偶然の出会いから、新宿の居酒屋で"記憶の名馬"ステファニーチャンを思う。

乗馬クラブの紹介記事や、牧場の情報、最近知った馬の血統表などに触れていると、もう何年も名前を聞いていないような懐かしい馬の名前を目にしてびっくりすることがある。勿論そういう瞬間は、競馬に関するモノに触れていることで訪れる遭遇するのがほとんどだ。

しかし、競馬とは全然関係ない場面で思いもよらぬ名前を聞くこともある。その時は、驚きが何倍にもなる。そして、当時の記憶が一気に噴き出してくるのだ。

それは冬のある日。
競馬を全く知らない友人と、久しぶりに会ったという事で新宿の居酒屋で飲んでいた。
杯を重ねて上機嫌になると、たまたま隣のテーブルで同じように杯を重ねて上機嫌となっていたグループと一緒になっておしゃべりをして盛り上がるようになった。
しばらくすると、話題はそれぞれの趣味についてへとうつっていく。私が競馬好きだというと一人の女性、Aさんが笑いながら言った。

「あ、私の父が馬主だったんですよ」

口にしていた日本酒を、吹き出しそうになった。

(……まあ、馬主でも色んな人がいるし、自分なんかが知っているような有名な馬の馬主さんでした、なんてことはないだろうな)

そう思いながら、酔いのいい気分のまま軽く聞いた。

「ええ、そうなんですかあ。ちなみに、なんて言う馬の馬主さんでした?」
「そんなに有名じゃなくてご存じないと思いますけど、ステファニーチャンと言う馬です」

その名を聞いた瞬間、目玉ひん剥いて「ええ!」と声を上げた。
しっかりとその名前は脳に刻まれていた。

ステファニーチャン。
1996年生まれ、アーミジャー産駒の牝馬。
彼女が注目を浴びたのは、1999年桜花賞戦線だった。

折り返しの3歳(旧表記以下同)新馬戦で勝ちあがるもOP、重賞で結果が出ず。
しかし、自己条件の500万下赤松賞で9番人気ながらもスティンガーの2着に入ってその力を見せると、続く重賞フェアリーSで3着に食い込んだ。
そして4歳初戦の1月のフローラS(当時は中山1200mの重賞でもトライアルでもないOP特別)を1番人気で勝つと桜花賞トライアル、報知杯4歳牝馬特別に駒を進める。

フローラS優勝時の記念テレフォンカード(Aさん所蔵)

OP特別を快勝していた彼女だが、出走メンバーには前走シンザン記念を制したフサイチエアデール、小倉3歳Sを制して阪神3歳牝馬Sで2番人気に押されたコウエイロマン、ステファニーチャンが3着だったフェアリーSを制したタヤスブルームと重賞馬が3頭出走していて、彼女は単勝15.4倍の5番人気とやや低めの評価。

しかし、414㎏の小柄な彼女が、この舞台の主役へと踊りだす。
スタートからコウエイロマンとエフテービルサドが逃げてそれを見るようにステファニーチャンはタヤスブルームと並んで3番手追走。
最終コーナーを回り、コウエイロマンが逃げ粘るを図るが先行勢が一気にそれを飲み込む。その混戦を真っ先に抜けたのがステファニーチャン。彼女が先頭に躍り出て直線を駆け抜ける。
直線の中ほどまで先頭で「やったか!?」と思いきや彼女たち先行勢をぴったり後ろでマークしていた1番人気フサイチエアデールが、外からスパートをかけて一気に抜き去ると、そのまま3馬身の差をつけてゴール。
ステファニーチャンは後方から差してきたフォルナリーナをクビ差凌いで2着に粘った。

その後、成績的には5歳のバーデンバーデンカップで勝利を挙げるのが目立った程度であとは掲示板に載るのがやっとと苦戦続きの現役生活だった。
しかし、その愛らしい名前で短距離OP戦線には常連のように出走して、記憶に大いに残る牝馬だった。

その一度聞いたら忘れられなくなるステファニーチャンと言う名前。
デビュー前からステファニーという名前で呼ばれていて、その名前のままで馬名登録をしようとしたら登録できず。しかし、「ステファニー」を変えようとはせずに「ちゃん」をつけたら登録ができてステファニーチャンが誕生したとのこと。

ジャッキー・チェンのようにステファニー・チャンではなく「ステファニーちゃん」だったのだ。
ちなみに当時のAさんは「変な名前」と思っていたそうだ。
ステファニーを変えようとしなかったのが誰の思惑かは今となっては不明だが、関わった全ての人に可愛がられた馬だったのだろう。
「強いよりもかわいいと言う理由で応援をしてくれる方が多くいた」ともAさんは回顧していた。

勝利、賞金と言った数字やレースでの強さと言った記録ばかりが競馬ではない。
名前やレースっぷり、その当時の愛されぶりといった記憶も確かな競馬の一部。
今見ているその競馬も20年以上経った後で、思わぬ場面で思い出される事もあるかもしれない。

これだから競馬を見るのをやめることはできない。
今日もビール片手に競馬を見ながら改めてそう思った。

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