戸崎騎手、もう一頭の「ベリー・ベリー・ホース」エポカドーロ/3歳クラッシック初戴冠となった2018年皐月賞
SNS界隈を湧かせた「ベリー・ベリー・ホース」

最近は、深夜遅くまでテレビを見ることが少なくなった。
ましてや、深夜遅くにテレビを見ながら爆笑することなど、ほぼ皆無だ。

2025年ドバイワールドカップデーの深夜2時。眠気が一気に吹き飛ぶシーンをテレビで見た。腹の底から声を出して笑い、そして無性にうれしくなった。戸崎騎手による話題の「ベリー・ベリー・ホース」勝利インタビューである。

ドバイシーマクラッシックのダノンデザイルの勝利は、完璧な差し切り勝ちだった。ダノンデザイル自身も東京優駿で内から差してきたあの瞬発力を発揮、鞍上の直線でのコース取りも見事で、ゴール後大写しになった戸崎騎手のカッコ良かったこと…。その後はお決まりの騎乗状態での勝利インタビュー。戸崎さん、ちゃんとしゃべれるのかなと思っていたら…いきなり声高らかに「ベリー・ベリー・ホース、グッドホース」。時間も気にせず、大声で爆笑するしかなかった。

それでも、あの大舞台で通訳も介さず英語(?)で答えた戸崎騎手は凄いと思う。日本語でどんな名言をしゃべったって通じるのは日本だけ。世界共通の言語で、勝利ジョッキーとしての自分の感想を中継各国に伝えたのだから、「戸崎さん、お見事!」と言うしかないだろう。捉え方はどうあれ、これで「ニッポンのトザキ」を認知した人は各国にいるはずだ。

この際に、戸崎騎手の経歴を紐解く…

戸崎騎手は、南関競馬で活躍していた頃から知っている。「大井の戸崎」と言えばフリオーソ。2010年の帝王賞で、カネヒキリ、ヴァーミリアン、サクセスブロッケン、スマートファルコンの当時の中央ダート四天王を相手に勝ち切った。実際に大井競馬場のスタンドで見ていて、フリオーソ×戸崎が演出した「みたか! これぞ南関の帝王だ!」に酔いしれた。

フリオーソが活躍していた頃から、戸崎騎手は中央競馬へ積極的に参戦し、2011年にはリアルインパクトでGⅠ・安田記念を制覇している。そして2013年3月1日付で中央競馬に移籍した。戸崎騎手が移籍する直前の2013年1月に安藤勝己騎手が引退し、入れ替わりで入ってくる形となったが、当時は内田博幸、岩田康誠の東西の地方競馬出身騎手が健在。どちらも強面の剛腕型ジョッキーに対して、ソフトタッチの戸崎騎手が通用するのかどうか。実際、南関時代のリーディングも内田騎手の牙城を崩せず、内田騎手が中央へ移籍した2008年からリーディングジョッキーになっている(以降、移籍前年の2012年まで5年連続で戸崎騎手がリーディングジョッキー)。

しかしその心配もなく、2013年の戸崎騎手は、内田騎手の114勝に続く113勝をマーク(リーディング5位)した。12月の阪神ジュベナイルフィリーズでは、レッドリヴェールで優勝し、移籍後初GⅠ制覇となった。

翌年には146勝を挙げ、岩田騎手に10勝差をつけて、早くも中央リーディングジョッキーのタイトルを得ている。この年の有馬記念では、ジェンティルドンナに騎乗して優勝。翌2015年はストレイトガールでビクトリアマイル、スプリンターズステークスと、2つのGⅠ制覇を成し遂げている。一見、順調そうにみえる戸崎騎手の戦績だが、レッドリヴェールもジェンティルドンナもストレイトガールも、全て乗り替わりで得たタイトルである。

内田騎手にはゴールドシップ、岩田康誠騎手にはディープブリランテがいたように、デビューから主戦ジョッキーとして共にキャリアを積んだ馬ではない。「代打の切り札」要員では、勝利数が上がっても、内田騎手・岩田騎手の両地方出身ジョッキーとは並べ難い状態が続いた。

エポカドーロとの出会い

かつて、「フリオーソの戸崎」と言われた戸崎騎手。「〇〇〇の戸崎」に値する馬の登場が待たれた2018年、2月の小倉開催あすなろ賞(3歳1勝クラス)で、藤原英厩舎のエポカドーロに騎乗する。新馬戦3着から1月の未勝利に出走したエポカドーロは、福永騎手を背に楽な逃げで2馬身半の差をつけて優勝。在厩のまま中2週であすなろ賞に出走してきた。レースは戸崎騎手を背に、最内枠から逃げの戦法を取ったエポカドーロ。二番手以下を引きつけながら先行し、直線で他馬を引き離した。2連勝でクラッシック戦線に舵を切ることになったエポカドーロ。続くスプリングステークスも戸崎騎手とのコンビ継続で挑むこととなり、権利を取れば皐月賞出走が可能になる。戸崎騎手も小倉でのワンポイント騎乗ではなく、皐月賞を目指す相棒としての継続騎乗となり、おのずと力が入っていったはずだ。

1番人気はルメール騎乗のステルヴィオ、モーリスの全弟ルーカスが2番人気で、エポカドーロが3番人気。

向正面の桜の蕾が膨らんだ曇り空の中山競馬場、出走馬13頭が一斉のスタートを切った。先行したのはコスモイグナーツ、エポカドーロは2番手につけて2コーナーを回る。快調に飛ばすコスモイグナーツだったが、3コーナーを回って徐々に差が縮まりはじめ、ステルヴィオが大外から順位を上げてくる。内から門別のハッピーグリンがエポカドーロの直後につけてきた。

直線に入ると、様相は一変する。逃げていたコスモイグナーツの脚が鈍り、エポカドーロがあすなろ賞と同じように一気にスパート、あっという間に先頭に躍り出た。差を広げ始めるエポカドーロに大外からステルヴィオが一気に伸びてくる。2馬身、1馬身…と差が詰まり、ゴール板ではエポカドーロと馬体を併せて通過した。結果はハナ差でステルヴィオに軍配が上がる。しかしレース展開は、エポカドーロが支配していた。上がり3F34秒1のステルヴィオの末脚が嵌った形であって、エポカドーロも34秒7でフィニッシュしている。戸崎騎手のコメントも「先頭に立つタイミングがやや早かっただけで、しっかりと脚を使っている」と、手ごたえを充分感じているように思えた。エポカドーロは、皐月賞の出走権を得ると同時に、賞金を積み上げ日本ダービーへの出走可能範囲内に入った。

主戦・戸崎騎手の3歳クラッシック初戴冠

2018年の皐月賞は、デビューから4連勝で朝日杯フューチュリティステークス、弥生賞を連勝中のダノンプレミアムが回避し、一気に混戦模様となる。東京スポーツ杯2歳ステークスまで3連勝、弥生賞でダノンプレミアムに敗れたワグネリアンが押し出されるように1番人気になっている。ステルヴィオが二番人気で、すみれステークス勝ちのキタノコマンドールがそれに続く。エポカドーロは7番人気、前日の雨で稍重の馬場状態を味方につけるのは誰か?波乱要素も漂う中、GⅠファンファーレが鳴った。

ゲートが開き勢いよく飛び出したエポカドーロ、すぐに外のジェネラーレウーノが先頭に立つ。内からは押し気味にアイトーン、大外からジュンヴァルロが追いかけ、一団で1コーナーに向かう。

向正面に入りアイトーン、ジェネラーレウーノ、ジュンヴァルロが後続を離して先行する。離れた四番手でじっとしているのは、戸崎騎手のエポカドーロ。ワグネリアンは後方4番手からの追走で、その後ろにステルヴィオ、キタノコマンドールの人気馬が続く。1000mの通過タイムは59秒2のハイラップで、後続との差が10馬身近くになっている。4コーナー手前あたりから、先行3頭の隊列が乱れ始め、後続との差も縮まり始めた。ただ、ワグネリアン、ステルヴィオ、キタノコマンドールの人気3頭は、後方のまま動かない。

 直線に入り、逃げるアイトーンをジェネラーレウーノが捕まえる。直線残り200m、先頭集団の直後にいたエポカドーロがジェネラーレウーノに迫る。残り100m、満を持してエポカドーロがジェネラーレウーノを抜き去っていく。それは、前走スプリングステークスの反省を活かした戸崎騎手の「万全の抜け出し」だった。ゴールに向けて差を広げ始めるエポカドーロに、ようやく馬群を縫って迫ろうとするステルヴィオの姿が見えるが、追いつきそうもない。結局2馬身の差をつけて、エポカドーロと戸崎騎手は先頭でゴール板を通過した。

引き揚げてきた戸崎騎手の表情が硬く見える。ゆっくりとコースを逆走して、カメラマンたちが待つスタンド前にやってきても、ゴーグルを掛けたままの戸崎騎手の口元は緩んでいない。スタンド前で立ち止まり軽く左手を上げた時、ようやく笑顔がこぼれた。

戸崎騎手の3歳クラッシックレース初制覇は、代打騎乗なんかじゃない。エポカドーロの主戦ジョッキーとして、共にレース経験を積み重ね、勝ち得た皐月賞のタイトルだ。

検量室前で、満面の笑顔で馬から降りた戸崎騎手。エポカドーロの鼻面をそっと撫で、皐月賞ジョッキーとして検量室へ入っていった。

優勝騎手インタビューで、最初に発した言葉が、声高らかに「とてもうれしいです」。

締めのメッセージは「こうやってGⅠをプレゼントしていただいて、本当にありがとうございます…」。

それは戸崎騎手が、乗り替わりではなく、主戦ジョッキーとして、初めて獲得したGⅠタイトルへの喜びが詰まったメッセージだった。

今も変わらない、朴訥で素朴な言葉の中にもストレートに自分の気持ちを表現するスタイルは、「戸崎らしさ」そのもので、多くの「戸崎推し」を刺激しているのだろう。

ドバイシーマクラッシックの「ベリー・ベリー・ホース」は、皐月賞を初制覇した時の戸崎騎手の喜びが原点になっているのかもしれない。

エポカドーロこそ、戸崎騎手の最初の「ベリー・ベリー・ホース」ではないだろうか…。

Photo by I.Natsume

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