「もう2度とひっくり返らないぞ、ジョッキーを落とさないぞ」。悲運の名馬・シゲルスダチの生涯を振り返る。

記録には残らなくても、人の記憶に残る名馬がいる。
2015年に『優駿』の企画、「未来に語り継ぎたい名馬 BEST100」の中で、重賞未勝利の条件馬として唯一ランクイン(95位)した馬がいた。

その馬は、シゲルスダチ。
2012年の3歳OPマーガレットSを勝利し、NHKマイルCにも出走した実力馬で、その芦毛の馬体と可愛らしいルックスも相まって多くのファンを獲得したアイドルホースだった。2012年シーズン、シゲルスダチは休むことなく転戦を続け、ほぼ1ヶ月に1走のペースで走り続けて年間で実に11戦のキャリアを積んだ。
連勝してオープン入り、GⅠの舞台や古馬との対戦、1番人気もシンガリ負けも経験した内容の濃い1年だったと言えるだろう。

そんなシーズンにおいて、8月の北九州記念は、彼のキャリアでも特筆すべきレースとなった。
前2走で古馬相手に歯が立たなかった彼はこのレースで18頭立ての12番人気42.2倍まで人気を落として出走となったが、スピード自慢の先行勢がグングン飛ばしてレースを引っ張り、最初の600mが32.2という前傾ラップになる中で馬群のちょうど切れ目のぽっかりと空いた真ん中につけ、最後の直線で先行勢がバラけたわずかな隙間をついて脚を伸ばした。

ハンデ戦らしく各馬がごった返す中、直線では一瞬だけ先頭に立ったが、さらに後方につけていた年長馬スギノエンデバーにゴール寸前にきっちりと差し切られて2着に敗れた。ハンデによる斤量差はあったとはいえ、夏の重賞で3歳馬が古馬相手に連対したというのは間違いなく健闘と言えるだろう。
それから競走馬登録抹消に至るまで、主に1600万条件(現:3勝クラス)を中心に走り続けたシゲルスダチにとって、この北九州記念は「競走馬として最も輝いたレース」だったと言って差し支えないだろう。

この馬を語るうえで、欠かすことができない騎手がいる。
それが、後藤浩輝騎手だ。
JRA通算1447勝をあげ、2007年には関東リーディングにも輝いた名手だった。
シゲルスダチ最後の勝利となったマーガレットSで手綱を取っていたのが彼であり、唯一のGⅠ参戦となったNHKマイルCにもともに出走した間柄だった。
NHKマイルC最後の直線、馬群に突っ込んだ後藤騎手とシゲルスダチは前を行く馬の斜行を受けて転倒、落馬してしまう。馬は本来、群れをなして生活する生き物であるから落馬によって騎手を失った馬はそのまま他の出走馬たちを追いかけて走っていくなどする場合がほとんどだ。
しかし、シゲルスダチは自らの背中から投げ出され、コース上でうずくまる後藤騎手を心配するようにその場から動かなかった。それが騎手を思いやっての行動だったかどうかはわからないが、確かな事実として目の前に広がったその光景は多くの競馬ファンの心を揺れ動かした。

この落馬で頸椎骨折の怪我を負った後藤騎手のそれからは苦難の連続だった。
リハビリに耐え復帰したかと思えば、復帰した当日に再度頸椎を骨折してまた長期休養。
2013年10月、1年ぶりに復帰を果たすと翌11月にあのNHKマイルC以来、約1年半ぶりのシゲルスダチとのコンビで再び東京競馬場に現れて無事に完走するなどしたが、また半年後の2014年4月に頸椎を骨折し、三度の長期休養。1度は引退も覚悟したが、不屈の闘志で辛いリハビリを耐え抜いた。
ようやくその休養からの復帰時期が決まった11月、後藤騎手は東京競馬場の解説席からシゲルスダチの姿を見つめていた。
奇しくも前年に久しぶりのコンビとして走った奥多摩S。
ここを走り終えた次走には、復帰する後藤騎手との再コンビでレースを使うことが決まっていた。

最後の直線で手応え良く追い込んできたシゲルスダチ。
3着争いに加わろうとしたゴール直前、シゲルスダチの命の灯火が1番強く瞬いた。
しかしそれは「輝く」や「煌めく」といった言葉で形容するにはあまりにも冷たすぎる光だった。
1番スピードが乗ったところでガクンッと身体が沈み込んでの急激な減速。どうにかゴール板は通過したものの、その脚の状態がただ事ではないことはレースを見ていた誰の目にも明らかだった。
ただ、そんな状態にも関わらず、シゲルスダチは背中の騎手を振り落とすことなく減速して1コーナー過ぎで静かにその脚を止めた。
それはすなわちシゲルスダチの命の灯火が消えゆくのと同義だった。
その様子をスタンドから見ていた後藤騎手は自身のFacebookでこう語る。

脚がブラブラになっても、「もう2度とひっくり返らないぞ、ジョッキーを落とさないぞ」と、必死に最後まで走りぬいてくれました。本当に強い馬でした。どうか皆さん、シゲルスダチを褒めてあげてください。こんな馬がいたことを覚えていてあげてください。ありがとうスダチ。安らかに…

──後藤騎手Facebookより引用

そしてその投稿はこんな一文で締めくくられていた。
「シゲルスダチ主戦ジョッキー 後藤浩輝」と。

ウマ娘の影響もあって、競馬そのもの、そして記録に残る名馬たちにフォーカスが集まることは嬉しい事実だ。
しかし今一度考えてみてほしい。競馬には「名馬たち」の物語だけではなく、記録に残らない馬たちそれぞれにも、ひとつ一つの物語が存在しているのである。
「馬は2度死ぬ」
誰かがそう言った。
「1度目は生涯を終えた時、2度目は人に忘れられた時」
私が馬に携わる時は、いつどんな時もこの言葉を大切にしているつもりだ。記録には残らない馬たちもきっと、今もどこかの誰かの「名馬」だ。

2015年、突如として届いた後藤騎手の訃報。生前、彼はシゲルスダチについて「大好きな馬」と答えていた。
たとえそれが綺麗事だと言われようと、私は空の上で後藤騎手とシゲルスダチが再会できていることを祈っている。

写真:tosh

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