
有名なクセを持つ名馬といわれて、私が真っ先に思い浮かべる馬は"彼"である。毎回、この世の終わりみたいな表情で首を下げ、パドックをやる気なく歩いていたウシュバテソーロだ。全力で走るのを嫌う、夏も嫌い、ゴールを通り過ぎた途端に立ち止まる、調教中に騎手の手綱を無視して勝手に帰ろうとする等々…奇矯とも言える振る舞いが印象深い。そんな彼であるが、あの目の覚めるような末脚は間違いなく世界一だったように思う。今回はそんな謎めいた世界王者を、東京大賞典での活躍を中心に振り返ってみたい。

■イレギュラーな黄金の旅路
ウシュバテソーロの父は、誰もが知る『金色の暴君』、三冠馬オルフェーヴル。名種牡馬ステイゴールドとその良妻オリエンタルアートから生み出された、数々のG1を勝ち獲ってきた覇者である。難攻不落の凱旋門賞では二着、引退レースの有馬記念でも有終の美を飾った。あの黄金の輝きは今でも色褪せない。
ただ、ステイゴールド血統は馬格が小柄になりがちだ。そのため大柄な馬が有利なダート路線は不得手…のはずだが、ウシュバテソーロはなぜか500kg台を上回る大型馬に育った。母親ミルフィアタッチも、現役時代の馬格は大きいというほどではない。大きくなった要因を強いて挙げるならば、母父のキングカメハメハであろうか? 生まれからして、どこか不思議な馬である。
私が彼を早くから知っていたのは、よく馬券でお世話になる江田照男さんが彼の2歳時の主戦騎手であったからだ。その時から末脚の片鱗は見せていたが、芝コースの彼はどこか上の空だったようにも見えた。
クラシック戦線に縁が無く、平場レースで時々見かけるオッズ10倍台の馬。それが芝でのウシュバテソーロだった──そして当時から、パドックではやる気がなかった。名前のテソーロはスペイン語で宝石を意味するが、宝石の原石は一見すると石ころにしか見えないものだ。その勝ちきれない姿は、華やかな父オルフェーヴルよりも、祖父ステイゴールドに似通う。そうして3歳、4歳と馬齢を重ね、引退も視野に入りつつあった頃。
5歳のウシュバテソーロは、ダートマイル競走の横浜ステークスへ出走登録された。
それを知った私は当時、首を傾げた。「え? エダテルさんが乗ってた芝の中距離馬じゃなかったっけ。それがなんでダートに?」そんなにうまく行くだろか…と、素人の私は不安視した。
──だが、彼は化けた。
ダートでのウシュバテソーロの走りは、同じ馬とは思えないほどだった。父譲りの鋭い末脚が、ここで炸裂した。宝石が輝きを放ち始めたのである。7番人気からの壮絶な追い込みで、彼はまず横浜ステークスで一着を勝ち取る。この素質を、一体どこに隠していたのだ。その後も3着、1着、1着と好成績を収めて競馬ファンの度肝を抜く。驚きはこれで終わりではない、ウシュバテソーロ陣営は初重賞の舞台に、なんと2022年の東京大賞典を選んだのだった。
■一年で様変わりした至高の原石
東京大賞典。年末のダート路線を締めくくるにふさわしい、歴史と格のある重賞だ。2022年の東京大賞典では、実績馬メイショウハリオと新顔ウシュバテソーロが人気を二分した。
私は正直、ウシュバテソーロの勝ち目は薄いと思っていた。そんな私の浅い見立てから、抜け落ちていた視点が一つある。ウシュバテソーロは、不可能を可能に変え続けてきた不思議な血を受け継いでいるという点だ。ステイゴールドの血統は、困難や絶望でこそ輝きを増すのだ。
最終直線で一番人気メイショウハリオと合わせるのように上がっていったウシュバテソーロは、切れ味鋭い末脚で先行馬を纏めて撫で切り、とうとう重賞制覇まで成し遂げてしまった。
しかもこの戴冠は、後から見ると序章に過ぎないのである。翌年の川崎記念でも彼は1着を獲得。そして世界最高峰のG1レースであるドバイワールドカップへと挑戦し、なんと、勝利してみせたのだ。たった一年で彼の肩書は平場の3勝馬から、世界一のワールドホースへと様変わりしてしまった。それでも彼の奇癖、特にパドックで絶望している様子は変わらなかったが。これに対して質問責めに遭った陣営は「これはやる気がないのではなく、集中している雰囲気」という事を仰っていた。…どう見てもめんどくさがっている風なのだが、ここは、プロの言う事を信じておこう。

2023年の東京大賞典の意味合いは、去年とは全く違っていた。ウシュバテソーロがチャンピオンとして、他有力馬を迎え撃つという構図に変わっていた。
鮮やかな夕日で染まる大井競馬場。ゲートが開くと、真っ先に彼と同馬主のウィルソンテソーロがハナを切る。その後ろに私の好きなドゥラエレーデが付ける。ウシュバテソーロはいつもの定位置、やや後方でじっと構える。残り1200mを切った所でレースは動いた。ウシュバテソーロが徐々に位置を上げ始め、馬群全体が少しずつ加速して一塊になってゆく。それに伴い声援のボルテージも高まる。最終直線に向いた時、未だに一着は伏兵ウィルソンテソーロのまま。残り200mで、勝負はついたかに見えた。他の馬は遠すぎて巻き返すのは無理だ。悲鳴に近い歓声の中で、この時も私は忘れていた。
君の血が、不可能を可能にする事を。
残り100mでも、君は勝利を捨てない。
白砂を掻き上げて、猛然と先頭へ食らい付く君の闘志に、君の祖父の面影を見た。
いつもそうだ。黄金の旅路は、我々の期待に応えてくれる。
この時も。観客の熱狂と君の闘志が、冬の凍てつく空気を吹き飛ばす。
ゴール直前の20mも無い地点で、君は同じ勝負服の逃げ馬を捉えて、抜き去ってゆく。
わあっと歓声が舞い、夕日を背にしてゴールを駆け抜けた君の連覇を祝福した。
その走りが証明する。世界を征した覇者の豪脚に、敵う者は無いのだと。

■見果てぬ夢をその血に託して
遅咲きであったが故に、彼の最も活躍した時期は短かったようにも感じてしまう。けれども、その生涯獲得賞金は26億131万1100円という途方もない大金だ。父オルフェーヴルの15億7621万3000円をも超えて、日本競馬界へ金字塔を打ち立てた。そしてウシュバテソーロは、種牡馬として次のキャリアを歩み始めた。馬房ではお気に入りの猫を目で追いかけつつ、夏バテともパドックとも無縁なひと時を過ごしているようだ。
ウシュバテソーロの産駒が、どのような活躍を見せてくれるのか…見当が付かない。中央競馬向きなのか地方競馬向きなのか。ダートか芝か。けれどどの条件で走るにしても、彼の大きい馬格が仔に受け継がれるならば、その活躍は期待できるはずだ。
途方もないリクエストをひとつ。いつか、彼の子孫がロンシャン競馬場開催の『とあるG1』で勝利することを願う。ロンシャン独特の洋芝に、日本産馬は長らく苦しめられている。けれど例外的に、この固くぬかるんだ馬場を物ともしない血統こそが、ステイゴールドの子孫たちだ。オルフェーヴルがあと一歩届かなかった遥か彼方の栄光を、ウシュバテソーロ産駒が代わりに捥ぎ取って欲しい。
2025年も、じきに終わる。東京大賞典に思いを馳せた時、あの宝物の美しさも思い出した。
君の奇矯な振る舞いは、「愛されずにはいられない」と言われた祖父を見ているようだった。
ジョージアの美しい山脈から名を取った君の馬格は、雄大で動じる事が無く、輝いていた。
鮮やかな『緑、黄襷、袖黄一本輪』の勝負服の騎手と共に、君は最終直線で必ず大外から豪快に切り込んでくる。皆がそれを知っている。
至高の宝石で飾り立てられた金細工師の最高傑作。
荒々しい闘志を秘めて、数々の強敵を鎬を削って渡り合った闘士。
その優駿の名は、ウシュバテソーロ。
夕日に照らされてゴールを駆け抜ける君の雄姿は、今でも忘れられない。

写真:s1nihs

