世界で一番美しいと言われるロンシャン競馬場に集うのは、競馬を愛する紳士淑女たち。
燕尾服や豪華な帽子がひしめきあうスタンドは、世界の社交場だ。
ホースマンなら誰もが憧れる、フランスの国際G1・凱旋門賞。
各国の強豪馬たちが闘志を燃やす白熱のレースに、誰もが酔いしれる。

そんな世界最高峰の大舞台・凱旋門賞に挑戦した日本馬は、2016年現在17頭いる。

スピードシンボリにはじまり、数々の名馬たちがフランスの地へ飛んだ。
三冠馬であるディープインパクト、オルフェーヴルも世界最強の座を目指し渡仏した。
2014年にはハープスター、ジャスタウェイ、ゴールドシップの3頭が挑んでいる。

他の挑戦者の顔ぶれを見ても、さすが一流G1だ。
しかし、凱旋門賞を勝った馬は未だ現れない。
日本馬の凱旋門賞最高成績は、2着。

1999年のエルコンドルパサー、2010年のナカヤマフェスタ。
そして記憶に新しいのが、2012年、2013年のオルフェーヴルである。

クラシック三冠を獲り、有馬記念・宝塚記念をも制し、飛ぶ鳥を落とす勢いだったオルフェーヴル。

当時、もはや日本国内に敵らしい敵はなし。
世界最高峰のレースに挑戦するに相応しい戦績に加え、暴君とも呼ばれるその個性的な性格からアイドル的人気も高まりつつあった。
そんなオルフェーヴルが凱旋門賞に挑むことはわたしにとって、喜ばしいことである反面、不安もあった。

「絶対勝つでしょ」という自信に満ちた気持ち。

「大丈夫かな……」という心配で堪らない気持ち。

オルフェーヴルの凱旋門賞挑戦を聞いた時、わたしの中には異なる二つの感情が浮かんでいた。
前者は、オルフェーヴルの強さに寄せる絶対的な信頼感から。
イチ競馬ファンの世迷い言かもしれないが、聞いて欲しい。
わたしは20数年競馬をずっと見てきたが、オルフェーヴルと出逢いようやく「日本馬が凱旋門賞を勝つにはこの馬しかない」と思えた。

力強い走行フォームに、それを生み出す逞しく鍛え上げられた脚。
躍動する馬体に合わせて、金色のたてがみがターフで舞う。
全身から漂う圧倒的なほどの威圧感は美しく、そして恐ろしいほどだった。

そんな、人を魅了する強さがオルフェーヴルにはあったのだ。

そして後者は、オルフェーヴルへの勝手な親心から。

ステイゴールド信者のわたしからしてみれば、オルフェーヴルは大事な『自慢の息子』そのもの。
皆様にご迷惑をかけず無事に走って帰って来れるのだろうか、といういらぬ心配をしていた。
今思えば、本当に余計なお世話である。

しかし、慣れない環境で怪我でもしてしまったら……と思うと、不安で仕方がなかった。

それもすべて杞憂でしかなかったが、海外挑戦はまだ敷居が高く感じられ、よくわからないことも多かったので、ファンとしても不安になる気持ちがあったのだ。

結果として、オルフェーヴルは2着2回という成績を凱旋門賞で残している。

今でもその2走のどちらも鮮明に思い出せるのは、それだけ感動したレースだからだろう。

オルフェーヴルがはじめて凱旋門賞に挑戦した2012年。
10月の第一日曜日、その深夜に日本の競馬ファンは湧きに湧いた。

凱旋門賞の前哨戦であるフォワ賞を圧勝したオルフェーヴル。
イギリスの大手ブックメーカーの中では1番人気に支持するところも現れていた。

堂々たる、主役の一頭だ。

そして、戦いの火蓋は切って落とされる。
大外枠からのスムーズなスタートで、道中は後方2頭目の位置をキープ。
じっと静かに脚をためるその姿を、わたしは息を殺して見つめる。
フォルスストレートに辿り着くまでが、とてつもなく長く感じられた。

ただ祈るように手を組み、オルフェーヴルの勇姿を目に焼き付ける。
そして差し掛かった、「偽りの直線」と呼ばれるフォルスストレート。
ここはまだ、スパートをかけるべき時ではない。

それをわかってか否か、行きたいのを必死に我慢して走っているオルフェーヴルの姿は感動そのものだった。
馬群が揃って最後の直線へ進んでいくのを、涙でぐしゃぐしゃになりながらも見つめ続けた。

誰が抜け出してくるのか。

オルフェーヴルはまだか。

そう思った次の瞬間、ぐんぐんと良い脚であがってくる1頭の馬がいた。
懸命に走ってくるその馬からは、最強馬の貫禄を確かに感じた。

金色の美しいたてがみが、最後の直線、先頭で揺れる。

日本の競馬ファン誰もが、オルフェーヴルの勝利を想って歓喜の声をあげようとした。

しかし。

オルフェーヴルの背後に忍び寄る馬体があった。
それはじわっじわっと力強く、伸び脚を重ねる。
そしてついにはオルフェーヴルと並び、ゴール直前にかわした。

一度は先頭に立ったオルフェーヴル。

その時わたしは、夢見心地で、勝ちを確信していた。
あの時のふわふわとした気持ちは今も忘れられない。
その後に降りかかった、2着という現実の厳しさも。

とてもじゃないが近所迷惑など気にしていられずに、競馬ファンの悲痛な叫びは深夜の街に響いた。

2012年凱旋門賞、優勝馬はソレミア。
アイルランド産の牝馬だった。

日本馬の初凱旋門賞制覇には、クビ差、届かなかった。
そして、オルフェーヴルが二回目の凱旋門賞に挑戦した2013年。
10月の第一日曜日、その深夜に日本の競馬ファンは湧きに湧いた。

……今回ばかりは、勝ち馬が強かった。

そう褒めざるを得ないほどの圧勝でフランスの3歳牝馬であるトレヴが優勝した。
2着のオルフェーヴルとは5馬身差。
その後、凱旋門賞を連覇することになる怪物牝馬の勝利には驚かされたものだ。
完膚なきまでに敗北を味わったレースは、こうも清々しく感じられるものなのかということを知った。

挑戦二回目ともなると、応援する側もある程度心の準備が出来るものなのか、

「また牝馬に負けた……海外牝馬に弱いのかな……金髪美女好き?」

などと想像する余裕すら、わたしにはあった。

こうしてオルフェーヴルの凱旋門賞挑戦は終わった。

2着2回という結果は、優秀な成績と言って良いと思う。
けれど、何回2着になろうとも、負けは負けだ。
それはわたしたちファンも、ホースマンたちもわかっていること。
特にオルフェーヴル担当厩舎の池江泰寿調教師は、痛いくらいに世界の壁の高さを感じたことだろう。

だからこそ、いつかは凱旋門賞を日本馬が勝利する瞬間を見たいとわたしは願う。
日本馬は世界でここまでやれるんだ、ということをオルフェーヴルは示してくれた。

それは未来へと繋がる希望となり、わたしたちの胸に刻まれたのだった。

余談となるが、凱旋門賞に挑戦した日本馬で二度の挑戦をしているのは、2016年現在ではオルフェーヴルとナカヤマフェスタしかいない。
ナカヤマフェスタは2着と11着、オルフェーヴルは2回とも2着という成績だ。

計4度の挑戦で、2着が3回もあるのは純粋にすごい。

さすがステイゴールド産駒である、とステイゴールド信者としては言わざるをえない。そう、オルフェーヴルもナカヤマフェスタも、名種牡馬ステイゴールドの子どもなのだ。

そんな理由もあり、わたしは凱旋門賞をはじめて制する日本馬は、ステイゴールド産駒から輩出されるのではと思っている。オルフェーヴル、ゴールドシップがターフを去った今、新たなるステイゴールド産駒の活躍を期待したい。

そして今年も、10月の第一日曜日がやってくる。

2016年はロンシャン競馬場改修工事のため、シャンティイ競馬場での開催だ。
残念ながらステイゴールド産駒ではないが、日本馬18頭目のチャレンジャーが虎視眈々と世界の頂点を狙っている。
凱旋門賞出走予定の3歳牡馬であるマカヒキは、ディープインパクト産駒。
上記のわたしの持論からいけば、凱旋門賞を勝つことは厳しいという予想になる。

しかし、予想とは裏切られるものであるということは、日頃馬券に悩んでいる競馬ファンの皆様ならおわかりいただけるだろう。

それがもし、良い方に裏切られるとしたら。
そんなのはもう、万々歳のできごとだ。

オルフェーヴルが勝てなかったら、もうどの馬も凱旋門賞を勝てる気がしない。そんなわたしに、ぜひとも青天の霹靂のような衝撃を与えて欲しい。世代最強の座を勝ち取った今年のダービー馬・マカヒキ。

その「強さの証明」の結果は、はたして……。

すべては、10月の第一日曜日に。

写真:がんぐろちゃん

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