皆さんはマイルを得意とする競走馬たちのなかで、どの馬が1番好きだろうか?
ニホンピロウイナー、ヤマニンゼファー、エアジハード、ダイワメジャー、ショウワモダン、インディチャンプ、グランアレグリア……当然、様々な名マイラーが挙げられるだろう。
私は今も昔も、そしてきっとこれからも、最も好きな"マイラー"は、モーリスである。
そのモーリスが頭角をあらわすキッカケとなったダービー卿チャレンジトロフィーから、遡ること一年。とある一頭のマイルチャンピオンが、一年半ぶりに勝ち星を遂げた。
モーリスの勝利が飛躍のスタートだったとしたら、その馬の勝利は、長い間不屈の闘志でチャレンジを続けてきたことのゴールのようであった。
その馬の名は、カレンブラックヒル。
2014年ダービー卿チャレンジトロフィーの覇者であり、2012年NHKマイルカップの覇者だ。
カレンブラックヒルの父は、春秋マイル・皐月賞を制したダイワメジャー。母はアメリカから輸入して来たチャールストンハーバー、カレンブラックヒルの半弟にはユニコーンSを制したレッドアルヴィスがいるという血統だ。
カレンブラックヒル自身のデビューは3歳になってからと、少し遅めであった。
しかしデビュー戦から、カレンブラックヒルは衝撃的なレース振りを見せる。スタートからハナを主張し、同じく競りかけてきた一番人気に支持されているオソレイユとの競り合いを制し、3番手以降を2秒程離した大差勝ち。一気に、ファンからの注目が高まった。
続くこぶし賞(現1勝クラス)では2番手につけて、逃げたホンインボウを4角先頭で押し切る競馬。後方から迫るニシノビークイックを半馬身振り切り、オープン入りを果たした。
デビューから2戦立て続けにマイル戦で活躍していたことから、春の目標はNHKマイルカップに。
そして、初の重賞挑戦であるニュージーランドトロフィーの日を迎えた。
カレンブラックヒルは、一番人気に支持されていた。
クロッカスS勝ち馬セイクレットレーヴやファルコンS勝ち馬ブライトラインといった実績馬、のちにオープン競走を2勝するオリービンや、のちに高松宮記念で4着に食い込むサドンストームといった後の実力馬など、面白いメンバーが揃っていた。その中での1番人気は、ファンの高い期待によるものだろう。
そしてその期待に応えるように、カレンブラックヒルは2馬身半差の圧勝劇を演じた。
先行脚質として理想的な勝ち方をやってのけたカレンブラックヒルは、大目標・NHKマイルカップに挑んだ。
このレースは、前走以上に面白いメンバーが揃う。
朝日杯を既に制していたアルフレードを始め、マイル戦線で活躍し続けたクラレントや、2014年に世界ランク1位まで登り詰めたジャスタウェイ、オーストラリアG1を制したハナズゴール、2019年にノームコアに更新されるまで芝マイルの日本レコードを中山にて叩き出したレオアクティブ……まさに、素質と素質のぶつかり合いであった。
レースが始まると、カレンブラックヒルは逃げ込みをはかる。
府中のマイルにて逃げ切り勝ちを収めるのは容易ではないと。しかし何とカレンブラックヒルは、長い直線で見事に後続を突き放し、2番手にまで追い込んできたアルフレードに3馬身半もの差をつけ、あっという間に世代屈指のマイルチャンピオンとなったのだ。
無敗でのNHKマイルカップ制覇はエルコンドルパサー以来の快挙。以降2021年4月現在まで、無敗でNHKマイルカップを制した馬はいない。
また、このレースでは、カレンブラックヒルの奮闘の裏で大事故が起きてしまっていたことにも、彼の偉業とは別に、少し触れさせていただきたい。
2番人気に支持されていたマウントシャスタが最後の直線で馬群に詰まり進路を探し外に出そうとしたところ、すぐ外側にスピードを上げていたシゲルスダチが進路を完全に塞がれ大きく接触し、転倒。シゲルスダチの鞍上後藤浩輝騎手は頸椎の骨折という重傷を負い、復帰するまでも4ヶ月かかることになる。普通、落馬しカラ馬となればすぐに走り出して放馬してしまう事が多いのだが、シゲルスダチは蹲った後藤騎手を気遣うように、静かに見守っていたという。
加害馬となったマウントシャスタは6位入線ながら失格処分となってしまい、現在までの日本競馬に於いてレース中の進路妨害における失格処分を受けたのはこの馬を最後として出ていない。このレースは、カレンブラックヒルにとっても、その他のホースマンやファンにとっても、非常に忘れられない出来事の一つとして心に刻まれている。
休養を挟み、秋の始動戦として並み居る強豪古馬との初対決になった毎日王冠。そこでも、カレンブラックヒルの強さは健在だった。
距離延長となった1800mでも見事な立ち回りで、迫るジャスタウェイをクビ差振り切って連勝を「5」に伸ばした。
しかし、その次走、天皇賞秋からはカレンブラックヒルにとって試練の連続になった。
天皇賞秋ではそれまで経験した事のないハイペースでの競馬を強いられ、直線で押し切れず5着という初黒星を喫する。再び休養を挟みダートに路線変更、いきなりフェブラリーSに挑むが15着と大きく惨敗。
トップハンデで挑んだマイラーズCでは復調の気配を感じられるレース内容で4着ではあったが、続く安田記念ではロードカナロアやショウナンマイティなど別路線から参戦して来た強豪たちに完封される形での14着……。
ぶっつけ本番で挑んだマイルCSでは臨戦過程もあまり良くなかった事もあってか、チグハグな競馬となってしまい、馬自身も走る気を失いデビュー以来初の最下位に沈んでしまった。
そこから立て直しを図るべくきっかけを掴みたいと挑んだ阪急杯でも11着。
しかし、あまり進展がないようにも見える成績ではあるが、スプリンターたちとの厳しい流れを経験したことが、変化の大きなきっかけとなる。
迎えたダービー卿チャレンジトロフィー。
カレンブラックヒルは以前の良い頃のレース振りが復活し好スタートからハナを主張し、トリップやダイワファルコンらを行かせつつ、自らのペースを作っていった。
迎えた最後の直線、逃げ込みを図ったトリップが直線半ばで故障発生。後退していくことで、馬群が大きくゴタついた。
カレンブラックヒルはその密集地帯から抜け出し、迫るカオスモスやインプロヴァイズ、エールブリーズ、コディーノなどを僅か首差凌ぎ切り、約1年半振りの勝利を手にした。
ダート、距離短縮、ぶっつけ……様々なレースを試しながら、遂に掴んだ、復活勝利。
まさに不屈の闘志によるものだろう。
引退後は種牡馬となったカレンブラックヒル。
初年度産駒からコンスタントに勝ち馬を輩出し、門別の重賞でも初勝利を遂げるなど、順調な滑り出しを見せている。
ダイワメジャー産駒の後継種牡馬としても期待が寄せられているため、今後のさらなる活躍が非常に楽しみである。
マイル界として一時代を築き、その思いをモーリスに託し引退したカレンブラックヒル。
今やそのモーリスも種牡馬となり、今度は産駒を通じて戦うことになる。
この二頭の、種牡馬としての「マイラー対決」からも、目が離せない。
写真:Horse Memorys