帝王の子であり、皇帝の孫。
奇跡の豪脚の孫であり、天馬のひ孫。
神馬のひ孫でもあり、喉鳴に三冠を阻まれた二冠馬の玄孫──。
そんな、日本競馬史に輝くドラマを詰め込んだような血統を持つ馬が金沢競馬場の高橋俊之厩舎へ移籍したのは2016年の事である。
その馬の名は、クワイトファイン。
クワイトファインは、門別、福山、名古屋、南関東を経て、金沢にやってきた。
その年の3月に当地デビューを飾ると6歳から9歳までの4年間に72戦ものレースを走り抜く。
現役生活で最も長く所属した高橋俊之厩舎では様々な人の手によって数々のレースに送り出されたが、現役最後となった9歳時のシーズン(2019年度)に担当厩務員として彼と一緒になったのが、喜多由紀子厩務員だった。
「第一印象は"すっごくかわいい"。目がくりくりで」
高橋俊之厩舎に入って初めての担当馬となったのが、クワイトファイン。
彼に惹かれたのはそのロマン溢れる血統…ではなく顔だったという。
特に母の父であるミスターシービーの最大の魅力と言われていたその瞳に魅入られた。
「コンパクトな体型でバランスが取れていてスマート。肉付きもよくて」
同時にクワイトファイン自身からも醸し出される雰囲気にも素晴らしさを感じていた。
しかし、彼にそんな名馬達の血脈が継がれていると喜多厩務員が知ったのは、後のことだった。
「血統のことはよくわからないけど、この馬は大事にしてあげないとと思った」
血統を知らないうちからクワイトファイン自身に惹かれた喜多厩務員。彼女が大切に手を掛けると、9歳馬ながら馬体重が増えて行き、6戦連続で複勝圏内に入るなど戦績も急激に立ち直って行った。
「こんな長い現役生活やっていても、凄い強い走る気があった。馬自身が強い芯を持っていたね」
9歳の現役最終盤でも立ち直って好調を維持できたのはクワイトファイン自身にある気持ちの強さもあった。
「競走馬というのは、調子崩れて気が乗らなくなると、人間がいくらやってもダメなものです。一度落ちたら上げるのが大変。クワイトファインはその辺がうまかった」
だからこそ9歳まで現役を続けられて142戦も走る事ができて成績をあげられたのだろう。
喜多厩務員の世話もあり調子が良くなっていったクワイトファインだが、普段の姿はと言えばどうだったのだろうこ。
「凄い大人しい。気性がキツくないし手がかからない子。良い意味で、余り印象に残らないくらいです」
若い頃はうるさい面もあったらしいクワイトファインだが、年齢と経験を重ねるうちに大人になったという事なのかもしれない。
気性面では印象に残らないが、喜多厩務員はある事がとても印象に残っていた。
「種牡馬の雰囲気は出ていたね」
その雰囲気とは、ズバリ──。
「女の子が本当に好きだった!」
9歳とは言え男子。
多かれ少なかれ女の子好きを見せるのは普通だろうが、クワイトファインは普通の牡馬とは違った姿を見せていた。
「調教が終わって上がろうとしたら(牝馬を)待ち伏せしていた」
馬は臭い等で少し離れた先にいる牝馬の存在はわかるそうだが、それを感じた時にクワイトファインは待ち伏せを行っていたと言う。
「ふっと立ち止まってずーっとどこかを見ていて。何してると思ったら牝馬が通りかかってきた」
肉食系でギラギラとはせず、かと言って草食系ではなく馬っ気はしっかりとあったそうなので牝馬に対してはあくまでもスマートに振舞っていたのだろう。
好みのタイプとかはなく牝馬の雰囲気を感じたらこのような事をしていたそう。
「だから、今の種牡馬の仕事は天職かも」
そう思えるほどの牝馬への対応。そんな所もかわいいと笑う。
何度もクワイトファインにかわいいと繰り返す、喜多厩務員。クワイトファインの引退時には「私にください、自分の馬にします」と調教師にお願いするほどに惚れ込んでいた。
勿論かわいかったこともあるが、それだけではない。
「気性も穏やかで、クセもないし、変な動きもないし、柔らかい動きをしてたから乗馬でも普通にできていたと思う」
喜多厩務員は国体の強化選手にも選ばれた事もあるほどの乗馬経験の持ち主。
その目から見ても乗馬としての適性があるように見えた。
「気持ちも強かった。臆病さもない。気性もいい、頭もいい、体もいい、最高の馬。そして、これだけの血統なのになんですごく走る馬じゃなかったのだろう?」
競走馬としては金沢のB級で終わった。
だが、喜多厩務員にとっては今現在でも一番印象に残る一頭だそう。
「話題になって、短い期間しか携われなかったけど自慢できる子。(産駒が)競走馬になってくれるだけでも嬉しい。走ってくれればもっと嬉しい」
順調に行けばクワイトファイン産駒のデビューは2024年。産駒が金沢に入ることがあれば、手掛けたいと言う。
日本競馬のロマンが詰まったクワイトファイン。
華やかな中央の舞台とは無縁となってしまったがその仔が地方の舞台で、縁があれば金沢の喜多厩務員の手で新たなロマンを紡いでゆけるようにと願っている。