世紀末に"覇王"として君臨し、2000年には8戦8勝という大記録を打ち立てた伝説的名馬・テイエムオペラオー。
今回は、テイエムオペラオーの魅力をテーマに、新書『テイエムオペラオー伝説 世紀末覇王とライバルたち』の執筆陣がそれぞれ語っていく。
歴史的な名馬のどこに、我々は惹かれていくのだろうか──。
血統表に隠れている、オペラオーの"底力"
テイエムオペラオーの異次元ポイントはどこか。
年間8戦8勝、うちGⅠ5勝、GⅡ3勝。これほど端的に異次元を表現する数字はない。1年間で重賞に8回出走すること自体、いまや珍しく、さらにそれをすべて勝った。若い競馬ファンはきっと、こんな馬柱を目にしたことがないだろう。その感覚はフィクションに近い。あたかも歴史上の偉人のようなものだ。崖から馬で駆けおり、奇襲を仕掛けた、炎上する寺で「敦盛」を謡い舞い、自刃したといったエピソードに似た感覚だ。人はそれを伝説と呼ぶ。伝説がまとう現実感の乏しさこそ、オペラオーの異次元さでもある
。だが、オペラオーの競走成績は伝説ではなく、史実だ。乏しき現実感をはらんだ現実。決して幻ではなく、まして決して創作なんかではない。織田信長もオペラオーも実在した。20世紀の終わりから21世紀の幕開けにかけ、戦国時代と同じく覇王はたしかに競馬界に存在した。織田信長の人生を伝える歴史家のようにオペラオーを語るひとりでありたい。
「テイエムオペラオー伝説 世紀末覇王とライバルたち」(星海社新書)のなかで、私は年間8戦8勝を達成した2000年シーズンをなぞった。競馬場も馬場状態も距離も関係ない。ナリタトップロード、ラスカルスズカ、そしてメイショウドトウの挑戦をすべて退け、ジャパンCではファンタスティックライトも破った。伝説のような戦歴を作りあげた、そのエネルギーは果たしてどこにあったのか。
オペラオーの母ワンスウエドはブラッシングブルームを父に持つ。ブラッシングブルームは2歳時にフランスのGⅠ4連勝、3歳エプソムダービーで負けるまで7連勝を達成した。オペラオーの連勝はブラッシングブルームの影響もあっただろう。ブラッシングブルームはエプソムダービーで黒星を喫したように、スタミナを問う中距離は得意ではなかった。一方で英国クラシック2冠馬ナシュワンや凱旋門賞を勝ったレインボウクエストなど欧州中距離路線を席巻する馬の父でもあった。ラーイもブラッシングブルームの代表産駒の1頭。ラーイはファンタスティックライトの父。あのジャパンC、極東の東京競馬場でブラッシングブルームの血が激突したことになる。
ナスルーラ系ブラッシングブルームにボールドルーラーの血、近親にわずか1世代しかこの世に残せなかったドバイミレニアムがいるワンスウエドはスピード色の強い配合でもあった。
そして、それを補う形で用意されたスタミナタイプの種牡馬がオペラハウス。5歳時にGⅠ3連勝、大種牡馬ノーザンダンサーを継ぐ欧州競馬の象徴サドラーズウェルズの産駒。サドラーズウェルズ色の濃いオペラハウス産駒は道悪は得意だが、欧州競馬と対極にある日本のスピード競馬に合わないという評価もあった。オペラハウス産駒は東京芝2000mに117回出走し、10勝。中距離ながらスピード志向の東京芝2000mでは同時期にいたサンデーサイレンス52勝には遠く及ばなかった。
オペラオーが天皇賞(秋)に挑んだとき、その血統面は不安材料という形で話題になった。春のGⅠは長距離戦と道悪競馬。東京芝2000mは死角になる。1番人気はオグリキャップから12連敗中。騎手はこのコース未勝利、不利な外枠。まるでネガティブキャンペーンのようなデータが紙面を賑わせた。オペラハウス産駒はオペラオーのレース週まで東京芝2000mはマイネルシアターの新馬1勝。ただし、当日7R平場でチカラダユウキが産駒2勝目をあげた。この日、芝は前日雨の影響により重馬場。負けない馬には運もある。
春全勝、休み明け京都大賞典を勝ち、この年連勝記録を5に伸ばしたオペラオーの単勝オッズは最終的に2.4倍。天皇賞(春)1.7倍、宝塚記念1.9倍を考えれば、オペラオーに死角あり。現在の競馬に当てはめれば、この戦歴で2倍支持はまずなかろう。ここにオペラオーの当時の立ち位置を感じられるだろう。春全勝ながら、オペラオーは決して白旗をあげる存在ではなかった。その根拠を着差に求めた人は多い。0.0、0.4、0.1、0.0、0.0。これが5連勝の着差。ナリタトップロードもラスカルスズカもメイショウドトウも完敗ではなく、惜敗。ひとつなにかが変われば逆転できる。陣営もファンも期待を抱いた。しかし、本書の和田竜二騎手のインタビューにあるが、オペラオーは抜け出すとソラを使うクセがあった。和田騎手はそれを封じるべく、抜け出すタイミングを慎重に図った結果の着差だった。派手さがないことには理由があった。つけ入る隙があるようで実はない。オペラオーを語る上で、「ハナ差圧勝」は的を得たキャッチフレーズだ。
外野があげつらう不安材料、負けてもわずかな着差。これらを一遍に吹き飛ばした舞台が東京芝2000mの天皇賞(秋)だったことはオペラオーの見直すべき事実ではないか。外枠から2コーナーで強気に位置をとり、序盤でいつでもどこからでも動ける形を決め、前にいるメイショウドトウを早めに捕らえ、併せる場面を作らせず、最後の200mは突き放しにかかる。もっとも疑われたレースで見せた史上最高のインパクトある競馬。メイショウドトウにつけた0.4差はオペラオーのGⅠ勝利で最大着差なのだ。真の王者はここぞというときに周囲を漂う空気を切り裂く。
いわゆる底力というものは血統表に隠れている。オペラハウスもブラッシングブルームも時期こそ違うが、GⅠ制覇はどちらも連勝だった。負けないオペラオー。その原動力はここにあった。やがてオペラハウスはメイショウサムソンというダービー馬を送り、さらに2度目の天皇賞(秋)制覇も達成した。確かにちょっと鈍いところはあるが、欧州を代表するサドラーズウェルズ譲りの底力もまたオペラハウスは後世に伝える。周囲の不安をぶち破り、これまでのイメージを一変させた天皇賞(秋)はオペラオーが隙があるようでない絶対王者だったことを表現する。
(勝木 淳)
異次元なまでの"僅差勝利"劇
「ハナ差圧勝」
テイエムオペラオーのその強さを語る上で、多くの人がこの言葉を使っている。事実、新書『テイエムオペラオー伝説(星海社新書)』の帯にも「君はあの圧倒的なハナ差圧勝を見たか!」という文がある。
オペラオーの凄味は、多くの人が使っている通りまさにこのハナ差圧勝に他ならない、と私は思う。
競馬において名レース、名勝負とされる激闘は、その多くが鮮烈なもの。例えばサイレンススズカの金鯱賞、毎日王冠のような逃げ切り、ディープインパクトの若駒Sの大外一気、天皇賞・春のまくり勝ち、ウオッカの前が塞がりながらもこじ開けて勝利した安田記念などがあ挙げられる。近年で言えばアーモンドアイのJC、コントレイルのダービーや、逃げ粘るパンサラッサをイクイノックスが差し切った天皇賞・秋なども、そうしたレースと言える。では逆に、彼らないし彼女らが接戦を繰り広げたレースはどれほどあるだろうか。
サイレンススズカが本格化して以降の最短着差は宝塚記念の3/4馬身。ディープインパクトは弥生賞でのアドマイヤジャパンとの競り合い、ウオッカは言わずもがな、天皇賞・秋でのダイワスカーレットの激闘が挙げられるだろう。G1を9勝した名馬アーモンドアイはツヅミモンの叩き合いになったシンザン記念とG1の8勝目を成し遂げた天皇賞・秋が該当する。コントレイルはクラシックの第一冠・皐月賞と三冠を達成した菊花賞、イクイノックスの天皇賞・秋──確かに、これらの勝負は、名勝負に数えられる。だがしかし、今ここに名が挙がった馬達のほとんどは、大楽勝のレースがいくつもある。
そう、戦いを重ねる中で、僅差の大接戦・名勝負はあれど、毎レースのように僅かな着差で勝利を重ねてきた名馬は、殆ど例を見ないと言っていいだろう。
古馬になり、テイエムオペラオーが遂げてきた"年間無敗"の着差は、どれだけ大きくても0.4差(阪神大賞典でのVSラスカルスズカ&ナリタトップロードおよび天皇賞・秋のVSメイショウドトウ)。
グランドスラムの階段を駆け上がる中、着差0.0から0.1の戦いは実に8回中6回。しかもライバルたちの名前はメイショウドトウを筆頭に、ナリタトップロード、ラスカルスズカ、ステイゴールド、ツルマルツヨシ、ホッカイルソー、メジロブライト、ファンタスティックライト、エアシャカール、アグネスフライト、キングヘイローといった名馬がズラリと並ぶ。「弱い」という形容詞がおよそ似つかわない彼ら。そんな彼らに「次は勝てるかもしれない」「この着差なら次は逆転できるかもしれない…」と思わせても、その度に絶対に覆せない大きな大きな──なおかつ結果の上では僅かな着差で勝利を収める。王者の圧倒的力量差が、この僅差には全て詰まっていた。
叩き合いを制するということ、それはつまり、自身の勝負根性、勝負強さを証明すること。どれだけ追い込まれても最後には全てを覆してしまうその根性は、これまで先行して抜け出し、最後は僅差で勝っていたテイエムオペラオーが、師走のファンに「これだけ包まれてしまえばもうおしまい」とすら思わせた有馬記念で、全てをひっくり返し、証明してみせた。
有馬記念で彼が包み込まれた馬群──俗に言う「オペラオー包囲網」は、確かにオペラオーの進路を消していた。しかしそれでも、彼は無いはずの道をぶち破ってきてみせた。まるで自分の強さを、世に証明するかのように。そして最後、抜け出したメイショウドトウをハナ差捉えて優勝。「ハナ差圧勝」の全てが、このレースに詰まっていると思うのは私だけだろうか。
異次元なまでの僅差勝利劇。それこそが、オペラオーの最大にして最高の魅力なのでは無いだろうか。
(小早川 涼風)
誰かと語らいたくなる"異次元の走りの『なぜ』"
勝ち負けを競う世界では、「勝ったり負けたり」が当たり前である。
一つの勝利を挙げることが、いかに難しいか。
その困難があるからこそ、私たちは競馬をはじめとした勝負の世界に惹かれるのであり、一つの勝利に心を動かされる。
そして、もっと難しいのが、勝ち続けることだ。
勝つことは難しいが、勝ち「続ける」ことは何倍も難しい。
勝ちに飢えた挑戦者と、それを迎え撃つ王者。
その彼我の立ち位置の差は、あまりにも大きい。
勝ち続けるほどに、研究され目標にされる。
勝ち続けるほどに、己の甘えとの闘いになる。
勝ち続けるほどに、妬みや嫉み、やっかみといった雑音も増える。
そして何より、勝ち続けるほどに、孤独になる。
だからこそ、勝ち「続ける」ことは難しい。
翻って、テイエムオペラオー。
20世紀最後の年に、年間8戦8勝、うちGⅠを5勝と無敗で駆け抜けた。
厳寒期の淀から始まり、年の瀬の中山まで。
日本競馬におけるトップレベルの競走の中で、勝ち続けた。
選良に選良を重ねてきた、サラブレッド。
そのサラブレッドの中でも最上位クラスにいる精鋭たちが、最高の仕上げを施され、当代の名手とともに挑むのが、GⅠ競走である。
まして競馬においては、天候、枠順、馬場状態、出走馬の脚質、体調、展開など、不確実な要素があまりにも多い。
その中で、一年を通じて勝ち続けるなんていうことは、いかに至難であり、いかに現実離れしていることか。
しかし、テイエムオペラオーは勝ち続けた。
唯一無二のパートナー、和田竜二騎手を背に、2000年を勝ち続けた。
その掉尾を飾った、有馬記念。
「包囲網」とも呼べるような執拗なマークを受け、絶望的なポジションから差し切った、あの姿よ。
当時の古馬王道路線だった5つのGⅠを、ステップレースを含めて全て勝ち切った。
そのことは、長い競馬の歴史の中においても、特異点ともいえる出来事のように見える。
そのことが、テイエムオペラオーを、唯一無二の存在にしているのであり、異次元だった点といえる。
それにしても、なぜ、そんな異次元の走りができたのか。
その偉大な足跡とライバルたちとの激闘を、振り返りながら、それを何度でも考えたくなる。
きっとその理由は、テイエムオペラオーと和田騎手を愛するファン一人一人できっと違うし、違っていいのだろう。
そして──時にそれを誰かと語らいたくなるのも、彼らが持つ魅力なのだろう。
(大嵜 直人)
写真:かず
テイエムオペラオーの世代にスポットライトをあてた新書『テイエムオペラオー伝説 世紀末覇王とライバルたち』が2022年10月26日に発売。
製品名 | テイエムオペラオー伝説 世紀末覇王とライバルたち |
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著者名 | 著・編:小川隆行+ウマフリ |
発売日 | 2022年10月26日 |
価格 | 定価:1,199円(本体1,090円) |
ISBN | 978-4-06-529721-6 |
通巻番号 | 236 |
判型 | 新書 |
ページ数 | 240ページ |
シリーズ | 星海社新書 |
内容紹介
君はあの完璧なハナ差圧勝を見たか!
90年代後半に始まるサンデーサイレンス旋風。「サンデー産駒にあらずんば馬にあらず」と言っても過言ではない時代にサンデー産駒の強豪馬たちと堂々と戦いあった一頭の馬がいた。クラシック勝利は追加登録料を払って出走した皐月賞(1999年)のみだったが、古馬となった2000年に年間不敗8戦8勝、うちG15勝という空前絶後の記録を達成する。勝ち鞍には、いまだ史上2頭しか存在しない秋古馬三冠(天皇賞、ジャパンC、有馬記念)という快挙を含む。競馬ファンのあいだで「ハナ差圧勝」と賞賛された完璧な勝利を積み重ね、歴史が認める超一流の名馬となった。そのただ1頭の馬の名をテイエムオペラオーという。