関東圏の夏の始まりは福島開催から…。
毎年、春の府中開催が終わると、脱力感たっぷりの状態になる。長い夏競馬が始まり、関東圏に馬たちが戻ってくるまで約2か月、テレビの競馬中継を見ながら自宅で過ごす週末が始まる。
「競馬はライブ観戦に限る」と言いつつも、開催が福島から新潟に替わる頃には、テレビ観戦も良いと思い始めるのが毎年の事。競馬帰りの満員電車に乗らなくて良い。炎天下のパドックで汗だくになりながら各馬のチェックをしなくても、テレビ中継の解説を聞きながら、涼しく自宅ソファーに座って各馬の状態を確認できる……。しかも、月曜朝の疲労感も少なく、馬券の買い方も幾分おとなしくなる。
一見、良いことばかりのように思えるが、日曜夕方の物足りなさと不達成感は半端無い。身も心も疲れた状態で競馬場から帰宅し、サザエさん一家とのじゃんけんの勝敗で一喜一憂する週末のフィナーレが無いと、きちんと一週間を過ごした気にならないのかも知れない。
夏の開催10週間中、後半週に入ると無意識の内に秋の中山開催を待つ私がいる。テレビ中継で、「秋の始動」「秋デビューの注目2歳馬」などのキーワードを耳にすると、京成杯オータムハンデやセントライト記念などのレース名が頭の中に浮かぶ。新潟の直線競馬を見ながら秋競馬を心待ちにするのも、夏競馬の楽しみ方のひとつだろう。
夏競馬のスタート、福島開催の4週間は気持ちが開き直っているのか、さすがに秋競馬は浮かんで来ない。むしろ私は夏の福島競馬が大好きだ。梅雨の後半から梅雨明けにかけて開催される4週間。夏の福島競馬は季節感たっぷりな開催だと思っている。
重賞レースが2レース組まれ、開幕週はダービーを終え秋に向けて再スタートする3歳馬たちのラジオNIKKEI賞。開催の頂点は七夕賞をメインレースとする「七夕デー」。七夕賞を挟んで、織姫賞、彦星賞、天の川ステークスの特別レースが組み込まれた、7月開催ならではの夏の1日である。
七夕賞の歴代優勝馬は「苦労人(馬)」が多い。悲願の重賞初制覇を成し遂げた馬、故障に泣かされ続け、ようやく復活の勝利となった馬などが多く、価値ある優勝シーンが披露されてきた。
平成以降で連覇したのは、2008年2009年のミヤビランベリただ一頭。前年2着から優勝したのが2020年のクレッシエンドラブだけだから、リピーターの少ないレースともいえる。
夏の福島開催を象徴する馬は誰だろうか。
やはり、メインとなる2つの重賞レースをコンプリートした馬が相応しいが、平成以降では該当馬が2頭いる。近いところでは2016年ラジオNIKKEI賞、2017年七夕賞を制したゼーヴィント。
そしてもう1頭、ゼーヴイントから遡る事四半世紀前。1991年ラジオNIKKEI賞、1993年七夕賞に優勝したツインターボである。
ツインターボは両レースとも、逃げに逃げて後続を完封した。秋の福島も含めて福島競馬場で5戦2勝2着1回、4歳(現3歳)時の福島記念も2着に逃げ粘っている。ツインターボの逃げ脚は、小回りの福島競馬場に合っていた。蒸し暑さを吹き飛ばす気持ちの良いレースを見せて勝利したツインターボこそ、夏の福島を象徴する代表馬だと私は思う。
ツインターボの「逃げ」の凄さ
ツインターボは、父ライラリッジ母レーシングジイーン。1988年4月13日、静内の福岡牧場で生まれた。同期生にはトウカイテイオーがいるが、同じレースで走ることは1度も無く現役を終えている。有馬記念には1991年、1994年の2度出走しているものの、1993年の「トウカイテイオーの伝説となった有馬記念」には、出走表に名を残すことができなかった。
ツインターボの魅力と言えば、「潔いとしか言いようのない逃げ」。勝つときは誰も止められない圧勝劇、負けるときはやり切った感たっぷりの失速という極端なレーススタイルで、人気を博した。レース結果の通過順位欄を見ても、中央競馬出走22戦中「1-1-1-1」が15戦、7割弱の出走レースで4コーナーまではツインターボ劇場が展開されている。また、スタートから向正面あたりまで、つまり「1-1-×-×」は実に100%先頭を走っている。
スタートから常に後続を引き離す大逃げで現役生活を貫いたツインターボこそ、“Mr.逃げ馬”の称号を与えたい個性派だった。
ツインターボは430キロに満たない小柄な馬。体高も同じレースに出走する馬たちに比べ、一回り低く、スタート前の輪乗りで他馬と並んでいると小柄な馬体が一層目を引く。その小柄な馬がスタート同時に一目散に逃げていく姿は、何となく微笑ましくさえ感じられる。ひたすら逃げるツインターボを追うカメラが引き、後続との差が映し出されると拍手が起こった。ちょっと大きめのメンコをずらしながら先頭を走る姿に、今を生きる自分を重ねて、追いつかれないよう、追い越されないよう応援している連中が私の周りにはたくさん居た。
ツインターボの単勝馬券は、どのレースでも楽しめる価値ある1枚だった。
ツインターボは36戦6勝(地方転出後1勝)の成績で、重賞レースは前述のラジオNKKEI賞、七夕賞に加え、6歳(現5歳)時にオールカマーにも優勝している。
4歳になってからのデビューで中山の新馬・もくれん賞を連勝し、東京優駿を目指して青葉賞に駒を進める。スタートから快調に飛ばし4コーナーまで逃げるものの、最後はバテて9着に敗れてしまう。
トウカイテイオーが圧勝する東京優駿当日の駒草賞5着を経て、ラジオNIKKEI賞に出走し5番人気ながら優勝。4歳夏にして、早くも重賞ウイナーとなった。トウカイテイオーが骨折休養して不在の秋は、セントライト記念、福島記念を続けて2着。セントライト記念では東京優駿で2着になった後の菊花賞馬、レオダーバンにクビ差先着している。更に暮れの有馬記念もスタートから先頭を奪い、メジロマックイーンやプレクラスニー、メジロライアンを従えて4コーナー手前までマイポジションをキープして、4歳時の蹄跡を締めくくった。
ツインターボが本格化し、「凄みのある逃げ脚」を確立させたのは6歳の夏以降だろう。
G1初出走となった有馬記念でレース後鼻出血を発症し、体調を崩したツインターボは、5歳時は秋の福島民友カップ(1番人気10着)の1走で終わる。6歳になっても復調は見られず、逃げてはバテるの繰り返して凡走を重ねた。
ツインターボの本格化!夏の福島・七夕賞
1993年はスタートから3連敗となったツインターボは、得意の福島競馬場で行われる七夕賞を選択する。
ツインターボにとって転機となったのは、七夕賞から中館英二騎手に鞍上が変わった事だろう。逃げ馬なのにスタートが今一つ遅いツインターボの弱点は、逃げる展開が得意な中館騎手により解消されるようにも思えた。
1993年の七夕賞は、夏の福島開催の最終日、当時の福島競馬場への入場者47,391人のレコードを記録する中、スタートが切られた。
1番人気はエプソムカップ2着から転戦のダイワジェームス、ステイヤーズステークス優勝馬アイルトンシンボリが2番人気。ツインターボは得意コースと中館騎手へのスイッチで3番人気をキープしている。
大外のツインターボは、中館騎手に促されてロケットスタートを切る。内のコウチポート、トミケンドリームが先頭を伺う中、強引に内に切れ込んで先頭に躍り出た。メンコがずれた顎を突き出すような独特のフォームの小柄な馬は、速いピッチで15頭を従え1コーナーを回る。
スタートからのラップタイム、12.4-10.6-10.9-11.8-11.7。前半1000mを57.4秒と暴走とも言えるラップで2番手以下を引き離す。
2番手以下は、ツインターボを追わないのか、付いていけないのか。アイルトンシンボリも早めに仕掛けているようにも見えるが田中勝春騎手の手が動いている。向正面で更に差を広げる大逃げに出たツインターボ。3コーナーカーブで4~5馬身、残り600m時点で更に差が広がって行く。
今までとは別馬のように気持ちよく4コーナーを回るツインターボ。苦しさで頭を上げることもなく、沈むようなフォームで5馬身のリードを保っている。追い込み勢からダイワジェームス、アイルトンシンボリ、ハシノケンシロウの姿が見えてくるが、直線に入りツインターボとの差は開いたまま。
結局、最後までツインターボを捕まえる後続勢が現れず、2000mを楽々と逃げ切った。走破タイムは1分59秒5、2着アイルトンシンボリに4馬身の差をつけてツインターボが七夕賞を制覇した。
ツインターボの中央戦績23戦中のベストレースが、この七夕賞だったと私は思う。
中館騎手とのコンビが相乗効果を生み、スタートから楽に先頭を奪って、前半に10秒台のラップを刻んでも後半失速しなかった。続くオールカマーでも、ライスシャワー、ホワイトストーンらを相手に圧巻の逃げ脚を披露する。七夕賞を機に、「ツインターボの大逃げスタイル」はすっかり定着した。
愛され続ける馬、ツインターボ
先行してポジションを確保したうえで直線勝負する画一的パターンが多い今の競馬スタイル。その中で、ツインターボの大逃げは特異な存在だった。途中で失速しても誰もが納得する逃げパターンを演じ続けた。
大逃げからみるみる差が縮まり、後続集団に飲み込まれる時、「やっぱりだめか、ここまでか~」とつぶやくように首を振りながら失速するツインターボ。その姿に悲壮感は無く、見ている側も納得ずくの後退シーンで笑いさえ誘う。「後続につかまり方の美学」を持つ逃げ馬は、ツインターボ以降登場することは無いだろう。
オールカマー以降、ツインターボの大逃げが決まるシーンを見ることは無かった。それでも彼は引退後も愛され続けた。2014年に行われた「JRA60周年記念競走メモリアルレース」で、七夕賞当日の準メインレースとして「韋駄天ツインターボカップ」が実施されている。レース名をファン投票で選ぶもので、ツインターボは2位のミヤビランべリの倍以上の得票を得たという。
記憶に残り続ける馬、ツインターボ。
トウカイテイオーという絶対的スターを抱えるこの世代の中で、G1馬でもなければ競馬史に残る記録を作ったわけでもない。それでもツインターボの大逃げは、30年経った今でも語り継がれ、懐かしんでいる。
毎年夏の福島開催がやって来ると、ツインターボの七夕賞を真っ先に思い出すのは、彼が今も愛されていることに他ならない。
Photo by I.Natsume