。

まさに「黄金世代」のマイル王である。

この年の3歳G1戦線は、次々に出現する有望株による争いが繰り広げられた。

2歳戦の中心を担ったのは、朝日杯フューチュリティSを制した2歳王者ローズキングダムと、ラジオNIKKEI杯2歳Sの勝ち馬ヴィクトワールピサ。
その2頭に追いつけ追い越せと言わんばかりに、新たな勢力も台頭する。エアグルーヴの仔ルーラーシップが鮮烈デビューを果たすと、若駒Sではヒルノダムールが完勝。さらには新馬・500万下を連勝した「関東の秘密兵器」ペルーサが若葉Sで豪脚を見せつけるなど、皐月賞を前にクラシック候補が続々と名乗りを上げることに。

ダノンシャンティも、才能あふれる同期生と切磋琢磨しながら末脚に磨きをかけてきた。
新馬戦を勝った直後に臨んだラジオNIKKEI杯2歳Sでヴィクトワールピサの3着と好走すると、年明け初戦の共同通信杯はハンソデバンドの2着。そして、続く毎日杯で重賞初制覇を成し遂げることになる。

最後の直線でザタイキが故障を発生し、鞍上の武豊騎手が大怪我を負った忌まわしい記憶がどうしても付きまとってしまうレースだが、ここでダノンシャンティが発揮した末脚は見事なものだった。前半1000m62秒3のスローペースを中団で待機すると、直線では鞍上がほぼ持ったままの手応えで先頭に並びかけ、軽く仕掛けられただけで後続を突き離す完勝。1番人気に支持されていたルーラーシップらを完封すると同時に、ハイレベルな世代の中でもトップを争えるだけの可能性を強く感じさせた。

こうしてG1出走に向けての賞金加算に成功したダノンシャンティは、NHKマイルCに照準を定めることになる。

一方、トライアルのニュージーランドTでも、負けず劣らずのパフォーマンスで勝ち上がる新星が現れた。大外枠から出負けしながら、強気の先行策で他馬をねじ伏せたサンライズプリンスである。朝日杯3着のダイワバーバリアン以下を寄せ付けず、なおかつ1分32秒9の好時計をマークしての圧勝で、本番はダノンシャンティとの一騎打ちムードが漂った。

  • ダノンシャンティ:2.6倍
  • サンライズプリンス:2.7倍
  • リルダヴァル:6.0倍
  • エイシンアポロン:11.5倍
  • ダイワバーバリアン: 20.1倍

迎えたNHKマイルC当日、ファンが単勝1番人気に支持したのはダノンシャンティの方だった。とはいえサンライズプリンスとの差はごくわずか。少し離れて、骨折休養明けの毎日杯で3着に入ったリルダヴァル。以下、朝日杯2着のエイシンアポロンに重賞での善戦が続くダイワバーバリアンという形に。

実際に、レース展開もスリリングだった。

5月の陽光に照らされた美しいターフを舞台に、序盤からハイペースが刻まれていく。馬群を引っ張るエーシンダックマンの前半4F通過ラップは44.8秒。これをサンライズプリンスは涼しげに2番手から追走する。ダイワバーバリアンやリルダヴァルはそこから少し離れたインコースで脚をタメながら流れに乗り、エイシンアポロンは外に持ち出されながら仕掛けるタイミングを探っている。

ダノンシャンティはまだその後ろ。馬群から少し離れての後方3番手を悠然と追走する。それでも安藤勝己騎手には少しも慌てる素振りが見られない。初めて手綱を取った毎日杯で、この馬の末脚の威力を確信していたのだろう。ここからでも確実に届く、と。

そして最後の直線へ。

失速したエーシンダックマンに代わって、堂々と先頭に躍り出たのはサンライズプリンス。そこに襲いかかるのは、中団で流れに乗っていたダイワバーバリアンとリルダヴァル。その後ろは厳しいペースでスタミナを消耗したか、なかなか差が詰まってこない。

──ただ一頭を除いては。

大外から、まるで次元の違うような伸び脚で一気に前の3頭を飲み込みにかかるダノンシャンティ。残り約200m地点で前を射程圏に入れると、そこからの脚色は際立っていた。残り100mで先頭に立ち、2着のダイワバーバリアンに1馬身半の差をつける完勝。電光掲示板に灯される「1.31.4」の数字と「レコード」の赤い文字も手伝い、大興奮のまま戦いはフィナーレを迎えた。

実はこの「大興奮」にはもうひとつの理由があった。

それは「ダノンシャンティが日本ダービーに出走すれば、どれだけ盛り上がるだろうという」という期待感によるもの。皐月賞馬ヴィクトワールピサ、同2着のヒルノダムールに3着エイシンフラッシュ、さらには青葉賞を圧勝したペルーサらとの激突が実現すれば、史上最大級の熱戦になるに違いないという確信があった。

しかし、残念ながらその願いは叶わず。

日本ダービーの枠順発表前にダノンシャンティの骨折が判明し、無念の出走取消に。
「黄金世代」によるドリームマッチは幻に終わった。

そして戦線復帰後は中距離路線を歩むも白星は挙げられず、大阪杯4着後に再び故障を発生。
そのまま現役を引退することになった。


もしも無事なら、どれだけの活躍を見せてくれただろう。とても名残惜しい別れだった。

ただ、代表産駒のスマートオーディンが活躍してくれたのはせめてもの救いだった。まるで父を「完コピ」したかのような強烈な末脚を武器に、2歳から3歳にかけて重賞を3勝。中でも毎日杯で「父子二代制覇」も達成してくれたのは感慨深い勝利だった。それは不完全燃焼のままターフを去った父の無念を少しでも晴らそうという想いが込められているかのようだった。

あの日本ダービーに出られていたら。古馬になってマイルのG1に出られていれば。今もなお「もしも」の話をしたくなってしまう。

それだけダノンシャンティの豪脚は魅力にあふれていた。

写真:Hiroya Kaneko

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