語り継ぎたい、2022年天皇賞秋。稀代の逃げ馬、パンサラッサの軌跡

2021年、ジャパンカップを最後に引退した三冠馬コントレイル。惜しまれつつ引退した名馬と入れ替わる様に、コントレイルと同世代である"彼"は、年末のG1戦線に名乗りを上げる。
大逃げを武器に、21年のG3福島記念を勝利した逃げ馬。令和のツインターボこと、パンサラッサである。


パンサラッサは、福島記念の勝利した勢いのまま、21年の有馬記念に出走。そこでは13着に敗れるも、年明け初戦のG2中山記念に勝利すると、海外G1ドバイターフで同着の一着となり、遂にG1のタイトルを手にする。その後のパンサラッサは、宝塚記念では超ハイペースで大逃げを見せ、G2札幌記念では令和のサイレンススズカとも呼ばれるジャックドールと激闘を繰り広げた。

そして、秋シーズン。

パンサラッサ陣営はふたつ目のG1タイトルを手にすべく、G1天皇賞秋に挑戦する。だが、パンサラッサの挑戦に一抹の不安を覚えるファンも居たであろう。

『逃げ馬は、天皇賞秋を勝てない』というジンクスがあるからだ。

87年のニッポーテイオー以来、20年以上にわたり、天皇賞秋で逃げの脚質で勝利はなかった(逃げ馬で有名なキタサンブラックは、天皇賞秋を勝っているものの、スタートで出遅れたため逃げて勝利しているわけではない)。

レジェンドテイオー、ツインターボ、ダイワスカーレット、シルポート…。数々の名馬が逃げで天皇賞秋に挑むも、ニッポーテイオーを最後に、秋の盾を手にした者は居ない。

天皇賞秋で逃げ馬は勝つのは難しい、しかしパンサラッサならば、もしかして──。

パンサラッサの大逃げで、天皇賞秋を勝つ…ファンはそんな光景を夢見た。

迎えた、天皇賞秋。

秋の盾を手にすべく、豪華メンバーが集まった。出走時間も近づき、最後にカデナがゲートへ収まる。

騎手、馬、ファンが、まだかまだかとスタートを待つ。そして、ゲートが開く音が鳴り響く。

先手必勝と言わんばかりのスタートを見せるパンサラッサ。しかし外からはジャックドール、更にバビットが来る。ノースブリッジも好位置で、先行争いは熾烈を極めた。

先行争いを制したのは、パンサラッサ。2番手はバビット、3番手にノースブリッジが続く。ジャックドールはススッと下がり4番手をキープ。

先頭を気持ち良さそうに駆け抜けていくパンサラッサ。だが2番手集団からは一、二馬身程しか離れていない。1400mの表示を通過した時点では、まだ大逃げを仕掛けない。
そして1200m表示の手前辺りで、スルスルと前に出ていく。遂に彼は仕掛けたのだ。

アナウンサーが最前列から最後方まで隊列を実況する間に、パンサラッサはグングンと2番手との差を広げていく。

大逃げ態勢に入ったパンサラッサ、最初の1000mは57秒4と言う超ハイペースとなった。サイレンススズカと同タイムの1000m通過に場内はざわつき、ファンの逃げ切りへの期待は更に高まる。

大欅を過ぎる頃には「これだけの逃げ! これだけの逃げ! 令和のツインターボが逃げに逃げまくっている」と、アナウンサーに言わせる程に、後続とのリードを広げていた。

普通の競走馬ならこれ程までのハイペースで走っていれば垂れて来るだろうが、パンサラッサは垂れ無い。

一着でゴールしたドバイで見せた、最終直線での勝負根性。その勝負根性をもってスピードを維持したまま、最終直線へと突っ込んでいく。

ゴールはまだか、まだなのか。ライバル達よりも速く、ゴール板を駆け抜けてしまえ──。

しかしここは府中。直線が短い中山競馬場とは違う。東京競馬場の最終直線は長い、気が遠くなる位に長い。

だが、今回のパンサラッサは府中でも逃げ切れる程にリードを広げている。鞍上・吉田豊騎手の激に応え、先頭を駆け抜けていく。

──勝てる、勝てるはずだ!

だが、一頭の競走馬が、パンサラッサとの差をグングンと縮めていく。

そう、キタサンブラック初年度産駒、後にG1を6勝するイクイノックスだ。

皐月賞、日本ダービーでは、連続で2着と苦渋を味わったイクイノックス。初G1のタイトルをこの手に掴まんと、パンサラッサに迫る。

パンサラッサか、イクイノックスか。リードは殆ど無いがもうゴールは眼の前。先にゴールを駆け抜けるのは──。

先頭をゴールを駆け抜けたのは、ゴール手前でパンサラッサをかわした、イクイノックスだった。
だがファン達はパンサラッサの大逃げも、惜しみない拍手で称えた。

大逃げとは、これ程までに心を熱く、痺れさせるのか。2022年の天皇賞秋、ファンに語り継がれる名レース…いや、伝説のレースとなったのだ。

大逃げで駆け抜けたパンサラッサも、気づけば6歳となり、23年を持って引退。種牡馬になる事が決まった。

数年後には、彼の子がイクイノックス等、数々の競走馬の子と激闘を繰り広げるのだろう。

そして私達は夢見るのだ。

錚々たる逃げ馬達が手にできなかった秋の盾を、"稀代の大逃げ馬"の子孫が、逃げて掴み取る日を──。

写真:ブロコレさん(@heartscry_2001)

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